第27話 ガチの思想犯と、注文の多いお兄ちゃん
国境の親切な門番おじさんに別れを告げた私たちは、手薄な秘密ルートを強行突破し、ついにトロシカ聖皇国の中央大聖堂――その最奥の間にまで突入した。
白亜の壁に囲まれた、息を呑むほど神聖で巨大な大聖堂の謁見の間。
だが、そこに漂う空気はどこまでも歪んでいた。
豪奢な玉座の横には、虚ろな目をして人形のように佇む十四歳の少女――サースの妹であり、国の聖女でもあるプリシラの姿があった。そして玉座の前に立って私たちを見下ろしていたのは、豪奢な法衣に身を包んだ男、ドニム・ロルトノク聖導師だ。
「プリシラ……!」
サースが悲痛な声を上げる。
しかし、ドニムは冷酷な嘲笑を浮かべて鼻で笑った。
「ふん、洗脳による暗殺に失敗するとは、とんだ役立たずめ。それどころか、その汚い黒髪の家畜をこの神聖な大聖堂に連れてくるとはな。教皇聖下の御前を穢した罪、その薄汚い命ですら贖えんぞ」
ドニムがパチンと指を鳴らす。
その合図とともに、周囲の帳から洗脳された聖堂騎士たちが一斉に抜刀し、私たちに襲いかかってきた。彼らの目は血走り、操られている恐怖と狂気に満ちている。
「くっ……! 彼らは教皇派ではなく、ただ正気を奪われて操られているだけの同僚なんだ! リザ、頼む、なるべく殺さないでくれ……っ!」
サースが剣を構えながら必死に叫んだ。それを聞いた私は、サバサバと深いため息を吐き出す。
「……ハァ、注文がめちゃくちゃ厳しいねぇ。ちょっとどころか、かなりやりづらいよ、お兄ちゃん」
口では愚痴を言いながらも、私の肉体はすでに『オートカウンター』と前世の空手の体術をもって滑らかに駆動していた。
殺気を放って斬りつけてくる騎士たちの刃を紙一重でかわし、その手首を掴んで軽くひねり、顎や首筋の急所に「手加減した当身」をリズミカルに叩き込んでいく。
命を奪わず、後腐れのない気絶(戦闘不能)だけを正確無比に叩き込む神業。バタバタと美しい放物線を描いて床に沈んでいく騎士たちを見て、ドニムは眉一つ動かさず、彼らをゴミのように見下ろした。
「やれやれ、また洗脳をかけるのは面倒だな。やはり光の恩寵を受けぬ劣等種は、我ら神に選ばれし純血の奴隷であるべきなのだ。闇属性など、この世界で息をする価値すらないというのに」
「貴様……! 民を、人を、一体何だと思っているんだ!」
操られた騎士の刃を弾きながら、サースが激昂の声を上げる。だが、ドニムは冷徹な視線を私に向けたまま、淡々と言葉を続けた。
「デクトル聖下が真の権力を握れば、この大陸はすべて清浄な光で満たされる。お前たちのような泥は、一滴たりとも残さぬ」
(なるほどねぇ。前世のニュースでもよく見た、自分の歪んだ正義を1ミリも疑わない『ガチの思想犯』ってやつかい。おばちゃん、こういう偏った選り好みをする偏食家は大嫌いなんだよ)
最後の一人の首筋にチョップを叩き込んで床に転がすと、私は乱れたフードをサバサバと右手で直しながら、ドニムを冷ややかに見据えた。
「光だの闇だのさぁ、贅沢言ってんじゃないよ。あんたが綺麗だと思っているその白亜の大聖堂だってねぇ、あんたが泥と呼んで見下している人間たちの、血とにじむような労働で建ってるんだよ。感謝の心も忘れた生臭坊主が、偉そうに神様を語るんじゃないよ、恥知らずが」
中身還暦(60歳)のベテラン主婦のポリシーを乗せたドスの利いた説教に、大聖堂の空気がビリビリと震える。
「黙れ、家畜が。……出番だ、ラヴル。その不浄の者を、神の御名において屠れ」
ドニムが忌々しげに吐き捨てると、奥の帳から一人の男が静かに現れた。
それは、白銀の甲冑を身にまとった、若い白髪の剣士だった。男が歩を進めるたびに放たれる魔力と圧倒的な剣気は、先ほどまでの一般騎士たちとは完全に桁違いだった。
その姿を見たサースが、絶望に顔を真っ青にして叫んだ。
「ラ、ラヴル殿下!? リザ、彼は……彼だけは絶対に殺さないでくれ! この国の、トロシカ聖皇国の最後の希望なんだ……!」
「本当に、注文の多いお兄ちゃんだよ!!」
私は思わず、目の前に構えた白髪の殿下に向かって盛大にツッコミを入れてしまった。
殺すな、手加減しろ、でも相手は国一番の超強敵。アルバイトの割にワンオペの負担が大きすぎる。
だが、売られた喧嘩は買う主義だ。
私はサバサバと拳を構え直し、国の最後の希望(白髪の殿下)をノーキルで無力化するための、次なる体術の型へと移行するのだった。
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(次回更新:明日19時40分!)




