[第一章:フタカとタシカの世界]その4
「私たち[確定存在者]は、変化の幅は比較的小さいわ。[変動範囲値]で表すなら、
6~13。…だいたい、8、9が多いわね。そして[有波]の性質は当然、小さい幅の場合の方が現れる。結果、自分の体をある程度維持するようになる。火や爆発みたいな外的要因もなく、急に体が変形したりとか、溶けたり、消えたりしないでしょ?」
「はぁ?そりゃそうだろ。当たり前だ、当たり前」
「ええ、そうね。確かに当り前よ。[変動範囲値]が今言ったぐらいであるのが、ね」
そう言って、アンペアは視線を窓の外へと移す。見るのは、空。
かつてこの星に彼女らが入植した際の母艦が、今なお形を変えて浮かんでいる方だ。
その様子に、質問した男子生徒は動きの訳が分からず眉を顰める。
「実体があって、体の状態は安定している。それが、自然なの…」
「なんだよ、その言い方。まるで…」
そうじゃない奴が、いるみたいじゃないか。
これまでの全ての授業を寝て過ごしたのか、欠片程も基礎的な常識の理解をしていないその言葉に、アンペアは浅く頷く。少し、ため息をつきながら。
「そうよ。いるのよ。…実体はなくて、体は不安定で、炎や爆発みたいな外的要因がなくても、些細なことで変形したり、溶けたり、消えたりする可能性を常に持つ存在が」
それこそが。
「[不確定存在者]、なの」
(…そう。それが私たちよ)
るいは思う。
変化の幅が自然ではない程大きく(ものによっては尋常ではなく大きく)、異常なそれ故に実体を失った、体が異常なまでに変わりやすい存在。
それこそが[不確定存在者]なのだと。
「[変動範囲値]で示すなら、[不確定存在者]、それに[幻想森モリ―シャ]も、値は20~32。多いのは20後半。そしてこれは、自然なら絶対にありえない数値なの」
「あり得ない?」
「ええ。瞬間的に大きな変化をする現象ならともかく、生物や物において、こんな数値はまず出ないわ。幾ら不安定な物質であっても、[不確定存在者]のようにはならない」
異常。そうとしか言い表せない。20を超える[変動範囲値]は本来、自然ではいかなる条件を整えようと、どうあがいても算出されることはない。
ならば、なぜ[不確定存在者]と[幻想森モリ―シャ]はそんな値が出てしまうのか。
男子生徒の疑問への答えは、この星の開拓時にまで遡ることになる。
「…う~ん。これ以上行くと、歴史とか社会の範囲にまで足を突っ込むことになるけど…。まぁ、仕方ないわね」
はぁ、と吐息したのち、アンペアはラピラリを呼ぶ。
「ラピラリ、私が説明をするから、図示してくれる?」
「分かりましたわ」
ラピラリは頷いて立ち上がる。
「るい、ここからは休戦…とは言いませんわ。質問が来るなら、わたくしも回答を狙う。あなたも狙うといいですわ」
「勿論。今は三対二。ここからさらに答えて差をつけてあげるわ」
「ふふ、その息ですわ、るい。…わたくしのライバル」
そう言って、ラピラリは教室の前に歩いていき、黒板に図を書く準備をする。
「…さて。説明するから、普段みたいに寝たりせずに聞いてね?」
アンペアの言葉に、ここまで間抜けな質問をしてきた生徒はびくりとして、
「げ、なんでわかるんだよ」
「…。その致命的な知識のなさからよ」
「…」
はぁ、と男子生徒に対し呆れ気味にため息をついた後、アンペアは話し始める。
「なぜ、[不確定存在者]や[幻想森モリ―シャ]は20を超える[変動範囲値]を持つのか…。いえ、なぜそんな存在が現れてしまったのか。その全ての原因は、この[不確星アグラーヤ]の開拓時にあるわ」
アンペアの発言を聞いたラピラリは、黒板に簡易的な図を描いていく。
まず、下の方に半円を描き、その上に簡略化された宇宙船のようなものを追加。
そして前者にアグラーヤ、後者に移民母艦と矢印と共に横に記す。
「[有波]の変化の幅が大きい時、いわば軟化した状態になるのは話したわね」
「…あ、ああ。けどそれが?」
「その性質はね。開拓時に利用されることになるのよ」
「利用?それって」
「それはね…いえ、ここは復習を兼ねましょう」
一人にばかり構ってしまっている事に問題を感じたのか、アンペアは教室を見回す。
「[有波]の性質がどう開拓時に利用されることになったのか。誰か分かる?」
『!』
るいとラピラリがほぼ同時に手を上げた。
だが、後者がアンペアのすぐ横にいて視界に真っ先に入ったからか、今度の回答権はラピラリに与えられることとなる。
(…まさか、こうなるのを計算して…?)
してやられた。そんなことをるいが思う中、ラピラリは回答を開始する。
「…開拓時にその性質がどう利用されたのか。その答えは簡単。開拓を物理的にやりやすくするため、なのですわ」
意図的に算出される[変動範囲値]が高くなる状態にする…つまりは、変化させやすくすることで、硬い大地の掘削や整備などを容易にすること。それを狙い、[有波]の性質は利用されたのだった。
「そしてそれは、開拓時に母船より落とされた、あるものによって行われることになったの…」
「…これですわね」
気を利かせて、ラピラリは宇宙船の下に小さな楕円を描く。
それを見たアンペアは、
「誰か、これの正式名称、分かる?」
そう聞いたとき、るいは。
(現状は三対三。今さっきのはラピラリに取られたけど…今度は…!)
