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[第一章:フタカとタシカの世界]その5


「…はぁ」

 授業終了後、るいはため息をついた。

「また負けたわ…」

 今日の補習授業は長めの一限分しかないため、アンペアたちは既に片付けや帰る準備を始めている。

 その中で、るいは頬杖をついて言う。

 そこへラピラリが近づいてきた。

「…残念でしたわね。途中までいい線行ってましたのに」

「…く、これもあの爆弾の名前がややこしいのが悪いのよ」

「ま、確かに長くて覚えづらいですけど。…でもですわ、るい」

 ラピラリはるいの机の端に体を預け、

「分からないと、追試で点が取れないですわよ?」

「…ぐ。そんなことは分かってるわよ…」

「ならいいですわ。ふふっ」

 ラピラリは嬉しそうに笑う。その様子がるいには少しイラっときたが、ラピラリが正論を言っているのは分かるので、怒ることはできなかった。

「…しっかしラピラリ、あの爆弾の名前以外のややこしい問題の答え、よくわかるわね」

「それはそうですわ。なぜって、頑張ってますもの」

 ラピラリは胸を張る。努力とは、秀才である彼女にとっては無二の相棒であるからだ。

 努力あってこその自分であり、今。そのことに、彼女は誇りを持っているらしい。

「頑張る、ね。それで結果が出るならいいけど」

「ええ、まぁある程度は頑張りで出ますわ」

 笑顔で言うラピラリに、るいは思う。

(…頑張る、か。一応、私も毎回頑張ってつくってるんだけど…)

 しかし、結果にはつながらない。

 故に、頑張りが結果に繋がるというのは、るいの感覚的にはしっくりこないところが少しあった。

(頑張って、いいのつくってるのに…あの人みたいに。煌びやかで、美しい、可愛いものを、やってるのに)

 るいが思い出すのは、以前住んでいた[結界都市アラヤ]の一つ、[フォール・アラヤ]にいたある[確定存在者]の男だ。

 その都市にいた際のるいは、差別的な考えを持つ[確定存在者]達にいじめを受けており、姉の助けがあってなお、苦しい日々を送っていた。

 環境によってプライドが高く気が強めの性格が自己防衛のために彼女の中で構築されていく中、姉以外唯一るいに優しくしてくれたのが、その[確定存在者]だ。

 彼は差別と偏見の強い都市に、[不確定存在者]のためにあえている者で支援活動を行っていた。そして、そこでやることの一つであり、彼の本業であるものこそ、[不確定存在者]用の衣服をつくることだった。

 [不確定存在者]への配慮もないに等しい都市で彼らのためのものづくりをし、るいに優しく接し、引っ越しも手伝ってくれた思いやりに溢れた彼。

 るいはそんな彼に憧れ、彼の本業の[不確定存在者]用の服作りを自身もするようになっていた。元々裁縫には多少の興味があったのもあって、だ。

 そして現在、クリエイターを真面目に目指し、ときに彼の作品を参考にして作品を作る日々を送っていたのである。

(あの人のようにやってるのに…)

