第33話 鉄の不沈艦と、かき氷の恨み
あのトロシカ聖皇国の聖地を、文字通り何もない綺麗な更地へとリフォームしてから、丸一ヶ月後。
外見は可憐な十二歳の美少女、しかしその中身は前世でアラフィフまで空手に打ち込み、今や精神年齢「還暦越え」に達しているリザ・ウェカムは、のんびりとした平和な日常を満喫していた。
――が、同時に、彼女の退屈は極限に達しつつあった。
「平和なのは良いことだけどねぇ……。こうも毎日何もないと、前世の定年退職後のモラトリアムを思い出して、逆に身体が訛りそうだわ」
そんなある日のこと。リザがいつものようにあてのない散歩をしていると、馴染みの果物屋の店先から、威勢の良い声が飛んできた。
「おーい、リザちゃん! ちょっとおいで! 今日もピチピチの良いリンゴが入ったからさ、ひとつ持ってきな!」
「わぁーい! おばちゃん、ありがとう!」
リザは十二歳児特有の無邪気な笑顔を浮かべて駆け寄り、差し出された真っ赤なリンゴを受け取った。そのまま勢いよくガブリと齧り付く。
シャク、と心地よい音と共に、瑞々しい甘味と爽やかな酸味が口いっぱいに広がった。やっぱり、この果物屋のリンゴはいつ食べても絶品だ。
ふと、リザの視線が店先に貼られた一枚の派手な紙に留まった。
「ん? おばちゃん、その広告はなに?」
「あぁ、それかい? 今年ももう海水浴の季節だからねぇ。海の向こうの綺麗なビーチの広告だよ。ほら、街の若い子たちがこぞって遊びに行くっていう、あの港町のさ」
その言葉を聞いた瞬間、リザの目がキラーンと不穏な光を放った。
「おばちゃん、その広告、もらってもいい?」
「いいよぉ。もしかしてリザちゃんも遊びに行くのかい?」
「うん!」
元気いっぱいに返事をして広告をひったくると、リザの脳内では前世のオタク知識が目覚め、歓喜のダンスを踊り始めていた。
(キタキタキターー! 夏といえば海水浴! ラノベの定番、水着サービス回だねぇ! 主人公としては、こういうノルマ的なイベントもしっかりこなしておかないとね!)
「いやぁ、たまにはこういう骨休めもしないとねぇ」
数日後。美しい白い砂浜とエメラルドグリーンの海が広がる港町の海水浴場に、リザの姿はあった。
フリルがついた十二歳児用の可愛らしい水着に身を包んだリザは、砂浜に立てたパラソルの下、ビーチチェアに寝そべっていちご味のかき氷を美味しそうにスプーンですくっている。
波の音がザザァ、と心地よく鼓膜を揺らす。
「あぁ、波の音が心地いいねぇ。……それにしても日差しが強いねぇ。日焼け止め、もう一回塗っておこうかねぇ……」
完全に南国のリゾートを満喫している近所のおばあちゃん状態である。
そんな、還暦の平穏なもぐもぐタイムを邪魔するように、砂を乱暴に蹴立てて、少しチャラついた地元の若い男が近づいてきた。男は派手な水着をテカらせ、ニヤニヤと締まりのない笑みを浮かべて馴れ馴れしくリザに絡んでくる。
「よお、お嬢ちゃん! 1人で寂しくかき氷食べてんの? 口のまわりが赤くなっちゃって可愛いねぇ。そんな安物じゃなくてさ、お兄さんのあっちの特等席のパラソルで、一緒に美味しいもの食べようよ!」
上から目線で手招きしてくる男を見上げ、リザはスプーンを口に咥えたまま、完全にスン……と冷え切った目で男を凝視した。
「……え? いや、私まだ12歳だよ?お兄さん正気かい……?」
リザは眉をひそめ、心の底からドン引きした声を漏らした。
中身が還暦超えであるリザからすれば、見た目12歳の子供相手にトチ狂った口説き文句を吐き散らす目の前の男は、ただの『危険な変質者』にしか見えなかったのである。現代日本なら一発で事案、即座に警察へ通報される案件だ。