再び優位に立とうとるいは手を上げる。
ここまで回答自体は順調だ。とにかくやる気を出し、集中力を上げることで反応速度を上げ、確実に回答権を得る。それを繰り返していけばいずれ勝利は掴め、煽り散らしていたラピラリに一泡吹かせることができるだろう。
(…勝つのよ。せめて、これぐらい…)
認められず、上手くいっていない服づくりのことを薄っすらと考えながら、
「…今度は、私が答えるわ!」
るいは勢いよく手を上げる。
それを見たアンペアは、これ以上るいとラピラリばかりを当てるのは流石に不味いと思ったのか、他に手を上げている者がいないかを探す。
だが、他に手を上げる者はおらず、アンペアは仕方ないと言った感じで吐息し、
「じゃぁ、るい。答えて」
「ええ」
四度目の回答権を得たるいは立ち上がる。
(ここも、正しい答えを言うのよ…)
そう思いながらるいは回答を、本人も意識せずに、何故かゆっくりと開始する。
「…それは、開拓用の爆弾で」
「うんうん」
アンペアが頷く。ひとまず、ここまでは正しいということだ。
それを確認したるいは、爆弾の正式名称を言おうと、
「それは…」
言おうとし、
「確か…」
詰まってしまった。
(あれ、なんだったっけ…)
問題にされている、ラピラリが簡易的な図を描いたものが、爆弾であることは間違いない。だが、その正式名称が浮かんでこない。名が長いということは確かなのだが…、
(活性…なんとか。だっような…えっと…活性爆弾…いや、短すぎる…開拓用活性爆弾?)
いくつか名前を思浮かべるも、どれもしっくりこない。
何かが欠けているような気がして、納得のいく答えは出てこなかった。
「…あれ、るい?」
数秒間黙ってしまったるいに、アンペアは首を傾げる。
「…もしかして、忘れちゃった?」
「えっと、その…」
咄嗟に誤魔化して考えようとする。だが、たかが二、三秒加えた程度ではうろ覚えの名称は思い出せなかった。
「…。忘れちゃったわ…」
「…そう。まぁ、ならここで覚え直せばいいわ。気にしないで」
特に落胆した様子などは見せずにアンペアは言い、
「ラピラリ。ちなみに答えは?」
「ええ。…[惑星開拓用有波超活性爆弾]、ですわ」
ラピラリは、ここまでの煽るような雰囲気は抜きにして、静かに答える。
「そうね。その爆弾が落とされたのが全ての始まり」
るいが少しではあるが気を落として着席する中、アンペアは解説を続ける。
「…その爆弾は、意図的に[有波]を発生させる[通波]の技術を発展させたもので、[有波]の変化の幅を大きく変化せるものよ。算出される[変動範囲値]が16、17ぐらいになるようにして、開拓をやりやすくしようとした。…だけど、それは失敗したわ」
「…失敗?どういうことだよ?」
先ほど質問していた男子生徒は首を傾げる。
「それはね。この爆弾は確かに、変化の幅を大きくする効果を持っていた。けど…」
アンペアは再び窓の外を見る。
「…初期の生産品、というのもあったのでしょうけどね。不具合があったのよ」
「どんな、だよ…?」
「…[有波]の変化の幅を異常なまでに大きくしまうっていうのがね。爆弾は、この星中に降り注ぎ、ありとあらゆるものに影響を与えた。その結果、どうなったと思う…?」
「………」
男子生徒は、今まで教えられたことを振り返っているのか、少し考える。
そして、十秒程経ったところで、
「…まさか。この星が今みたいにあちこち透けてたりすんのは…」
男子生徒の言葉に、アンペアは頷く。
「ええ。星中に爆弾の影響が広がった結果、相当な面積の大地が、その変化の幅を異常なまでに大きくした。自然ではありえない、[変動範囲値]20以上が算出されるような状態になった。加えて、その異常な変化のせいで、実体を消失するなんて異常事態まで発生した」
そして、爆弾の影響はこれで終わりではない。
「…爆弾の影響は大地だけにとどまらなかった。衛星軌道上の母船や、その乗組員にも影響及ぼした。その結果…」
[不確定存在者]などという、自然では絶対に生まれることのない存在が生まれることとなったのだ。
加えて、母船の一部は[幻想森モリ―シャ]と同様に透け、その機能を喪失。移動手段を失った移民たちは、渋々この惑星に移住することとなった。
[確定存在者]と、[不確定存在者]という二つの存在に分かれた状態で。
このような一連の事態があったからこそ、この星の開拓は失敗したと、言われているのだった。
「これが、[不確定存在者]や[幻想森モリ―シャ]が[変動範囲値]20以上を出す原因にして、彼らが生まれた原因よ」
「…そうだったのか。知らなかった…」
「…あなた、ほんとに通常時の授業聞いてなかったのね」
再びアンペアは呆れ顔で言う。
「…あ、あははは…」
苦笑いを浮かべて男子生徒が顔を背ける中、アンペアは吐息する。
「…はぁ。とりあえず、このことはこれでいいわね」
彼女は手を叩き、頭の電球を光らせる。
この話はここで終わりと言うサインのようだ。
それにるいは反応し、アンペアの方を見る。
「さて。ここからは本来の補修内容に話を戻すわよ。質問もそれなりにはするから、できるだけ答えてみて」
るいはその言葉を聞き、
(…一回のミスで、落ち込んでいる場合じゃないわ。とにかく答えて、ラピラリに勝つのよ)
思いがけない失敗に少し気分が落ち込んだるいであったが、その後も頑張ろうとする。
だが、その一回の失敗が尾を引いたのか、以降質問の回答権を得たとしても、正答率はイマイチであり、
「…く…」
結局、ラピラリが回答をする回数を減らしてきてなお、るいが勝負に敗北することとなった。
(…上手く、いかないわね…)
授業がアンペアの言葉と共に終わる中、るいはそんなことを一人、思うのだった。




