第41話 戦女神の就職活動と、隠居したい十二歳
「キャプティ殿下……本当に申し訳ございませんでした。国を、王女殿下を裏切った大罪、いかなる罰でも謹んでお受けいたします……」
綺麗さっぱり更地になったガレリア軍港の砂浜に、ベンダー中佐は深く頭を垂れていた。
キャプティ王女は、まだ息の荒いその元指揮官を静かに見つめ、凛とした声で言葉を紡いだ。
「ベンダー中佐。あなたのやったことは、決して許されることではありません。ですが、我がパシフィカの民を思って泥を被ったということには、情状酌量の余地があります。よって――ベンダー中佐、あなたを『三階級降格』処分とします」
「はっ……身に余る慈悲、感謝いたします」
中佐が再び頭を下げると、王女様は今度はボロボロになりながらも剣を引いて立ち尽くすエイン少尉へとにっこり微笑みかけた。
「建国以来の危機を救ったエイン、あなたの忠義に報い、私の権限であなたを『一階級昇格』させます。……あ、って、あら?」
王女様は自分の小さな指を折って数え、ふと可愛らしく小首を傾げた。
「……二人の階級が、同じ『中尉』になってしまいましたね?」
「「えっ!?」」
エインとベンダーの声が綺麗にハモる。気まずそうに、けれどどこかホッとしたように視線を交わし合う元上司と元部下。
その様子を横で見ていた私は、心の中でサイリウムをそっと床に置きながら、盛大にズッコケていた。
(おいおい王女様、まさかの天然オチかい! 昨日まで厳格な上司だった頑固親父と、命懸けで戦った若き兵士が、今日から同じ『中尉』になるとか、今後の職場環境の気まずさが最高潮じゃないかい! 完全にラノベの戦後処理のテンプレを斜め上にぶち壊してきたねぇ!)
私が微笑ましい二人のバディ誕生にツッコミを入れていると、キャプティ王女がくるりと私の方を振り返った。その優しい笑顔の奥の、瞳の輝きがスッと「統治者」のそれに切り替わる。
「そして――パシフィカの戦女神、リザ・ウェカム様」
「はいぃ?」
「貴女ほどの偉大な御方を、ただの一般人として遇することは我が国の法と安全が許しません。よって我が王室は、貴女に王室最高顧問たる『名誉大公』の爵位と、領地を贈ります。どうか、我が国の盾としてその席に就いていただきたいのです」
王女様の言葉に、エイン中尉もベンダー中尉も、真剣な表情で深く頷いた。
(……あぁ、なるほどねぇ。王女様、目は優しく微笑んでいるけれど、ありゃ完全に『国家の最高防衛戦力(核兵器)として囲い込んでやる』っていう、王族としての計算高い目だねぇ。これだけ理不尽な力を見せつけちまったんだ、野放しにして他国に奪われるくらいなら、名誉爵位という名の金の鎖で縛り付けたいってわけさ。国家戦略のリアルとしては一〇〇点満点だよ)
だが、中身が還暦を過ぎた独身OLの私としては、堪ったものではない。
(名誉大公ォォォ!? 王室最高顧問ォォォ!? やめておくれよ! こちとら前世で毎日満員電車に揺られて働き詰めて、今世こそは平和な田舎でスローライフ(隠居)を決め込もうと思ってたんだよ! 十二歳の子供を捕まえて、また国家公務員として再雇用(ブラック労働)させる気かい! 勘弁しておくれよォォォ!)
しかし、この王族の目は本気だ。断れば「パシフィカへの反逆」とまではいかなくとも、毎日お偉いさんが説得に家へ押し寄せてきて隠居生活が台無しになる。
私は必死に脳を回転させ、前世の現代知識から「絶対に会社に行かなくていい、夢のような最悪のワガママ条件」を突きつけることにした。
「分かったよ。ただし、条件があるかねぇ!」
私は鼻をふんふんと高く鳴らし、人差し指を立てた。
「まず、朝起きるのが苦手だから週休五日、勤務は週二日だけだよ! それから、私は自分の家から一歩も出たくないから、仕事はすべて遠隔――『リモートワーク』、つまり完全在宅引きこもり勤務でしか受け付けないからね! 王宮の会議なんて絶対に出ないよ!」
どうだい、この現代の労働者の夢を全て詰め込んだような超絶ホワイト(サボり)条件は。これなら王族だって「そんなふざけた奴に大公は任せられん」と引き下がるはず――。
「……素晴らしい。さすがは戦女神様です」
「は?」
キャプティ王女は、なぜか感動に声を震わせ、エイン中尉たちは感極まったように目頭を熱くしていた。
「常に有事に備えて目立たず、民と同じ目線で暮らすために『引きこもり(隠密)』の構えを取るというのですね……! しかも国費の無駄遣いを防ぐために週二日しか働かないとは……どこまで深く、我が国の未来を考えておられるのだ……!」
「いや、本当にただ働きたくないだけなんだよ!!」
私の必死の叫びは、またしても「最強の謙虚さ」として好意的に深読みされ、盛大な拍手と共に快諾されてしまった。
こうして、本人の意図しないところでパシフィカ王国の最高権力者(引きこもり名誉大公)へと強制就職させられてしまった私。
「はぁ……私ののんびりした隠居生活を返しておくれよ……」
ガレリア帝国の軍港だった、何もない綺麗な更地(平地)の上で、一人ガックリと項垂れる私の姿を、夏の青空だけが虚しく照らし続けていた。
(第四章 完)
これにて第四章完了です!
明日からは第五章に入ります!
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(次回更新:明日19時40分!)




