第42話 今度こそ勝ち取るバカンスと、また始まったいつものパターン
あのガレリア海洋帝国の無敵の軍港を、文字通り何もない綺麗な更地へとリフォームしてから、丸一ヶ月が経過していた。
パシフィカ王国の最高権力者である『名誉大公』なんてものに強制就職させられた私だったが、突きつけた条件通り、この一ヶ月は完全リモートワーク――という名の、自宅での完璧な引きこもりニート生活を満喫していた。
当然である。こちとら前世で定年まで働き詰めた還暦越えの精神なのだ、今世の十二歳児の期間くらいダラダラ過ごさせてもらわなければ困る。
「おーい、リザちゃん! いらっしゃい! 今日もピチピチの良いリンゴがあるよ!」
いつものようにあてのない散歩をしていると、馴染みの果物屋の店先からおばちゃんの元気な声が飛んできた。
「わぁーい! おばちゃん、ありがとう!」
私は十二歳児特有の無邪気な笑顔(営業用)を浮かべて駆け寄り、真っ赤なリンゴを受け取ってガブリと齧り付いた。シャク、と瑞々しい甘みが口いっぱいに広がる。やっぱりここのリンゴは最高だねぇ。
ふと、私の視線が店先に新しく貼られた一枚の広告に留まった。
「ん? おばちゃん、これなぁに?」
「あぁ、それかい? ほら、先月ガレリア軍の騒ぎでめちゃくちゃになっちゃった港町の海水浴場があるじゃない? そこがようやく片付いて、今日からリゾートが再開したんだってさ」
その言葉を聞いた瞬間、私の目がキラーンと不穏な光を放った。
(キタキタキターー! 海水浴場リゾート再開! 先月はあの生意気な鉄の箱(軍艦)どものせいで、大好物のいちごかき氷を砂まみれにされて不完全燃焼で終わっちゃったからねぇ! 今度こそ! 今度こそ誰も邪魔の入らない、完璧な水着サービス回を満喫してやろうじゃないかい!)
「おばちゃん、私ちょっとお出かけしてくるね!」
「はいよぉ、いってらっしゃい!」
私はリンゴをモグモグと平らげながら、大急ぎで自宅へ戻って水着を回収し、再びあの美しい砂浜が広がる港町へと旅立った。
「あぁ……これだよ、これ。この平穏を待っていたんだよ……」
数日後。私は南国の太陽が照りつける白い砂浜の上、パラソルの下のビーチチェアに寝そべって、至福の時間を過ごしていた。
フリルがついた可愛らしい十二歳児用の水着を身に纏い、右手にはお気に入りのいちご味のかき氷。波の音がザザァ、と心地よく鼓膜を揺らし、潮風が肌を撫でていく。
先月は日焼け止めの塗り直しを忘れて大暴れしたせいで、後からシミにならないかヒヤヒヤしたものだが、今回は最初から魔力コーティングを完璧に施してある。準備は万端、完全に近所のおばあちゃんのリゾート気分である。
スプーンですくった真っ赤な氷を口に運ぶ。頭がキーンと冷えるこの感覚、やっぱり夏はこれに限るねぇ。
――と、そんな私の極上のリラックスタイムをぶち壊すように、遠くの方から「か、海賊……っ!?」という、海水浴客たちの生々しい悲鳴が聞こえてきた。
ザカザカと、砂を乱暴に蹴立てる足音がこちらへと近づいてくる。
見上げれば、いかにも治安の悪そうな、バンダナを巻いて薄汚い剣を腰に下げたガラの悪い男が、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて私を見下ろしていた。
「お? まだガキだが、ありゃあ上玉だな。良いツラしてやがる、奴隷市場に流せば高く売れそうだ。おい、ガキ、こっちに来い!」
男はそう言って、私が座るビーチチェアの脇に乱暴に足を踏み出した。
その拍子に、男の汚いブーツの先が、私の大切な、まだ半分も残っているいちごかき氷のカップをクリーンヒットした。
パカッ、と虚しく宙を舞ったカップから、赤い氷が砂浜の上へとぶち撒けられ、一瞬で砂まみれのゴミへと変わる。
私の時が、静かに止まった。
(……あぁ? 奴隷市場ぉ? 高く売れるぅ? 誰に向かって物言ってんだよ、このドブネズミが。……何より、私の、楽しみにしていた、いちごかき氷を、また砂まみれにしやがったね……?)
一瞬で、私の脳内の堪ん袋の緒がブチ切れた。瞳の奥に、絶対的な「闇」の炎が灯る。私はスン……と冷え切った目で立ち上がると、右の拳に闇魔力をミチミチと凝縮させた。
「手前、何ガン飛ばして――」
「気安く触るんじゃないよ、このクソガキがァァァッ!!」
言い終わるより早く、私は空手の基本に忠実な、全力の正拳突きを男の顔面へと叩き込んだ。
ドゴォォォォォンッ!!!!
「ぶふぇっ!?」という短い悲鳴と共に、男の肉体は文字通り大砲の弾と化して激しい風圧を巻き起こしながら吹き飛んだ。砂浜を何十メートルもバウンドしながら猛スピードで転がっていき、そのまま遥か沖合の海へとザブーン!と綺麗にダイブしていく。
「ふぅ……。防犯の意識が高すぎて、つい身体が勝手に動いちゃったよ。まったく、どこのどいつだい、人のバカンスを邪魔する不躾な奴は……」
パッパと右手の砂を払い、不機嫌そうに男が吹き飛んだ先――海の向こうへと視線を向けた私は、そのまま呆然と固まった。
沖合の海原。そこには、ドクロの旗を掲げた無数の薄汚い『海賊船』の船団がひしめき合っていた。
そしてそれに応戦するように、パシフィカ王国の海軍(※先月の騒ぎで船も人員もほぼ壊滅状態のボロボロの艦隊)が、必死の形相で大砲を撃ち合って激しい戦闘を繰り広げている真っ最中だったのだ。
パァァァン、と遠くで虚しく響く大砲の音を見つめながら、私は手元に残った空っぽのスプーンを握りしめ、深い、深ぁぁぁい溜め息をついた。
「あぁ……。またこのパターン(お約束)かい……」
元アラフィフ空手OL、中身還暦超えの十二歳児。
彼女の二度目のバカンスは、開幕わずか数分で、再び血生臭い戦闘へと巻き込まれていくのだった。
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(次回更新:明日19時40分!)




