第23話 闇の王の誘惑と、ブラック企業お断りの上段受け
「どうぞ! あのディザスは差し上げます!」と叫び、凄まじい爆速ステップで部屋の隅っこへとスン……と逃げ出した大魔導士アリア。
黒髪の首領ディザスはその背中を追おうともせず、ただ淡々と冷ややかな瞳で見送った。
「……逃げたか。所詮、口先だけの『正義』とはその程度のものだ」
フッと鼻で笑ったディザスは、すぐに視線をこちらへと戻した。アリアへ放った自身の即死級闇魔法を、片手一本でノーダメージで防ぎきった謎の黒髪美少女――すなわち、十二歳の私である。
ディザスは双剣を低く構え、値踏みするような鋭い目で私を見つめた。
「お前も、あのエルフと同じように『正義』を振りかざす者か? ……いや、違うな。俺の極大魔法を無傷で防ぐとはなかなかやる。流石は俺と同じ、最高峰の黒属性の使い手だ。どうだ、選ばれた闇の同胞同士、俺と手を組まないか?」
「…………」
あまりにも直球なスカウトに、私は一瞬だけポカンと口を開けてフリーズした。
次の瞬間、私は両手で自分の顔を覆い、ぷるぷると小刻みに震え出した。
「……どうした? 俺の覇気に怯えているのか?」
ディザスが怪訝そうに眉をひそめる。
私はゆっくりと覆っていた両手を退けると、不謹慎なほどに両目をキラッキラに輝かせて大興奮の声を上げた。
「いや、ごめんごめん! 完璧すぎてさぁ!! 黒髪・闇属性のラスボスから直々に言われる『俺と手を組まないか?』ってセリフ、前世のラノベやRPGで死ぬほど憧れたやつなんだよ!! まさか生で、100点満点のボイス付きで言われちゃうなんて思わないじゃん! 録音魔道具とか持ってくればよかったなぁ、マジで!」
「……何をわけのわからないことを言っている」
ディザスは私の限界オタク全開の反応に、初めて表情を僅かに引きつらせた。
私はサバサバと首を振ると、親指をチッチッと横に振って断言した。
「あ、もちろんお断りだね! だってこういう闇の組織のボスの甘い誘いに乗った瞬間、最終的に『正気の操り人形ルート』で使い潰されるか、良くて『中ボスとして乗り込んできた主人公一向に連撃でボコられるルート』ってテンプレで決まってるからね。おばちゃん、そんな面倒なブラック企業への就職は真っ平御免だよ。私は今回、果物屋の物価高を直すっていう自分の高時給バイトを全うするだけさ!」
「……そうか、残念だよ。これほどの『至高の器』を、ここで壊さねば慢らんとはな」
ディザスはそれ以上取り乱すことなく、冷徹に双剣を構え直した。
次の瞬間、彼の全身から爆発的な闇の魔力が全開で吹き荒れる。
「死ね!」
残像を残すほどの凄まじい神速の踏み込み。ディザスの放つ双剣の刃が、空間をぐにゃりと歪めるほどの軌道補正を伴った連続斬撃となって、私の全身へ一遍に襲いかかってきた。
キィィィン! ガガガガガッ!!
だが、キレたガチ空手家の前にはただの羽虫同然だった。
私は『三戦』の型をベースにした最小限の動きだけで、ディザスの神速 of 神速の刃を、正拳や前腕をカチカチと当てて完璧に全て弾き落としていく。一切の隙を見せない私の防御力に、ディザスは「化け物め……!」と確信した。
一歩下がって距離を取ったディザスは、双剣に濃厚な、ドロドロとした暗黒の魔力を限界まで集束させていく。
「俺にこの技を使わせたことだけは褒めてやる! 貴様のその傲慢ごと、闇の底へ消え去るがいい――『終焉の双刃』!!」
クロスさせた双剣から放たれたのは、砦の頑丈な石床や天井をゴリゴリと削り裂きながら突き進む、漆黒の巨大なX字の「2つの超極大斬撃」だった。
(うっひょーーー! 組織の名前を冠したラスボスの固有奥義キターーーー!! 最高のご馳走じゃないの!)
私は大喜びで両手足に高密度の黒属性魔力をギュッと籠めた。
迫り来る巨大なX字の交差点を見据え、私は地面にしっかりと両足を根付かせる。そして、タイミングを寸分の狂いもなく合わせ、魔力を籠めた『正拳突き』を一発、真っ向から叩き込んだ!
