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第35話 逃げ出した裏切り者と、魔導砲を割るかかと落とし

「おい、ベンダー殿! 王女を連れて早くここから離脱を!」


私が周囲の重装兵をまとめて海の藻屑にした直後、残った兵士の一人が悲鳴のような声を上げた。

見れば、例の裏切り者の中佐が、懐から怪しげに光る大ぶりの魔道具を取り出している。あぁ、あれは『転移の魔道具』だねぇ。


「いやっ! 離しなさい!」


猿ぐつわを嵌められた金髪の女の子が必死に抵抗しているけれど、男はそれを無視して無理やり抱え込み、魔道具を起動した。パァッと目も眩むような魔法陣が二人を包み込む。


「無駄な抵抗はやめろ、キャプティ王女。ガレリア帝国のエストゥス・グラドミル魔導元帥の軍勢を前に、我がパシフィカ王国に勝ち目など万に一つもない。国を滅ぼさないためには、貴女を差し出し、帝国に恭順するしか道はないのだ。……エイン少尉、お前のような理想論だけで国は守れんよ」


ただの保身ではなく、それが彼なりの「冷酷な現実主義」なのだろう。男は最後まで表情を崩さないまま、光の中に消えていった。


あーあ、逃げられちゃったよ。曲がりなりにも中佐まで上り詰めた男だけあって、引き際の判断だけは一級品だねぇ。人質ごと転移されたら、さすがの私の拳もすぐには届かない。


「ちっ、逃げ足だけは一丁前だねぇ。……って、おや?」


ふと見ると、生き残っていた最後のガレリア兵が、必死の形相で海の向こうの艦隊に向けて手旗信号を送っていた。何かを伝達した直後、その兵士はニヤリと絶望的な笑みを浮かべる。


次の瞬間、遥か沖合にいた一番大きな軍艦が、その巨大な砲口をギチギチと音を立てて『こちら(この船)』へと向けた。

砲口の奥に、パチパチと禍々しい光の魔力が集束していくのが見える。


(へぇ、なるほどねぇ。まだ味方の兵隊がこの船に残ってるっていうのに、まとめて海の藻屑にしようってのかい。どこの世界でも、侵略国家の上層部ってのは容赦がないねぇ……!)


「くっ、ガレリアの超大型魔導砲だ! 総員、衝撃に備え――」


ボロボロの男の子が叫ぶのと、敵の主砲から目も眩むような極大の熱線が放たれたのは同時だった。

空気を焼き焦がしながら、一瞬で船ごと消し飛ばさんとする光の奔流が迫り来る。


「危ないじゃないかい、この若造どもがァ!!」


私は一歩前に出ると、腰を深く落とした。

右の手のひらに闇魔力を集中させ、前世で何万回と繰り返した空手の防衛技の形を作る。


「掌底受け!!」


迫り来る極太の魔導熱線に対し、私はその側面を手のひらの付け根でパァンッ!!と強烈に張り飛ばした。

神速の掌底によって軌道を強引にねじ曲げられた魔導砲は、私たちの船のすぐ脇を通り抜け、遥か後ろの海原へと激突。ドガァァァァァンと津波のような水柱を爆発させた


「あちちちちっ!! 痛てぇねぇ! いくら魔力でコーティングしてるとはいえ、この熱さは肌に大敵だよ!」


熱風でこすれた手のひらをブンブンと振り回しながら文句を言う。

しかし、背後からは「な……、魔導砲を、素手で……?」という、男の子の引きつった声が聞こえていた。


「よし、今度はこちらの番だ。じいさんばあさんを怒らせるとどうなるか、教えてあげようかねぇ!」


私は両足に思いきり魔力を込め、甲板を蹴り割る勢いで大空へとジャンプした。

狙うは、さっき魔導砲を撃ってきた生意気な黒鉄の軍艦だ。放物線を描いて敵艦の真上へと到達した私は、そのまま重力に従って急降下する。


「そこを退きなっ!!」


身体を反転させ、右足の踵にありったけの闇魔力を収束。格闘技の極致たる『かかと落とし』を、巨大な軍艦のど真ん中へと叩き込んだ。


ドゴォォォォォンッ!!!!


凄まじい衝撃波が海を割り、黒鉄でできた強固なはずの軍艦が、まるで生木を叩き折るようにバキィッ!と中央から真っ二つに裂けた。大量の海水が流れ込み、巨大な鉄の箱が一瞬にして海の底へと沈んでいく。


(ふぅ、これだけじゃまだ怒りが収まらないねぇ)


私はそのまま海面を蹴り、隣の軍艦へと飛び移った。

今度は回し蹴りで船首を丸ごと消し飛ばし、3隻目には突進からの正拳突きで喫水線に特大の風穴を開けてやった。木っ端微塵に砕け散る敵艦の破片が海に降り注ぐ。


さすがに3隻も一瞬で消し炭にされると、無敵を誇っていたガレリア帝国の無骨な船団も、完全に恐怖に呑まれたらしい。

「化け物だァァッ!」「退却! 急いで全速前進で逃げろ!」と、残りの船が慌てて舵を切り、全速力で霧の向こうへと逃げ出していくのが見えた。


海面をピョンピョンと跳ねながら、私は呆気なく敗走していく敵の背中を見届ける。


「あ、逃げちゃった。意外と意気地がないねぇ、最近の若い軍隊は」


つまらなそうに呟きながら、私は再び大ジャンプをして、最初に着地したパシフィカ王国の旗艦へと戻ってきた。フワリと静かに甲板に着地する。


あたりを見回すと、ガレリアの兵士は全滅。裏切り者も消え、生き残った王国兵たちは全員が腰を抜かして私を怪物を見るような目で見つめていた。


そんな中、ボロボロになりながらも魔法剣を杖代わりにし、なんとか立ち上がったあの若い魔法剣士の男の子が、ガタガタと膝を震わせながら私に視線を向けてきた。


男の子は、信じられないものを見たという風に顔を激しく引きつらせ、掠れた声で私に問いかける。


「君は……、君は一体、何者なんだ……!?」


フリフリの水着を着た十二歳の少女(中身は還暦)に向かって、命を救われた若き少尉が驚愕の声を絞り出す。

お説教タイムは終わったけれど、さて、この若造にどう名乗ったものかねぇ。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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よろしくお願いいたします!

(次回更新:明日19時40分!)

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