第38話 涙の師弟対決と、空気の読めない魔動拳
「お? さっそくおでましだね」
桟橋へと乗り上げた小型船の船首から、私は煙の向こうを凝視した。
そこにいたのは、ガレリア兵たちを従えた例の裏切り者――ベンダー中佐だ。彼は突然の強行上陸に驚愕しつつも、すぐに軍人としての冷徹な表情を取り戻して私たちを睨みつけていた。
私の背後から、エイン少尉がゆっくりと甲板を踏み締め、前に進み出る。その身体はまだボロボロだが、魔法剣を握る手は静かに震えていた。
「ベンダー中佐……!」
「……来たか、エイン少尉。まさかあの防衛線を突破してここまで追ってくるとはな。その執念だけは褒めてやろう」
ベンダー中佐は小さくため息をつき、腰の重厚な軍刀に手をかけた。
「だが、無駄な足掻きだ。私はすでにガレリア帝国と契約を交わした。キャプティ王女の身柄と引き換えに、パシフィカの民の安全と自治は保障される。これ以上の抵抗は、我が国を本当の破滅へと導くだけだ。剣を引け、エイン」
「断ります……!」
エイン少尉の声には、血を吐くような悲壮感が滲んでいた。
「中佐の言いたいことは分かります! 圧倒的な大国を前に、国を、民を生き残らせるために自分が大罪人になる道を選んだ……そうなのでしょう!? だけど、そんなのは独りよがりだ! 何も言わずに仲間を裏切り、王女殿下を涙させ、そうやって勝ち取った平和に、一体何の意味があるんですか!」
「意味など、生き残った後にいくらでも作ればいい!」
ベンダー中佐が軍刀を引き抜いた。鋭い金属音が響き渡る。
「理想だけで民の命は救えんのだよ、若造。お前が信じる正義は、ただの自己満足だ。現実を見ろ!」
「それでも、僕はあなたの背中を見て騎士になったんだ!!」
エイン少尉もまた、涙を堪えながら水属性の魔法剣を抜いた
「……愚か者が。ならば、その未熟な理想ごと、私の手で介錯してやろう」
二人の肉体が同時に弾け、互いの剣が激しく火花を散らした。
キィィィィィンッ!!!!
(うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!)
その瞬間、私の脳内で、前世のラノベオタクとしての血が最高潮に沸き立ち、心の中のサイリウムが残像を残すほどの超高速で振り回され始めた。
(キタキタキターー! 『かつて命を救ってくれた尊敬する師(裏切り者)と、その背中を追ってきた弟子(若き騎士)の、涙と宿命の師弟対決』!! 互いの譲れない正義と信念が剣を交えるたびにぶつかり合う、これぞシリアスファンタジーの一番美味しいハイライトシーンじゃないかい!! 素晴らしいよエインくん、その泥臭い葛藤、ラノベの主人公として満点だねぇ!)
二人の剣戟は、激しさを増していく。
「なぜだ、なぜ分からないベンダー中佐! あなたなら、帝国と刺し違えてでも国を護る道を示せたはずだ!」
「刺し違えれば、残るのは灰と死体だけだ! お前はあのエストゥス魔導元帥の、帝国軍の本当の恐ろしさを知らんのだ!」
重厚な刃と、鋭い水の刃が何度も交差する。シリアスな会話の応酬が続き、二人の覚悟が空気をヒリヒリと震わせていた。私は船首に腰掛け、特等席でその極上のドラマを堪能していた。
――が、そんな最高のシーンを邪魔する無粋な音が響いた。
ギチギチギチ……と、軍港に停泊していたガレリアの巨大軍艦の一隻が、こちらに向けて大きな砲口を動かしたのだ。二人のシリアスな一騎打ちの隙を突いて、まとめて消し飛ばそうという腹積もりらしい。
「あぁ? せっかくの良いシーンを邪魔するんじゃないよ、この無粋な若造どもがァ!!」
私は思わず立ち上がり、怒りのままに右の拳を引き絞った。
前世を含めて還暦を超えたオタク女の至福の読書(観劇)時間を邪魔されたのだ、怒らないわけがない。
右拳に漆黒の闇魔力を一瞬で極限まで圧縮し、迫り来る敵船目掛けて、全力の正拳突きを突き出した。
「ふんぬっ!!!!」
ドッパァァァァァンッ!!!!