ドバァァァァァァァン!!!!!
爆音と共に、空間を切り裂いていたはずの漆黒の斬撃は、私の小さな拳に触れた瞬間、まるでただの煙のように一撃で完全に粉砕され、霧散した。
「ば、馬鹿な……っ! 奥義を、ただの突きで……!?」
ディザスが驚愕に目を見開いたその刹那、私は両足の黒属性魔力を爆発させ、前方への超高速水平移動――弾丸突進を開始した。
ホップ! ――左足の魔力を暴発させ、低く鋭く前方へ滑り込む。爆煙を一瞬で突き破り、距離を一気に縮める。
ステップ! ――着地と同時に今度は右足の魔力をさらに爆発させ、弾丸のような速度で二歩目の大推進。
ジャンプ! ――三歩目、これまでに溜まった凄まじい全身の慣性エネルギーのすべてを乗せて、地面を爆発的に蹴り抜く。
「な、に……っ!?」
技を消された直後のコンマ数秒、目にも留まらぬ物理無視の三段加速で、一瞬にしてゼロ距離にまで肉薄してきた私に、最大犯罪組織の首領は完全に硬直した。
突進の速度が最高潮に達した瞬間、私は空中で腰を鋭くひねる。
「ホップ・ステップ・ジャンプ」によって蓄積されたすべての爆発的な前方への推進力を、逃すことなくそのまま、強烈な横回転のエネルギーへと一気に変換する。
まるで水平に放たれる特撮のライダーキックのような、空間そのものを叩き潰す凄まじい衝撃を宿した私の右足――『回し蹴り』が、ディザスの顔面に完璧にクリーンヒットした。
ドゴォォォォォォォン!!!!!
「あぶべふっ!?」
鼓膜を震わせる爆音と共に、首領ディザスは砦の頑丈な石壁を何枚もぶち抜きながら遥か彼方へと吹き飛んでいった。崩落したガレキの山の中で、白目を剥いて完全に昏倒している。一撃、完全KOだ。
「……お? 今の、なんか凄く必殺技っぽかったねぇ!」
私は着地すると、自分の右足を見つめてサバサバと声を弾ませた。
ただの勢いを乗せた回し蹴りのつもりだったが、あまりの威力と様式美の美しさに、内なるラノベオタク魂(中身還暦・60歳)がむくむくと刺激されてしまったのだ。
「よし、今日からこの技は『漆黒烈脚』って名付けようかな! うん、響きも格好いいし大満足だわぁ」
一人でホクホクしながら、何事もなかったかのように日常の還暦主婦マインドへと戻る。
私はサバサバと服についた埃を払うと、何事もなかったかのように日常の還暦主婦マインド(60歳)へと一瞬で戻った。
「よし! これで物流の嫌がらせも元に戻って、果物屋のおばちゃんのリンゴの物価も下がるね! ガルドくん、さっさとあのディザスを回収してさ、街にバイト代(賞金)を貰いに行くよ!」
「は、はい……っ! 喜んで案内します……!」
背後で見ていたガルドは、もはや畏怖を通り越して清々しいほどの満面の笑顔を浮かべ、私の後ろを嬉しそうについてきた。
こうして、ホクホク顔の私と相棒のガルドは、更地になった砦をサバサバと歩き去っていくのだった。
――そんな二人の後ろ姿を。
崩壊した広間の物陰から、涙目を浮かべ、ガタガタと全身を激しく震わせながら見つめている金髪のエルフがいた。
大魔導士アリア・クブルである。
「な、なんだい今の化け物は……っ!? 正義とか世界の現実とか、そういう高尚な次元の戦いじゃないじゃないか……っ! ぼ、ボクがさっき、命を懸けて『マナバースト(自爆)』しようとしてたの……完全にバカみたいじゃないか……っ!!」
アリアは、目の前で繰り広げられたあまりにも理不尽で一方的な暴力の前に、ただただ恐怖でガタガタと震え続けることしかできないのだった。
中身還暦の12歳児による、ちょっとした「物価高を直すためのバイト」は、これにてめでたく幕を閉じるのだった。
(第二章完)
これにて第二章完結です!
明日からは第三章を公開します!
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