七章
数日後、私の部屋には怜と燿がいた。
「どうしていきなり連れてくるの!?」
怜は怒っていて、燿は笑っている。
「そう言うなって。久しぶりだな、おひいさん」
「その呼び方もやめなさい!お祖母様がふざけて呼んでるだけなんだから」
年上相手だからだろうか、怜の言葉はいつもよりも鋭い。
きっと甘えているのだろう。
怜は嫌いと言いながら燿をとても信用しているようだった。
「はぁ。で、どうするつもりなの」
怜は疲れたように力を抜いた。
すぐに話し合いができていいと思ったのだけれど、怜のお気には召さなかったらしい。
もしくは、来てもらうことを伝えてはいたから突っかかりたいだけなのかもしれないけれど。
そう思って少し笑ってしまう。
そのせいで怜に「何笑ってんのよ」と睨まれてしまったけれど、笑みは消せなかった。
だから、代わりに話を進める。
「燿さんにゆらちゃんと話してほしくて…。通話なら大丈夫かなと思ったんだけど、どうかな?」
「通話ねぇ」
怜は微妙な顔で考えている。
そして、意地悪そうに笑った。
「ゆらが切らないかアンタが見張るならいいわよ。ただし、噛みつかれても知らないけどね」
ふざけたようでいて、怜の目は真剣だった。
けれど、本当にそんな可能性があるのだろうか。
確かに、燿さんを見ることで殺そうとするならば、声でも反応するかもしれない。どれくらい影響があるのかは見当もつかないのだろう。
プツンと理性が切れてしまうかもしれない。
けれど、それは大して怖くなかった。
燿にしか反応しないなら、私がそばにいても血を吸われたりはしないだろう。
それに、血を吸われたって食糧にならないのなら、ゆらはすぐに吸うのをやめそうだ。
それくらいゆらの自制心は強いように思われた。
だから、全く問題はない。
怜は案外心配症だ。
それが微笑ましい気がしてまた笑ってしまう。
「あーもう!だからなんで笑うのよ!?」
怜の反応にニコニコしていると、眉を下げた燿が目に入った。
どうしてそんな表情なのかわからなくて、首を傾げてみる。
「お前…大丈夫か?」
聞かれた意味がわからない。
首を傾げたままキョトンとしていると、燿は困惑した様子で怜に声をかけた。
「一番まともなのが怜って、ここ大丈夫か…?」
「失礼ね!…けどそれは本当に、私もそう思う」
一番まともなのが、というのはよくわからないけれど、怜がまともなのは普通だと思う。
それに私がこれだけヘラヘラしているのはゆらを信じているからだ。そう思ったけれど、口を開く前に二人が同じタイミングでため息を吐いた。
弁解するタイミングを逃してしまった。
けれど、それ以上に二人の息のあった話ぶりがなんだか嬉しくて、私は訂正するのをやめた。
そして、変わらずに笑顔を浮かべておく。
「いや、ほんと大丈夫か?」
「馬鹿につける薬はないのよ…」
「ちょっと失礼だよ?」
あまりにも酷い言い草に怒ってますポーズを取ってみたけれど、どうしてだかもう一度ため息をつかれてしまった。
二人はとても仲良しなようだった。
私は早くゆらと燿に話してほしくてうずうずしていた。
諦念ではなく、嬉しそうなゆらの笑顔が見られるかもしれない。
体が熱い。汗がじんわりと滲み始めた。
「あーそうだ、一ついいか」
真面目なトーンで燿が言う。
怜は眉を顰めて燿を見ていた。
私も燿の目をじっと見つめる。
燿が真面目な顔をしているのは少し怖いと思った。重大な話が来るようで。
「確実な話じゃないんだけど、ゆら治るかもしれない」
「「ほんと!?」」
怜と声が被る。
そんなものがあるならもっと早く教えて欲しい。それは来てすぐに話すべきことのはずだ。
けれど、燿はとても微妙な顔をしていて、言い難そうだった。燿と知り合って短いけれど、その表情は珍しいように思う。
隣を見れば怜も難しい顔をしていた。
「いや、先祖返りの力を抑える研究をしてるって聞いたことがあってさ。調べたらどうも当主に握り潰されてんだよ」
燿はとても嫌そうな顔をしていた。
これだから偉い奴はと思っているのが丸わかりだ。
怜も似たような顔をしている。
もしかしたら、二人ともその当主と知り合いなのかもしれない。
「どこまで信憑性があるかは怪しいけどな」
「おば様の名前が出た時点で100%当たりでしょ」
怜が言い切った。
燿も何も言わないから、正しいのだろう。
「じゃあ、当主さんに聞きにいけばいいかな?」
二人は困ったような顔をしている。
「会いに行ってはいどうぞって渡してもらえるなら握りつぶしたりしてないわよ」
なるほど、確かにそうだ。
ならば、説得材料を用意して許してもらえるように───。
「…いない時間に家探しか?」
「それが確実ね」
「いや、ダメだよ!?」
あり得ない言葉に頷いている二人に思わず叫んだ。
そんな泥棒のようなことをして良いわけがない。
「頑張って説得しようよ!?」
「いやぁ…無理だと思うぞ?そもそも当主はゆらの母親なんだ。普通は握りつぶしたりしねぇよ」
その言葉に絶句した。
そんなことがあるのだろうか。
自分の娘が助かるかもしれない研究を消してしまうなんて。
私は悲しくてたまらなかった。
これほどまでに悲しいことはそうそうない。
ゆらはどうしてこれほど厳しい世界で生きなければならないのだろう。
「あんたが行きたいなら止めないけど、多分凍って死ぬわよ?」
珍しく怜が静かなトーンで言った。
本当に関わるべきではない人なのだろう。
話を聞いただけでも怖いと感じた。
けれど、きっと家探しにしても一緒だ。
どうやって情報を手に入れても、ずっと当主の影が付き纏う。
ならば、直接渡してもらうに越したことはない。
そうでなければゆらはきっと罪悪感を抱く。私たちに罪を犯させたとそう感じるだろう。
そんな風に思ってほしくない。
「私、会いに行く。当主さんじゃなくてゆらちゃんのお母さんに」
そういうと怜は息を飲み、燿は肩をすくめた。
「そう。…仕方がないからついて行ってあげる」
怜は照れているのか、目を逸らしてそう言った。
すごく嫌だろうにそう言ってくれる怜がすごく嬉しかった。
私一人ではきっと力不足だから。
「じゃあ、いつにする?」
燿がさも当然と言った風に言葉をかけてくれる。
「来てくれるんですか?」
「そもそも俺がいなきゃ時間なんてとってもらえないけど?当主は一族で一番偉いからな」
冗談めかして言う燿がとても頼もしい。
私は二人を見てから、頭を下げた。
「ありがとうございます」
ゆらのためだとわかっているけれど、それでも今この瞬間、私は救われたような気分になった。
私の願いのために動いてくれる人がいる。
それがこんなにも胸を熱くする。
この気持ちをゆらにも感じてほしい。
ゆらにとって二人はとても大切な人だから、今の私よりも心震えるだろう。
あぁ、早く。
早くゆらとみんなが会えるようになってほしい。
私は気を引き締めて、二人に「よろしくお願いします!」と笑った。




