第4話 ギルドの様式美と、託児所お断りの上段受け
ルナリア王国の国境近くにある街。その一角に、目的の傭兵登録所はあった。
一歩足を踏み入れば、そこは熱気と、安酒と、男たちの汗の臭いがむっと漂う混沌とした空間。
見渡す限り、傷だらけの鎧を着たむさ苦しい大男の傭兵ばかりがたむろしている。
普通のお嬢ちゃんなら泣いて逃げ出すような生き地獄だが、私――リザ・ウェカムのテンションは爆上がりだった。
(うわあああー! 凄い、凄すぎる! ラノベで100万回は見た『酒場でガラの悪い大男たちが昼間から酒飲んでくだ巻いてるシーン』そのまんまだ!! 本物じゃん!!)
心の中でペンライトを振り回すレベルで大興奮しながら、私はスタスタと受付へと歩みを進める。
リュックからクシャクシャになったチラシを取り出し、受付のお姉さんに提出しようとした、その時だった。
「おいおいおい、そこのお嬢ちゃんよぉ!」
背後から、ひときわ声がデカくてガラの悪い大男の傭兵が、酒の入ったジョッキを片手にドカドカと近寄ってきた。
「ここは国を救う命知らずが集まる場所だ。託児所じゃねぇんだぞ? ガハハハ! 迷子になっちまったなら、早くママのところへ帰って温かいミルクでも飲んでな!」
周囲の傭兵たちからも、下品なガハハという笑い声が上がる。
(キタキタキタキターーーー!! これもラノベで見たやつだ!! ギルドの新人潰し! 様式美キターーーーッ!!)
私の脳内ボルテージは最高潮に達していた。怒りなんて1ミリも湧かない。むしろ「生でテンプレイベントを体験させてくれてありがとう!」という感謝の気持ちすらある。
「おい、聞いてんのかクソガキ――」
大男が私を小馬鹿にしたように鼻で笑い、太い指先で私の華奢な肩を小突こうと手を伸ばしてきた。
(よし。じゃあ、お礼に空手の基本を見せてやるとするかね)
私は身体に軽く『黒属性の魔力』を循環させ、ベストのタイミングを測る。
向かってくる大男の手首に向けて、下から斜め上へと、小さな右腕をパシッと鋭く突き上げた。
空手道場で毎日数千回は繰り返した、基本中の基本――『上段受け』である。
ガキィィィィィィィン!!!
登録所の中に、およそ人間の身体から鳴っていいはずのない、巨大な鉄塊同士が衝突したかのような凄まじい衝撃音が響き渡った。
「ぶべっ!?」
次の瞬間。大男は自分が何をしたのか、何をされたのかすら理解できない顔のまま、ギルドの頑丈な石壁をド派手に突き破り、外の通りまでフリスビーみたいな軌道で真っ直ぐ吹っ飛んでいった。はるか彼方から、ドゴォンと何かが崩れる二次災害の音が聞こえる。
静まり返るギルド内。
私は自分の右拳をふーっと吹き、可愛いウインクを添えておどけてみせた。
「おっと、手が滑っちゃった☆」
「「「…………は?」」」
周囲で野次馬をしていた屈強な傭兵たちは全員、開いた口が塞がらないという表情で、大男が消えて大穴が空いた壁と私を交互に見比べる。完全に思考が停止しているようだ。
そんな狂乱を完全にスルーして、私はカウンターの向こうで腰を抜かし、ガタガタと震えながらフリーズしている受付のお姉さんの前へと歩み寄った。
そして、十二歳の美少女の見た目のまま、中身は還暦を越えたベテラン主婦のような、やけにドスの利いた渋い低音ボイスで書類を指先でトントンと叩く。
「――で、お姉さん。私の『高収入バイト』の登録、これで手続きはいいのかい?」
「ひ、ひえっ……! は、はいぃっ!!」
お姉さんは涙目でコクコクと激しく頷くと、引きつった悲鳴を上げながら、もの凄い勢いで登録証に承認のハンコを叩きつけるのだった。
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