しかし、男はリザの明らかな拒絶を「照れている」と都合よく勘違いしたらしい。
「ハハッ、年の差なんて関係ねえよ! ほら、大人しく――」
男が強引に距離を詰めようと身を乗り出した、その拍子だった。
ビーチチェアの脇に置いてあった、リザのいちごかき氷のカップに男の足が引っかかる。無惨にもひっくり返ったかき氷は、サラサラの砂浜の上へと転がり、一瞬にして真っ黒な砂まみれになってしまった。
ぽつり、と。
大好物のリンゴをくれた果物屋のおばちゃんへの感謝、ラノベ定番の水着回へのワクワク感、そして楽しみにしていたかき氷。それら全てを、この前髪の軽い有象無象にぶち壊されたのだ。
リザの口元に、冷徹で凄みのある笑みが浮かぶ。
「いいよ、遊んであげる。――私に勝てたらね!」
「え? ぐふっ――!?」
次の瞬間、砂浜に大爆発が起きた。
リザの手加減なし(防犯意識MAX)の右ストレートが、男の顎へとクリーンヒットしたのだ。空間が歪むほどの風圧と共に、男の肉体は文字通り「人間魚雷」と化して砂浜を何十メートルも吹き飛んでいく。
ドゴォォォォォン!!!
「あぶっ……!?」という声を残す暇もなく、男は海岸沿いの頑丈な防波堤へと頭から激突。レンガの壁に蜘蛛の巣状のヒビを入れながら、一撃で失神して白目を剥いた。
「ふぅ……。防犯の意識が高すぎて、つい身体が勝手に動いちゃったよ。それにしても、貴重ないちごかき氷が台無しじゃないかい……」
リザはパッパと右手の砂を払い、深い溜め息をついた。だが、リザが不機嫌そうに砂まみれのカップを拾い上げようとした、その瞬間だった。
男が激突した防波堤の遙か向こう。水平線を覆っていた不自然な霧が、一気にサーッと晴れていく。現れたのは、美しく青い海にはおよそ似合わない、漆黒の鉄塊だった。
見たこともない「黒鉄の巨大軍艦」が、何十隻、いや何百隻と不気味な威容を現し、この平和な港町を目指して怒涛の勢いで進軍してきている。
ウゥゥゥゥゥーーーーンッ!!!
静かだった港町に、突如として大地を震わせるような、おぞましい『空襲警報(大侵略の警報)』が鳴り響き始めた。
それと同時に、岬の向こうの中央港からは、すでに敵艦隊を迎撃するための大砲の重低音が、地響きとなって轟き始める。
「ひ、ひえええッ!? 外国からの侵略だァァッ!」「逃げろ! 早く街へ戻れぇッ!」
さっきまで平和に海水浴を楽しんでいた一般の客たちが、大パニックに陥って蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始める。
阿鼻叫喚に包まれる砂浜の中。
リザは驚いたようにしばらく艦隊を見つめていたが、やがて視線を落とし、砂まみれになってアリが群がり始めたかき氷を、そっと拾い上げた。
(外国からの侵略ねぇ……。そういえば、私が今世で生まれ育ったこのパシフィカ王国は平和すぎて今まで戦争なんてしたことなかったね)
静かに、その瞳の奥に、トロシカ聖皇国を更地にした時以上の、絶対的な「闇」が灯る。リザは首の骨をボキボキと鳴らし、拳を握り込んで凶悪な笑みを浮かべた。
「なるほどねぇ……。せっかくの海水浴を邪魔しに、海の向こうからわざわざご苦労なこった。――待ってろよ、あの鉄の箱(軍艦)ども。あんたたちの本拠地ごと、綺麗さっぱり更地にしてやるからねぇ!」
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(次回更新:明日19時40分!)




