第34話 裏切りの炎に包まれる海原と、戦場に舞い降りた十二歳
「いやはや、これはまた……大迫力だねぇ」
砂まみれのかき氷のカップをゴミ箱に放り捨てたリザは、海岸線から遙か沖合の海原を見つめ、不謹慎にも感嘆の息を漏らしていた。
水平線を埋め尽くすのは、ガレリア海洋帝国が誇る黒鉄の巨大軍艦群。対するは、リザがバカンスに訪れていたパシフィカ王国の海軍艦隊。
大砲の重低音が空気を震わせ、飛び交う魔導砲弾が海面を爆発させて巨大な水柱を何本も立ち上げている。轟音、爆煙、そして炎上する木造船。
「前世のハリウッド映画でもここまでの映像はお目にかかれないよ。凄いねぇ、まさに不沈艦隊の襲来ってやつかい」
リザの脳内では、前世のアラフィフ無双ラノベオタクとしての血が騒ぎ、心の中で激しくサイリウムが振られていた。(キタキタキター! 国防の危機! 謎の巨大艦隊による奇襲! これぞ長編ファンタジーの第四章開幕にふさわしい王道のシチュエーションだねぇ!)
しかし、心の中でオタ芸を披露していたリザの目が、次第にシリアスに細められていく。
「……って、感心してる場合じゃないよ。さすがにワンサイドゲームが過ぎるじゃないかい」
戦況は、パシフィカ王国側の圧倒的劣勢、というか一方的な虐殺になりつつあった。
ガレリア軍の黒鉄の船体には、王国の木造船が放つ砲弾など豆鉄砲も同然。パキパキと虚しく弾かれるだけだ。逆に帝国の魔導砲が火を噴くたび、王国の船は消しゴムで消されるように一瞬で木っ端微塵に粉砕されていく。
このままでは、この港町が火の海になる。
お気に入りのいちごかき氷を売ってくれた海の家も、美味しいリンゴをタダでくれた果物屋のおばちゃんも、全てあの鉄の箱どもに蹂躙されてしまう。
「せっかくのバカンスを、よくもまあ邪魔してくれたねぇ。……よし、ちょっと防犯活動(お仕置き)に行ってこようかね」
リザの見た目は愛らしい十二歳の美少女。しかし中身は還暦越えの空手女子である。近所の治安を守る主婦の精神で、彼女は一歩前に踏み出した。
「ふんぬっ……!」
私が小さく呼気をして両足に漆黒の闇魔力を込めると、ドォッ、と周囲の砂浜が激しく爆散した。
十二歳児の小さな身体が、弾丸のような速度で大空へと跳ね上がる。放物線を描いて砲火の飛び交う海原を飛び越し、私は一直線に、パシフィカ海軍のフラッグシップ(旗艦)とおぼしき大きな船の甲板へと向かって落下していった
ドゴォォォォォンッ!!!!
厚い木製の甲板に、質量兵器でも衝突したかのような音を立てて私は着地した。
強烈な着地衝撃の風圧が周囲の兵士たちを数メートルほど吹き飛ばし、立ち込める爆煙が海の風に吹かれてゆっくりと晴れていく。
クレーター状に陥没した甲板の上で、私はパッパと水着についた煤を払った。
右手には、さっきまで食べていた砂まみれの空っぽのかき氷カップを持ったままだ。
「いやぁ、派手な着地になっちゃったねぇ。……って、おや?」
顔を上げると、甲板の上はまさに地獄絵図、というか修羅場と化していた。
周囲には、何十人もの見たことのない重装兵たちが槍を構えて包囲網を敷いている。
その中心で、息を切らし、ボロボロになりながら魔法剣を構えている若い男の子が一人
そしてその奥には、派手な軍服を着た大柄な男が、綺麗な金髪の女の子の首元にナイフを突きつけてニヤニヤと下卑た笑みを浮かべていた。女の子は猿ぐつわを嵌められて、涙をポロポロと流している。
(うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!)
その光景を見た瞬間、私の脳内で、前世のラノベオタクとしての血が騒ぎ、心の中で激しくサイリウムが振られ始めた。
(これ! これだよ! 『味方の最高責任者っぽい奴の裏切り』に『囚われのヒロイン(王女様)』、そして『絶望に立たされる若き魔法剣士』! ラノベで100万回は見た、最も熱くて泥臭いテンプレイベントじゃないかい!! もし私がここにいなかったら、あのボロボロの男の子、確実にここで惨死して女の子はひどい目に遭うルートだったねぇ!)
「……は? 子供……? なんで、海から子供が……?」
ボロボロの魔法剣士の男の子が、私を見て完全に魂の抜けたような顔をしている。
その横では、女の子を人質にしている裏切り者らしき男が、突然空から降ってきたフリフリの水着姿の十二歳児(私)を見て、顔を引きつらせて怒号を上げた。
「おい、なんだそのガキは! どこから紛れ込んだ! 構うな、まとめて突き殺せ!」
男の命令で、三人の重装兵が鋭い槍を私の小さな身体目掛けて一斉に突き出してきた。
男の子が「危ない、逃げろ――!」と悲鳴のような声を上げるのが聞こえる。
しかし、こちとら前世の記憶を合わせたら還暦を超えたババアなのだ。
若造どもの単調な突きなんて、前世で極めた空手の神速の体捌きだけで十分。私は一歩も引かず、紙一重で三本の槍の刃先をひらりと予測回避する。
(テンプレは素晴らしいし、心の中でサイリウムも振りたいところだけどさ。やっぱり許せないねぇ。人のささやかなバカンスを、こんな血生臭い三流芝居で汚してくれたんだから。……何より、私のバカンスを台無しにした罪は重いよ?)
私の口元に、冷たくて凶悪な笑みが浮かぶ。
右の拳に、闇魔力をミチミチと収束させながら握り込んだ。
「ふんっ!!」
踏み込みと同時に、最前線の兵士の分厚い鉄の胸当てへと、私の全力の正拳突きを叩き込む。
ドッパァァァァァンッ!!!
空気を切り裂く衝撃音と共に、重装兵の身体が文字通り「大砲の弾」のように真後ろへと吹き飛んだ。背後にいた二人、いや、そのさらに後ろにいた兵士たちをもドミノ倒しのように巻き込みながら、十数人の兵士がまとめて甲板の上を高速で転がり、そのまま対面の海へと勢いよく消しゴムのように叩き落されていく。
「…………え?」
魔法剣士の男の子の口から、呆然とした声が漏れた。
裏切り者の男も、突きつけたナイフをガタガタと震わせながら顔面を蒼白にしている。
私はパッパと拳の砂を払うと、彼らを交互に見据えて、不敵に言い放った。
「さて、若造ども。防犯の時間(お説教タイム)だよ。年長者のバカンスを邪魔した罪、その身体にじっくり叩き込んでやろうかねぇ!」
人の平和なひとときを邪魔した代償は高い。
ここからは、私による理不尽な蹂躙の時間だ。
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(次回更新:明日19時40分!)




