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第1話 神のチートと、まさかの0歳スタート

「ただいまー……っと」

黒江里沙(くろえ りさ・アラフィフ)は、重い玄関のドアを閉めると同時に、短く息を吐き出した。

独身、天涯孤独。

幼い頃から叩き込んできた空手はガチの有段者で、道場では黒帯を締めている。しかし、「自分より弱い男に興味はない」というポリシーを曲げなかった結果、気づけば両親もとっくに世を去り、完全無欠のシングルライフを爆進中だ。寂しさは今更ない。ただ、仕事終わりの身体にはそれなりにガタが来ている。


そんな彼女の、すり減ったHPを秒で回復してくれる同居人がいた。

部屋の明かりをつけると同時に、トトトッと小気味いい足音を立てて駆け寄ってくる小さな影。


「ショコラ、ただいま。今日もいい子にしてたか? あー、今日も最高のウロコ具合だねぇ」


背中からパタパタと小さな羽を生やした、不思議なトカゲのショコラだ。里沙は自他共に認める大の爬虫類好き。世間の女子が猫や犬にメロメロになる中、彼女はこのトカゲのひんやりした質感や、シャープなフォルムに心底癒やされていた。

里沙が声をかけると、ショコラはちぎれんばかりに尻尾をふりふりと振って懐いてくる。

この大好きなショコラを愛でること、 短時間で夜な夜なベッドの中で「無双系ライトノベル」を読み漁ることだけが、今の里沙の気楽な生きがいだった。


「ふぅ……。やっぱり異世界無双はスカッとするねぇ。現実の日本でこんな風に暴れて悪党をボコボコにしたら、即、現行犯逮捕だからさ」


今夜もお気に入りのWeb小説を読み終え、スマホを枕元に置く。

すぐ横で、ショコラが不思議そうに首をかしげてこちらを見つめていた。里沙はなんとなく、ふっと笑って話しかける。


「ねぇ、ショコラ。どうせならあんたが私を異世界に転生させて、思いっきり無双させてくれない? ……なーんてね」


――その瞬間、世界が反転した。


ピカーーーーーーーッ!!!


「うおっ!?」


ショコラの小さな身体から、部屋のLEDライトを遥かに凌駕する、目が潰れそうなほどの強烈な光が放たれた。


直後、激しい浮遊感が襲う。

お腹の底がひやっとする感覚に、里沙は眉をひそめた。ふと下を見ると、ベッドの上に、魂の抜け殻となった自分の身体がマヌケな顔で横たわっている。


(おいおい、嘘だろ……? 幽体離脱ってやつか。私、死んだのか?)


驚きはしたが、取り乱しはしない。

状況を冷静に受け止めようとする中、視界は瞬く間に、どこまでも白くまばゆい神秘的な空間へと切り替わっていった。



『――その言葉を、ずっと待っていたよ、里沙』


脳内に直接響き渡る、どこか神聖で気品に満ちあふれた声。

光のなかに佇むショコラは、見た目こそいつものマスコットトカゲだが、その背後に見えるオーラは完全に神のそれだった。神々しすぎて直視できないレベルだ。


(へえ……我が家のショコラ、ただのトカゲじゃなかったわけね)


腕を組んで感心する里沙に、ショコラは嬉しそうに尻尾を揺らし、衝撃の提案を続けた。


『里沙は異世界で無双したいんだよね? 実はもう10年以上前から、君のために準備していた最高の肉体があるんだ。今すぐにでも転生して無双できるよ!』


(なるほど、巷で流行りの異世界転生ってやつか。悪くないね)


胸が高鳴る。ついに自分の空手を異世界で試す時が来たのだ。

そんな彼女に、ショコラは満面の笑み(※トカゲ)で言った。


『里沙を、その世界で最強の【リザードマン】にしてあげるね! さあ、準備はいいかい?』


「……。……おい、ちょっと待て」


里沙はすかさず手を挙げてショコラを制した。


「リザードマンって、あのファンタジー小説に出てくる、緑色のウロコまみれのトカゲ怪人だろ? 人間じゃないのか?」


ショコラは心底不思議そうに首をかしげた。

『え? 人間にすることもできるけど、僕が10年かけて仕込んだリザードマンの肉体に比べたら、人間なんて遥かに弱いよ?』


「いや、人間一択にしてくれ! ショコラ、私はあんたを始めとして爬虫類は死ぬほど大好きだけどさ! それは『愛でる対象』としてであって、自分がトカゲになりたいわけじゃないんだよ! 見るのと自分がなるのは大違い!」


きっぱりと言い放つ里沙。爬虫類オタクとしてトカゲの美しさは認めつつも、自分がウロコまみれのマッチョトカゲ(メス)になって無双するのは流石に勘弁だった。


里沙のブレない態度に、ショコラは少し残念そうに小さな羽をすぼめた。

『そっかぁ……せっかく完璧に仕上げたんだけど、里沙がそう言うなら仕方ないね。じゃあ、人間の中でも最強のチートキャラにしてあげるよ』


「おう、よろしく。やっぱり無双するなら人間が一番しっくりくるからね」


里沙がニヤリと不敵な笑みを浮かべた次の瞬間。


白い空間の床が抜け、里沙はものすごい勢いで下層へと弾き飛ばされた。


「っと、うわあああああ!?」




「おぎゃあ! おぎゃあ!」


激しい耳鳴りと、鼓膜を刺激するやかましい赤ん坊の泣き声で目が覚めた。

視界がひひどくぼやけている。それに、妙に全身が肌寒い。


「おめでとうございます! 黒属性の、元気な女の子ですよ!」


聞いたこともない異国の言語のはずなのに、なぜか意味がはっきりと理解できる。

それにしても、さっきから「おぎゃあおぎゃあ」と耳元で鳴り響く大音量の泣き声がうるさい。一体どこのガキだ……。


(……って、おい、待て。この声、私の口から出てるな……!?)


自分の意思とは無関係に、肺から空気が押し出されては、高い産声へと変換されていく。

おそるおそる自分の視界に手をかざしてみると、そこにあったのは――驚くほど小さく、シワシワで、ミルクの匂いがしそうなミニチュアの手だった。


(嘘だろ……。転生したら、最強の状態でどこかの街のギルドにドーンと降り立つんじゃないのかよ)


あまりの想定外の事態に、里沙は内心で盛大にツッコミを入れた。


(まさかの0歳児、完全初期化スタートかよォォォォォ!!!)


神のチート能力を授かったはずの黒江里沙(中身はサバサバ系アラフィフ空手家)。

彼女の輝かしき異世界無双ライフは、ここからさらに何年もの「超・おあずけ」をくらう羽目になるのだった。――まあいい、まずは首が据わるまで大人しくしてやろうじゃないの。

【お知らせ:手書きリテイク完全版を公開しました!】


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