第2話 五歳の誕生日と、極上のサンドバッグ
「リザ、危ないからお母さんとしっかり手を繋いでいてね」
「分かってるって、お母さん」
私、黒江里沙。もとい、異世界転生を果たした現在の名はリザ・ウェカム。
本日、めでたく五歳の誕生日を迎えた。
今日は優しいお母さんに連れられて、お祝いのごちそうを買うために町へ買い物に来ている。
周りを見渡せば、青い空、白い雲、行き交う人々はみんな笑顔。犯罪や紛争なんて言葉とは無縁の、のどかで平和そのものの国だ。
お母さんと仲良く手を繋いで歩きながらも、私の脳内はラノベオタク全開の思考を走らせていた。
(あー……うん。平和な国、最高だよ。治安が良いのは素晴らしいことだ。……でもさぁ!)
心の中で、私は盛大なため息をつく。
(退屈なんだよォォォ! 私の『黒属性チート』、完全に持て余してるわー! 筋トレと魔力操作の自主練しかやることがないってどういうこと!?)
そんな贅沢極まりない不満を抱いていた、その時だった。
広場の中心で、ベチャリと嫌な音が響く。
見れば、アイスを持った小さな子供が、見るからにガラの悪い地元のチンピラにぶつかってしまったようだ。チンピラの派手なズボンには、無惨にもバニラアイスがべっとりとこびりついている。
「あぁ!? おい、クソガキ! どこ見て歩いてんだ! 親を呼んでこい、親を!」
絵に描いたようなテンプレの脅し文句で、子供を怒鳴りつけるチンピラ。子供は恐怖で今にも泣き出しそうだ。
隣にいたお母さんは顔を青くし、「ひっ……リザ、見ちゃだめよ!」と私を背中に隠そうとする。
だが、その時。私の目はキラーン☆とガチの肉食獣のごとく輝いていた。
(キタキタキターーー! ラノベ定番のテンプレイベント発生!! よし、お母さんすまん、いざ突撃ーーー!)
「えっ、リザ!?」
お母さんが止める間もなく、私はその小さな手をすり抜け、スタスタと軽い足取りでチンピラの前へと歩み出た。
中身はアラフィフの空手有段者。しかし見た目は可愛い五歳児。
私はチンピラを見上げ、営業スマイルさながらのニコニコとした笑顔を浮かべる。
「なんだぁ? このクソガキ……! 邪魔だ、どけ!」
苛立ったチンピラが、容赦なく私の小さな身体を蹴り飛ばそうと、鋭いローキックを放ってきた。
(ふん、フォームがガタガタだね。素人が)
私は笑みを崩さないまま、拳に一瞬で『黒属性の魔力』を集中させる。そして、向かってくるチンピラの太ももに向けて、カウンターの正拳突きを文字通り「弾き返す」ように叩き込んだ。
バキィッ!!!
短い、鈍い音が広場に響く。
「いってぇぇぇぇぇええええええええ!?」
次の瞬間、チンピラは自分の足を抱えて地面を転がり回った。
その足は、おかしな方向に完全に折れ曲がっている。五歳児の拳の硬度と魔力に負けて、自爆したのだ。
広場が静まり返る中、後ろからお母さんの絶叫が響いた。
「えええええええええ!? リザが地元のチンピラのローキックを素手で弾き返したんだけど!? 骨折してんのチンピラの方なんだけど、どういうことぉぉぉぉ!?」
お母さんのまっとうなツッコミをスルーし、私はのたうち回って涙目を浮かべるチンピラの頭元へと歩み寄った。ポケットから、ぽいっと硬貨を一枚放り投げる。
「おい。いくらチンピラでも、子供に手を出しちゃいけないよ。そのズボンのクリーニング代なら、私が払ってやる。だからあの子のことは許してやんな」
チャリン、と転がったのは1ゴールド硬貨。日本円にして、わずか約200円。
……高級そうなズボンのクリーニング代には1ミリも足りないが、私はドヤ顔を崩さない。
チンピラは恐怖と痛みのあまり、涙目でコクコクと激しく首を縦に振った。五歳児に絶対的な敗北を喫した男のプライドはボロボロだ。
「り、リザぁぁぁ! 怪我はない!? どこも痛くない!?」
お母さんが血相を変えて駆け寄り、私の全身をペタペタと触って心配する。
私は前世の現役時代を思い出し、最高にスカッとした爽快な笑顔を浮かべた。
「大丈夫だよ、お母さん! さ、お買い物の続きしよ☆」
そう言って、私はスキップでもしそうな勢いで買い物を再開した。
(なんだ。平和で退屈な国だと思ってナメてたけど、探せばあのチンピラみたいな『極上のサンドバッグ』はいくらでも転がってるんじゃないか!)
五歳の誕生日。
私は異世界に来て初めて、最高にエキサイティングな誕生日プレゼントを手に入れたのであった。
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