第43話 無能な国軍と、砂浜に現れた謎の男
「海上戦なんて船酔いするから大嫌いなんだよ! 要はあいつらの船を、動かない平地にしちまえばいいんだろ!」
私はフリフリの水着の裾を翻し、砂浜を思いきり蹴りつけて大空へと跳ね上がった。
砲火が飛び交う沖合の海原を一直線に飛び越し、私はまず、近くに浮いていたパシフィカ海軍の旗艦へと向かって真っ逆さまに落下していった。
ドゴォォォォォンッ!!!!
「ひっ!? な、何だ!?」
「空からフリフリの水着の女の子が降ってきたぞ!?」
突然の轟音と共に甲板に着地した私を見て、パシフィカの兵士たちが一斉に目を剥く。その中には、先月昇格したばかりのエイン中尉と、三階級降格処分を喰らって同じく『中尉』になった元上司、ベンダー中尉の凸凹コンビの姿もあった。
「よお、凸凹中尉コンビ。挨拶は後さね。――まずは、あの生意気な泥棒どもにお仕置きだよ!」
私は不機嫌そうに言うと、旗艦の船首へと堂々と歩み出た。
海の向こうでは、ドクロの旗を掲げた無数の海賊船の船団がひしめき合い、こちらを包囲するように大砲を構えている。
「手前ら、まとめて私の『魔動拳』のサビにしてあげるよ! そら、魔動拳! 魔動拳! 魔動拳!!」
私は旗艦の船首に立ったまま、両の拳を海の向こうの船団へ向けて超高速で突き出した。私の拳から放たれたのは、物質化せんばかりに凝縮された漆黒の魔力波動――『魔動拳』の連射である。
ドッパァァァァァンッ!!!!
ズガァァァァァンッ!!! バゴォォォォォンッ!!!
巨大な黒い魔力のレーザーが何本も海原を貫き、押し寄せていた数隻の海賊船を正面から次々と塵一つ残さず消し炭にしていった。
先頭で威厳たっぷりに構えていた指揮官の男の巨大な船も、大砲を撃ち合う暇すらなく、マストごと木っ端微塵に大破。一瞬にして海の底へと沈んでいった。名乗ることすら許されなかった、哀れなスピード退場である。
あっという間に、今ここに来ていた襲撃部隊は全滅。海面には壊れた木切れがプカプカと浮かぶだけの、綺麗な更地(平地)に戻った。
「ふぅ。とりあえず、目の前のゴミは片付けたかねぇ」
私はパッパと両手の砂を払うと、後ろで完全に魂が抜けた顔をして固まっている凸凹中尉コンビに向き直った。
「さて。先月ガレリアの鉄の箱どもを片付けたばかりなのに、何だって今度は泥棒の集団と大砲のドロ警をやってるんだい」
私が腕を組むと、ベンダー中尉がガタガタと膝を震わせながら、苦渋に満ちた表情で口を開いた。
「リザ大公……。先月の騒ぎで、我がパシフィカ海軍も、ガレリア軍もほぼ壊滅状態になりました。その結果、この海域を支配する絶対的な武力が消え去り……これまで鳴りを潜めていた海賊たちの動きが、一気に活発化してしまったのです。今撃退していただいたのは、ほんの一部に過ぎません」
「我が軍の立て直しには、まだまだ時間がかかります。リザ様……どうか、どうかまたパシフィカにお力をお貸しください……!」
エイン中尉が必死の形相で頭を下げてくる。
(あぁ、なるほどねぇ。2大国家の武力が消えたせいで、小悪党たちが調子に乗って治安が悪化したわけかい。自業自得とはいえ、おばちゃんたちの平和が脅かされるのは寝覚めが悪いよ)
私はフゥ、とため息をつくと、首の骨をボキボキと鳴らした。
「分かったよ。名誉大公なんて大層な役職を押し付けられたんだ、防犯活動くらいは一肌脱いでやるさね。よし、じゃあサクッとあいつらのアジトにでも乗り込んで、まるごと更地にしてこようかねぇ! 二人とも、海賊どもの本拠地へ案内しな!」
