第28話 生卵のキャッチボールと、方向を失った夜の独白
白亜の大聖堂の最奥、謁見の間。
奥には、虚ろな目をした聖女プリシラを背後に従えたドニム聖導師。そして手前には、洗脳によって自我を奪われたこの国の最後の希望――白髪の剣士ラヴル殿下が、凄まじい剣気を放って立ち塞がっていた。
「くそっ……! は、速すぎる……!」
横でサースが息を呑む。
手加減を一切考慮しなくていいラヴル殿下の踏み込みはまさに神速。しかもリザに殺されては困るというサースの無茶な注文のせいで、私は決定打を放てずに少々手こずっていた。
「あーもう、お兄ちゃん! 私はこの王子様を『優しく』お仕置きしとくからさ! あんたは後ろでボサッと見てないで、あの奥にいる生臭坊主の隙を狙いなさいな!」
「わ、分かった!」
サースは力強く頷くと、私とラヴル殿下が激しく火花を散らす真横をすり抜け、奥の玉座にいるドニムの元へと一気に走り出した。
「神の御名において……排除する」
洗脳されたラヴル殿下は、虚ろな目のまま王族最高峰の光の魔法剣を限界まで燃え上がらせた。空間を縦横無尽に切り裂く光の斬撃。彼が剣を振るうたびに、大聖堂の太い大理石の柱が次々と自重で両断され、轟音を立てて崩れ落ちていく。
「もう! 生卵を絶対に割らないようにキャッチボールさせられてるみたいで、めんどくさいねぇ!!」
受け流す角度を1ミリでも間違えれば殿下の腕が折れてしまう。その加減のあまりの難しさに、私の中の還暦超えのイライラは完全に頂点に達しつつあった。
一方、同じ空間の奥では、ドニムがその凄まじい戦闘に完全に目を奪われていた。
(ば、馬鹿な……!? 我が洗脳によって限界まで馬車馬のように操ったラヴル殿下の神速の剣を、あの闇属性の小娘は……すべて素手で見切って受け流しているだと……!? 一体何者なんだ、あの怪物は――)
リザの規格外の圧倒的な強さに、ドニムが完璧に、そして完全に油断したその瞬間。
「ドニムゥゥゥーーーッッ!!! 余所見をしている場合かァァァ!!!」
大広間の横から、咆哮とともにサースが猛然と突撃した。
「……チッ、不浄の家畜が!」
ドニムが忌々しげに顔を歪める。
かつて洗脳され、顎を砕かれかけた恐怖のトラウマ。サースはその全てを魂の怒りでねじ伏せ、限界突破のスピードでドニムの懐へと肉薄した。閃くサースの刃。
「おおおっ!」
渾身の一撃が、ドニムの頬をピシッと深くかすめ、そこから一筋の鮮血がたらりと流れ落ちた。
しかし、最大級の聖導師であるドニムはすぐさま冷徹さを取り戻した。
「……不浄の泥が。私に気安く触れるなと言ったはずだ」
ドニムの杖から、目も眩むような高位白魔法の衝撃波が至近距離で放たれた。
「がはっ……!?」
直撃を受けたサースの身体は紙切れのように激しく吹き飛ばされ、大理石の床を何十メートルもゴロゴロと転がって大ダメージを負った。ピクリとも動かなくなるサース。
それを見た瞬間。
ピチッ、と私の中で何かが激しく切れる音が大聖堂に響き渡った。
「あーもう、いい加減にしなさい!! 年上の言うことが素直に聞けない悪い子は――おばちゃん大嫌いだよ!!」
私はこれ以上の細かい手加減をサバサバと諦めた。
肉体の破壊を伴わないよう、インパクトの瞬間の衝撃の伝達だけを絶妙にコントロールした、黒属性魔力全開の正拳突き――通称『愛の鞭』を、迫りくるラヴル殿下の腹部へとドンッ! と叩き込んだ。
ドガァァァァァァン!!!!!
「ふ、ぐっ……あ……っ!?」
凄まじい衝撃波が殿下の背中から突き抜け、ラヴル殿下の身体はそのまま後ろの壁まで弾丸のように吹っ飛んだ。そして壁にめり込み、白目を剥いて完全に意識を失う。と同時に、その瞳から洗脳のどす黒い紋章が綺麗に消え去っていった。強制気絶による洗脳カットである。
組織一番の切り札だった最強の魔法剣士を一瞬で沈められ、ドニムの顔から完全に余裕が消え失せた。
「ば、化け物め……っ! 聖地へ来い、不浄の者ども! そこがお前たちの本当の墓場だ!」
ドニムは懐からまばゆく光る転移の魔道具を起動した。
次の瞬間、ドニムは虚ろな目のプリシラを強引に抱きかかえ、光の粒子とともにその場から一瞬で消え去ってしまった。
「あ、逃げたねぇ」
私はサバサバと呟くと、まずは床に倒れているサースの元へスタスタと駆け寄った。
「お兄ちゃん、大丈夫かい?」
覗き込むと、サースが「う、うう……」と呻きながらゆっくりと目を覚ました。だが、彼の瞳の奥には、ドニムの去り際の魔力に呼応したのか、どす黒い光の紋章(洗脳の残滓)が再び不気味に浮かび上がろうとしていた。
「デ、デクトル聖下……のために……不浄の者を……」
フラフラと虚ろな目で立ち上がり、私に向けて短剣を構えようとするサース。
「あーあ、また洗脳の電波を受信しちゃったのかい。本当に仕方のないお兄ちゃんだねぇ!」
私は呆れ果ててため息をつくと、サースの首筋に向けて、右手の『手刀』をパシィィン! と軽やかに当てた。
「ぶふっ!?」
サースは再び白目を剥き、今度こそ完全に正気に戻りながら優しく床へと崩れ落ちた。これで洗脳の残滓も完全シャットアウトだ。
私はフゥと肩を回すと、気絶したラヴル殿下とサースの二人を、左右の脇へと軽々と米俵のように抱え込んで仁王立ちになった。
「よし、二人ともよく頑張ったよ。あとはこの私が、あの生臭坊主どもを神殿ごと綺麗に更地化してあげるからねぇ!」
私は勢いよく大聖堂の正面扉をぶち破り、夜の街へと颯爽と飛び出した。清楚な十二歳の黒髪美少女が、男二人を両脇に抱えて夜風を切る姿は、実にもうシュールの一言に尽きる。
「待ってろよ教皇! 覚悟しなさい――……って、あれ?」
ガシッ、と私は夜の十字路の真ん中でピタッと足を止めた。
左右をきょろきょろと見回すが、夜の街はしんと静まり返っており、虫の鳴き声しか聞こえない。
私は両脇にぐったりと垂れ下がっているサースとラヴル殿下の顔を交互に見つめ、それからサバサバとした無表情のまま、夜空に向かってポツリと呟いた。
「……そういえばさ。その『聖地』って、一体どっちの方向にあるんだい……?」
頼みの綱の超高性能カーナビたちが二人とも私の手によって完全スリープモードに入ってしまっているため、目的地の方向がさっぱり分からないのだった。
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(次回更新:明日19時40分!)