 別に、模造品をつくっているわけではない。るい自身に裁縫、デザインの才能があったこともあり、彼女オリジナルの作品を作ってはいた。

 そこにプロに近しい技術も合わされば、できあがるものは間違いなく素晴らしいもののはずなのである。

 だが、評価はもらえない。

 最高のデザインと思えるものを毎度捻り出しては頑張ってつくっているのに現状は打破できず、夢に近づけずにいる。

「はぁ…もう」

 そのことに思わず不満げにため息をつくるいに、ラピラリは言う。

「服作りのことですの?」

「…よくわかったわね」

「ふふっ。るいが何を最も気にするかぐらいは、把握していますわ」

 ラピラリは自身の胸に手を当てる。

「わたくしは、るいのライバルですもの!相手の情報収集は怠りませんわ」 

「あ、そう」

「ですわ。…それでるい、やっぱり服作りのこと、悩んでますわね?」

「…そうよ」

「なら、少しアドバイスを」

「アドバイス?なによ…」

「ふふっ」

 ラピラリは笑って、

「るい、あなたは気づかなければ、いけませんわ」

「…気づく?」

「ええ。あなたは今、停滞している。そしてそれは、あなたのある問題に由来している。それに気づいたときこそ、あなたは夢に向かって新たな一歩を、踏み出せるはずですわ」

 そう言うラピラリに、るいは問いかける。

「……問題って。それは」

「それは自分で考えてくださいまし。そうでなければ意味がありませんし」

 そう言ってラピラリはるいの席から離れ、自分の席の方へ歩いていく。

「ま、るいならいつかは答えが出ますわ。少なくともわたくしは、そう期待していますわ」

「…そう」

 少し困惑気味のるいの様子を横目で見て、ラピラリはふと呟く。

「…そうでなければ、わたくし困りますもの…」

 その様子はどこか寂し気であった。

「…さて。るい?」

 ラピラリは急にパンと手を叩く。それにるいが少し驚いてラピラリの方を見る。

「なによ?」

「わたくしは他に用もないので帰りますけど、その前に一つ、やることがありますわ」

「やること?」

「ええ」

 ラピラリは頷き、自身の学生カバンの中から一冊のノートを手に取る。

 勉強など用途のために生産、流通している普通の赤いノートだ。一つ違うところがあるとすれば、表紙に[るい用]と書いてあることか。

 ラピラリはそれを、るいへと差し出す。

「今日の授業の内容を纏めたものですわ。復習に生かしてくださいまし。るいが授業中に怪しかったところの、問題もいれてありますわ」

「…あ、ありがと」

 少し戸惑いながらるいはノートを受け取る。

「…結構手間かかってるみたいだけど、いいの?」

 ノートの中には図や絵を多数合わせた授業内容の解説などが、十数ページにわたってみっちりと書かれていた。

「ええ、問題ないですわ。るいがこのままだと、張り合いがなさすぎますし」

 ラピラリは肩をすくめていう。

「…む。まぁ、そうだけど…面と向かって言われるとムカつくわね」

「その息ですわ。怒ってやる気が出るなら万々歳!」

「…なんか余計にムカつくわね」

 とはいえ、成績が危ういるいにとってありがたいものなのは確かだ。プライドの問題で気が進まないところがあっても、貰う他ない。

 そうしてるいがノートを鞄にしまったところで、ラピラリが肩に手を置いてきた。

「なに?」

 るいの言葉に、ラピラリは笑って言う。

「るい、頑張ってくださいまし…勉強も、そして何より服作りも」

 そうしてラピラリは荷物を持ち、教室の出入り口へと歩いていく。

「…あなたがまた私を負かしてくれることを。期待していますわ…」

 そんなことを小声で言いながら。

 そして、教室を出る前に振り返り、

「ではるい!また次の補習日に会いましょう!そこでも勝負ですわ!」

 そう言ってるいのいる方に人差し指を突きつけた後、ラピラリは教室から去っていった。

「…」

 それを見送ったるいはアンペアたちも去ったことで、少しの間一人になる。

「問題、ね…」

 先程のラピラリの発言を思い出し、るいは呟く。

 現状を考えれば、自身に何らかの問題があるであろうことは、そうおかしなことではない。

(ラピラリの言う通りなのかも。…けど)

 何が問題なのか。いけないというのか。

 るいは虚空にそう問う。

 だが、答えは当然のように帰ってこない。

「…とりあえず、私も帰ろ…」

 数秒の沈黙の後、るいはそう呟き、教室を出ていくのだった。


▽ー▽


「るい…」

 ラピラリは廊下を一人歩きながら呟く。

「…あなたが最初に、お姉さんを思ってつくりあげたあれは、とても良いものでしたわ…」

(本当に…)

 最初の自分が見、打ちのめされたるいの作品をラピラリは思い返す。

 授業を担当した教員が課題を出す際に言った通り、着る相手のことを考え、るいがつくった作品は彼女の裁縫技術とデザインセンスもあって、非常に良いものであった。

 傑作と言ってすらいいものである。

 それを見て圧倒的な才能の差に打ちのめされたからこそ、ラピラリはるいに対抗意識を燃やし、今に至っていた。

 だが、今るいがつくっているものは以前とは少し違っている。

 デザインそのものは良い。縫い方も高品質だ。表面上は間違いなくよい者に見える。

 しかし、そこにはぱっと見ただけでは分からない、しかし明らかに足りないものがあった。

(るい、あなたはあのときのように…考えていますの?とても大切で基本的なそれのことを)

 ラピラリは目の前にいないるいに問い、そして自分で答える。

(…いいえ。できていませんわ。あなたは別のことに目が行っている。それも大切ではありますけど、それだけではダメですわ)

 るいの内面をある程度察しているラピラリはそう思ってため息をつく。

 だが、こうも思う。

(…でも、あなたならいずれは気づけると信じたいですわね。最初はできていたのですから。いつか大切なそれを見つけ出す。そうして前に進んでくれることを、わたくしと競えるぐらいになることを)

「負かしてくれることを…」

 先ほど、去り際にるいに言ったことをもう一度呟き、後は静かに、ラピラリは去っていった。


▽―▽

 

 都市の一角にて。

「…[不確定存在者]は、殺す…!」

「うぅ…!」

 独断専行をした一人の[確定存在者]は今、確実にその少女を追い詰めつつあった。

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