さあ、一気に決戦といこうじゃないかい、と拳を握りしめた私だったが、エイン中尉とベンダー中尉は、なぜか困ったように顔を見合わせ、ガリガリと気まずそうに頭を掻いた。
「……それが、その、リザ様」
エイン中尉が消え入りそうな声で言う。
「我が軍も現在、必死に偵察を出しているのですが……何分、海賊たちの数が多すぎて……。奴らの正確なアジトの場所も、どれほどの規模なのかも、未だ全く把握できていないのです……」
「……は?」
私の動きが、本日何度目か分からない完全停止を迎えた。
「いや、ちょっと待っておくれよ。敵を倒しても、アジトの場所も規模も分からない!?」
私は思わず声を荒らげた。
「それじゃあ、私には打つ手がないじゃないかい! いつどこから襲ってくるかも分からない泥棒集団を待ち伏せしながら、あんたたちの海軍が立て直るまで、私がずっとこの砂浜で寝ずの番(ブラック労働)をしろって言うのかい!?」
「「うっ……」」
二人の凸凹中尉は、ぐうの音も出ないといった風に揃って苦笑いを浮かべ、黙り込んでしまった。
「はぁぁぁ……。話にならないねぇ、これだからお役所仕事ってやつは」
私は心の中のサイリウムを床に投げ捨てると、すっかり呆れ果てて踵を返した。
「……とりあえず、私はバカンスの続きをしてくるよ。情報が掴めたらリモートワーク用の伝書鳩でも飛ばしておくれ」
トボトボと、十二歳の小さな背中を丸めながら、私は再び大ジャンプで港町のビーチへと戻っていった。
「はぁ。やっぱり、そう簡単にはゆっくり休ませてくれないねぇ……」
パラソルの下。新しく買い直した二杯目のいちごかき氷をスプーンですくいながら、私はビーチチェアに寝そべって深い溜め息をついた。
海の向こうは、さっき私が旗艦から船団を消し飛ばしたおかげですっかり静まり返っている。しかし、アジトが分からない以上、こちらから残りの連中をカチコミ(更地化)に行くこともできない。実にもどかしい隠居生活だ。
冷たいいちご氷を口に運び、こめかみに走るキーンとした痛みに耐えていた、その時だった。
「なぁ、あんた」
不意に、上空から影が落ちた。
見上げれば、いつの間にか私のパラソルのすぐ脇に、一人の男が立っていた。
全身ボロボロの衣服を身に纏い、その瞳には国を追われた亡命者のような、あるいはすべてを失った復讐鬼のような、暗く、重苦しいシリアスな光が宿っている。
男は、沖合で一瞬にして海賊船をすべて沈めた私のフリフリ水着姿をじっと見つめ、確信を込めた低い声で私に話しかけてきた。
「さっきの海の上の戦い、見させてもらった。旗艦の船首から放たれた、あの規格外の闇の力。もしかしてあんた、あの世界を震撼させた『黒い天災』か?」
(……あぁ、またその恥ずかしい二つ名かい)
私がスプーンを咥えたまま、スン……と冷え切った目で男を見上げた。
しかし、このボロボロの男の登場。そして、この不穏で重厚な空気感。元ラノベオタクの私の直感が、激しく警報を鳴らし始める。
(キ、キタキタキターーー! 打つ手なしの絶逃的状況の中に突如現れる、重要な情報を持っていそうな『謎のキーパーソン』!! これぞ、物語を次の展開へと強引に引っ張っていく王道のテンプレイベントじゃないかい!)
かき氷を食べる私の前で、じっと私を見つめる謎の男。国軍すら知らない海賊の情報を握る羅針盤が、今、向こうから勝ために歩いてやってきた。
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(次回更新:明日19時40分!)




