第25話 聖皇国の暗殺者と、正当防衛に安堵する十二歳
「う……っ、ここは……?」
街の治療院のベッドの上で、顎をバキバキに粉砕されて白目を剥いていた謎の男が、ようやく苦悶の声を漏らしながら目を覚ました。
「お、気がついたかい? ここは治療院だよ」
私がベッドの横からサバサバと顔を覗き込むと、男は恐怖にビクッと身体を強張らせた。
「ごめんねぇ。後ろに急に立つからさ、私の身体が勝手にオートカウンターで動いちゃって……。いやぁ、本当に大怪我させて申し訳ない!」
私が中身還暦(60歳)のベテラン主婦トーンで深々と頭を下げると、男は呆然と自分の顎をさすり、それからハッと何かに気づいたように目を見開いた。
「……そうか……! 俺は……君の暗殺に失敗して……うっ……!」
「へ? 暗殺?」
私はカゴのリンゴを片手に持ったまま、ポカンと首を傾げた。
男は混乱に頭を抱えながらも、観念したようにポツポツと事の事情を話し始めた。
「すまない、俺は『トロシカ聖皇国』のサース・シスレクス。ドニム聖導師という男の洗脳魔法を受けてしまい……操られるがままに、君を殺しに来た暗殺者だ」
(――っし、キタアァァァァ!!!)
男の口から出た「暗殺者」というワードを聞いた瞬間、私の中の還暦オタクは心の中で盛大にガッツポーズをキメた。
(良かったーーー!! 一般人の通りすがりのお兄さんじゃなかった! 完全なる正当防衛じゃん! 私、無実! 傷害罪で捕まらなくて本当に良かったわぁ!)
まずは自分の潔白が証明されてホッと胸をなでおろしつつ、私はサバサバとサースに向き直った。
「って、いやいや待っておくれよ。私、見ての通りまだただの清楚な十二歳だよ? どこの馬の骨だか知らない聖皇国とやらに、命を狙われるような大層な覚えはこれっぽっちもないんだけどねぇ?」
「……教皇デクトル。あの男が教皇の座に就いてから、全てが狂い始めたんだ」
サースは悔しそうに拳を握りしめ、ベッドのシーツをギチギチと音を立てて掴んだ。
「トロシカは元々、光を信仰する静かな宗教国家だった。だが、デクトルが教皇になってから国全体が狂い始めた。あいつは『闇属性は悪魔の手先だ』と国中に触れ回り……あろうことか、国内の闇属性の赤ん坊を『間引き(処刑)』する法律まで作りやがったんだ!」
ゴォォォォォォォッッ!!!
「――あんた、今なんつった?」
「ひっ……!?」
次の瞬間、私の全身から、部屋のガラスをピキピキと震わせるほどの凄まじい怒りの黒属性魔力が噴き出した。私はサースの襟元をガシッと掴み上げ、中身還暦(60歳)のガチの凄みで問い詰める。
「闇属性に生まれたからってさぁ……たったそれだけの不条理な理由で、何の罪もない赤ん坊の命を奪っているって言うのかい、あァ!?」
「あ、あわわわわ……っ!? ち、違うんだ! そもそも闇属性の人間自体が滅多にいないから、そんな胸糞悪い実害は現実にはまだ一件も起きていないんだ! だからこそあいつらは、他国の、君みたいな規格外の闇属性の子供を先に始末して、『脅威を排除した』っていう実績を国内で作ろうとしたんだよ……!」
「あ、なんだ。まだ被害は出ていないのかい」
私はサバサバと魔力を引っ込めると、サースの襟元をパッと離して再びホッと胸を撫で下ろした。
しかし、サースは絶望に満ちた表情を崩さない。
「……それだけじゃない。あいつの本当の狙いは、俺の妹……プリシラなんだ」
「妹さん? その子も闇属性なのかい?」
「逆だ! プリシラは、国でも数百年ぶりと言われるほどの『純粋な光属性』の才能を持って生まれた。それを知ったデクトルが、自分の権力を絶対のものにするために、プリシラを自分の『妃』にすると言い出しやがったんだ……!」
その瞬間、私の顔から完全に笑みが消えた。
「……あんたの妹さん、今いくつだい?」
「十四歳だ。トロシカの法律では十五歳から成人になる。プリシラの十五歳の誕生日が来たら、神聖な儀式と称して、無理やりあの生臭教皇の嫁にされるんだ……!」
ドスッ。
治療院の床が僅かに揺れた。私が怒りのあまり、無意識に一歩踏み込んだのだ。
(十四歳っていったら、前世で言えばまだ中学生じゃないか! それを自分の権力のために無理やり妃に!? その教皇、脳みそが完全に腐ってんじゃないのかい!?)
「……だから、俺はプリシラがドニム聖導師の部下に攫われそうになった時、死に物狂いで抵抗したんだ! でも……っ!」
サースの目から、ポロポロと大粒の悔し涙がこぼれ落ちる。
「返り討ちにあった……。ドニムの圧倒的な魔法の前に俺は無力で、気づいた時には洗脳魔法をかけられて、君を殺すための人形にされてたんだ……! クソッ、俺が弱いばかりに……! プリシラ……! すぐに助けに行かないと、誕生日の儀式までもう時間が……っ!」
ガタッと無理に立ち上がろうとするサースの肩を、私の小さな、しかしビクともしない手座がガシッと掴んで強引にベッドへ押し戻した。
「ちょっと待ちなよ」
サースは痛みに顔をしかめながら私を見た。
十二歳の無邪気な美少女の顔をした私は今、極道も裸足で逃げ出すような、ドスの利いた不敵な笑みを浮かべていた。
「あんた、妹のために命を張ったんだろ? だったらその根性だけは、おばちゃんが認めてあげるよ。……それにさ、売られた喧嘩はきっちり買う主義なんだよね。子供を泣かせる大人の皮をかぶった獣は、じっくり教育してあげなきゃいけないんだよ。よし、私をその教皇ってやつのところに案内しな」
「き、君を!? 君みたいな子供を、あんな危険な場所に連れて行けるわけがないだろう!?」
「その子供にワンパンでのされて、治療院のベッドに寝転がってる奴が何を言ってるんだい。お兄さん、つべこべ言わずにさっさと案内しな」
私は拳をバキバキと鳴らし、窓の向こうの空を見据えた。
待ってろよ教皇。そのふざけた聖地ごと、私の拳で綺麗さっぱり更地にしてやるからね。
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(次回更新:明日19時40分!)