私の拳から放たれたのは、物質化せんばかりに凝縮された漆黒の魔力弾――いや、奔流だ。
それは巨大な波動の塊となって直進し、起動しかけていた敵艦の魔導砲を正面から圧殺。そのまま船体ごと呑み込み、ガレリアの巨大軍艦を一瞬にして木っ端微塵に爆発四散させた。
激しい爆風が砂浜を吹き抜ける。しかし、私は自分の放った技を見て、ハッと目を見開いた。
「……あれ? 待っておくれよ、今の一撃」
私の脳内に、前世の格闘ゲームの記憶が鮮烈に蘇る。
「拳から放たれる、青(黒)い魔力の弾丸……。これ、ラノベじゃなくてあの有名な格ゲーの『波動拳』っぽくないかい!? ということは、魔法の力で動かす拳だから……そうだ! 『魔動拳』って名づけよう!!」
なにこれめちゃくちゃ格好いい! 言ってみたかったんだよね、飛び道具系の必殺技!
私は一気にはしゃぎ出し、両手にバチバチと闇魔力を込め直した。
「それっ! 魔動拳! 魔動拳! 魔動拳!!」
私は楽しくなってしまい、軍港に並ぶガレリアの軍艦や防壁に向けて、両手から交互に黒い魔力波動を連打し始めた。
ドゴォン! バゴォン! ズガァァァァァンッ!!!
「あははは! 飛ぶねぇ! めっちゃ飛ぶよこれ!」
「ま、魔動拳……!?」と、背後で剣を交えていたエイン少尉が一瞬だけ素に戻って引きつった声を上げたが、それどころではない。
私が「魔動拳!」と叫んで拳を突き出すたび、ガレリア帝国が誇る黒鉄の無敵艦隊が、まるで紙風船のように次々と爆発して海の藻屑になっていくのだ。軍港の防壁もボコボコに陥没し、文字通り更地へとリフォームされていく。
そのあまりにも理不尽で破壊的な光景に、パシフィカを裏切ってまで帝国の武力に絶望していたベンダー中佐は、完全に思考が崩壊した。
「な……な、何なんだ、あの化け物は……!? ガレリアの、世界を恐怖させる帝国の圧倒的な武力が、あんなフリフリの水着を着た子供一人に……滅ぼされていく……? 私の、私のあの必死の覚悟は、裏切りは、一体何だったのだ……!?」
あまりの衝撃に、ベンダー中佐の動きが完全に止まり、絶望のあまりその場に呆然と立ち尽くす。
――その決定的な油断を、泥臭く戦い続けてきたエイン少尉は見逃さなかった。
「おおおぉぉぉぉぉぉッ!!!!」
エイン少尉は魂の咆哮と共に踏み込み、魔法剣に全ての魔力を集中。油断したベンダー中佐の懐へと飛び込み、渾身の一撃をその胸元へと叩き込んだ。
ズバァァァァァンッ!!!!
激しい水の魔力と衝撃波が弾け飛び、ベンダー中佐の巨体が砂浜へと吹き飛ぶ。
「ぐはっ……! 見事、だ……エイン……」
鮮血が舞い、ベンダー中佐は軍刀を落としてその場にドサリと崩れ落ちた。
師を超え、自らの正義を証明した若き騎士の、最高の決着の瞬間。
「あははは! ラスト一隻! くらえ、特大の魔動拳――って、あ」
最後の軍艦を消し飛ばした私が、満足して振り返った時には、すでにベンダー中佐は砂浜に倒れ伏していた。エイン少尉が息を切らしながら、剣を引いて立ち尽くしている。
「……あ、しまった! テンプレの最高の決着シーン、自分の『魔動拳』に夢中になって見逃しちゃったよ!!」
ガーン、と私はその場にショックで膝をついた。
せっかくのラノベのハイライト、一番いいところを見られないなんて、元オタクとして一生の不覚である。
周囲を見渡せば、ガレリア帝国の無敵の軍港は、私の『魔動券』の乱射によって文字通り何もない綺麗な更地(平地)へとリフォームされていた。
こうして、裏切り者の頑固親父は倒れ、帝国の拠点も崩壊した。
しかし、一番の被害者は、最高の感動シーンを見逃して本気で落ち込んでいる、中身還暦超えの私だった。
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(次回更新:本日21時40分!)




