五章
怜が来てくれた。
連絡したのは昨日の夜中だったけれど、学校はいいのだろうか。
現状にそぐわない疑問を頭に浮かべながら、私は怜に向き直った。
「で、話って?」
怜はいつも通り足を組んで座っている。
「ゆらちゃんを好きな人に会わせてあげたいの」
「アンタ馬鹿なの?無理に決まってるでしょ」
「どうしても?」
例えば窓越しなら会えたりはしないのだろうか。
「…どうしても無理。例え何かを隔てたとしても目にしてしまえば襲い掛かる。初めて彼に対して衝動を感じた時ゆらが言ってたわ」
それほどまで強い衝動だとは思わなかった。
それだけで血を吸い尽くしてしまうのか。
あの自傷行為も仕方がなかったのかもしれないと、少し思ってしまった。決して許されることではないけれど。
「それになによりできたとしてもゆらが嫌がる」
確かにゆらはもう会わないと言っていた。
本心では会いたくても認めないだろう。
じゃあ、彼の方から会いたいと言われたらどうだろうか。少しは可能性があるのでは。
「ねぇ、ゆらちゃんの好きな人がゆらちゃんに会いたいって言ったらどうにかならないかな?」
「アンタがゆらを説得すれば…。いや、やっぱダメだわ。そもそも相手は何も知らないのよ。名前も下の名前しか知らないんじゃないの」
「そうなの!?」
思わず大きな声が出た。
ゆらがあれだけ大切に思っているのだから、とても親しい人なのだと思っていた。親しくないと形容していたのも照れ隠しなのかと。
まさか、本当に希薄な仲だったなんて。
「それでも絆されるくらいにはゆらを構ってたから…そういえばアンタにちょっと似てるわね」
「ゆらちゃんにも言われたよ」
怜は嫌そうに目一杯顔を歪めている。
「だからアンタのことも嫌いなのね。私、あの男大っ嫌いなのよ」
あまりにも酷い言いように苦笑してしまう。
怜の嫌いは本心じゃないことはわかっているけれど、ゆらの好きな人に対してもそうなのだろうか。
「会ってみたいな」
「その前に嫌いに反応しなさいよ!」
「だって怜ちゃん本気じゃないもん」
微笑ましくて笑うと怜は勢いよく立ち上がった。
「あー!もう!そういうところが嫌いなのよ!」
言い切って肩で息をしている怜は今にも帰ってしまいそうだ。
私は慌てて声をかけた。
「怜ちゃん、私会いに行ってもいいかな?」
「好きにしなさいよ。私には関係ないもの」
「じゃあその人の住所か連絡先教えてほしい、です」
怜は面倒そうに紙とペンを取り出して、スラスラと書き記していく。そして、書き終えて私に差し出した。
受け取ろうと紙を掴んだけれど、怜は離してくれない。
顔を上げると怜がじっとこちらを見て言った。
「アポは取っといてあげる。だから一つ約束して。あの男がゆらのためにならないことをしたら私に連絡して」
怜はとても真剣だった。
それに大きく頷く。
言われるまでもなかった。
「善意で人は殺せるから。まぁそれはあんたにも言えることなんだけど。じゃあ頼んだわね」
そう言っては部屋を出ていった。
私は思い当たる節があって眉を寄せた。
彼がゆらを傷つけてしまう可能性はどれくらいあるのだろう。
今会いに行こうとしていることは正しいことなのだろうか。
私の独りよがりだったら…。
いや、それはもう今更だ。
私がゆらに願い祈っていることは、私のエゴでしかない。
それでも、私はゆらに笑って生きてほしい。諦念や孤独に苛まれずに幸せになってほしい。
私の行動がゆらを傷つける可能性があるとわかっている。
それでもゆらのことを大切にしたいから。だから、私は───。
どうか彼がゆらを大切にしてくれる人でありますように。
不安に揺れる胸を押し殺して
まだ見ぬ彼に祈った。




