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[第一章:フタカとタシカの世界]その3

「…っ」

 小さな身が動く。

 建物の間を潜りぬける…のではない。建物を、まるで染み込むように突き抜け、その身は宙を舞う。

 青い靄を纏った細い体は、ひたすらに進んでいく。

「……死」

 その背後に。

「ね!」

 怪しげな黒い影を感じながら。



▽ー▽


「…世界の根源とは波である」

 開始早々、アンペアが言ったのは、この一文だった。

「…みんなも聞いたあるわよね?」

 それにるいとラピラリも頷く。

 他の生徒は少し浅い、曖昧な頷きをする。

「…そうね。[確定存在者]にとっては、あまり重要なことじゃない。…だけど」

 言って、アンペアは視線を寄こす。

 その対象は教室の後ろ、るいだ。

「[不確定存在者]にとっては大事なことね。だから…質問よ」

「…!」

 るいはアンペアを見た後、ちらりとラピラリを見る。

 これから質問が来ることは分かり切っているが、彼女はニヤニヤしたまま動かない。質問の回答をする気はないようだ。

 明らかにるいに向けたものであるから、というのもあるだろうが、どうやら先手は譲ろうということらしい。

 余裕を見せてきている。

(…むかつくわね…後で後悔させてあげるわ)

 そう思い、るいがアンペアの方へ視線を寄こしたところで、質問は投げかけられた。

「世界の根源とは波である。るい、この言葉の意味は分かる?」

「…勿論」

 るいは言って、立ち上がる。

「世界が波であるっていうのは…この世界の全てが波…[有波]で成り立っているという、ことよ」

 そう。この世界を構成するもの、岩や土、植物、動物、さらにはエネルギーや現象すらも、その実態、本質は変化するもの、[有波]によって成り立っている。

 が、表面上はそうは見えない。別に細かく観察したところで、波が見えるわけではない。だが、全ての実体は[有波]だ。

 これは例えるなら、ゲームの画面で見えているものの実態が、0と1のプログラムやデータファイルなど、見た目とは全く違うものであることのようなものだ。

 世界はそうと見えなくとも、[有波]なのである。

 …なお[有波]の名は、海で起きる波との名称の差別化のため、つけられていた。

「そうね。じゃぁ、その[有波]はどこから生まれるか、誰か分かる?」

 とアンペアが言った瞬間、勢いよく手を挙げる。

「…っ」

 答えたことで無意識に油断してしまい、出し抜かれたるいは、横に視線を寄こす。

 当てられたのはラピラリだ。

 彼女は立ち上がり、胸に手を当てて回答を開始する。

「簡単な質問ですわ。世界を構成し、世界のそのものとも言える[有波]は、[虚無波面]というものから生じますわ」

彼女の言う[虚無波面]。それは特定の場所と言うわけではなく、世界の空間そのものである。

 そこから[有波]は、今この瞬間さえも常時生じ、同時に消えてもいるのである。

「ええ。そこを波のない静かな海面と例えるなら、[有波]は海の波のように生じる、ということなのよね」

 それによって、目でどうにか見える程度の微細な物質(最小の[有波])が世界に姿を現し、誕生することになる。

 肉眼でどうにか見え、そして粒にも見えるそれらこそ、るいたちが視認している世界における最小単位だ。

「そしてそれが…そうね、続きを…」

 アンペアは質問をしようと言葉を途切れさせる。

 …と、その目に一つの手が映った。

「わたくしが答えますわ」

 再度素早く手を上げたラピラリが、また当てられることとなる。

(連続なんて…やられたわ…)

悔しがるるいを尻目に、ラピラリは応える。

「最小の物質にして[有波]。それらは、常時何かしらの変化…微小なものでも繰り返し、時には他の物質…[有波]と一つとなる。その繰り返しによって[有波]は最終的に動物ともなるし、植物ともなれば、岩や水にもなった。雲にも、溶岩にも、大地にも、海にもなったのですわ」

 要は空間からの[有波]の発生、および小さな[有波]の合体、からの成長の連鎖が、世界のあらゆるものを作っているということである。

「…やるわね、ラピラリ」

「勿論ですわ」

 るいに余裕を感じる表情でラピラリは答える。

 そこにアンペアが、

「では、そんな[有波]において最も重要なことは何かを…」

(…今よ!今ならラピラリは油断してる!)

 思った瞬間、るいは手を挙げる。実際ラピラリは少し油断していたのか、手を上げるのは一秒程遅れ、今度はるいが質問への回答権を得た。

「…[有波]は世界の本質。全てを造るもの。そして、それの一番重要なことは…」

 るいは言う。

 自分たち、[不確定存在者]にも大きく関わることをゆっくりと、確かに。

「[有波]は変化あってこそで、変化そのものである、ってことよっ!」

 そう。海における波が、水の動きという一種の変化そのものであるように、[有波]は[虚無波面]という何の変化もない無の面上に起こった動き、変化そのものなのだ。

 動き、今なお変わり続ける。それこそが[有波]というものの本質である。変化そのものなのだから、当然だ。変化がないなら、それは[有波]ではなく、ただの無、なのである。

「そして、変化がなくなれば[有波]は…存在は消える」

 前述の通り、[有波]は常時何かしらの変化をしている。そして、その変化は期間こそ[有波]の規模や、どんな形、構造をしているかにもよるが、いつかは必ずなくなる。海の波が周囲の水の中に、いつかは消えるように。

 それこそが物や生物の寿命であり、現象の終了であるのだ。

「正解!ここはできてるのね、るい」

 アンペアは頭の電球を光らせ、頷く。

「流石にね」

 言って、るいはラピラリを見る。

 出し抜いてやったぞと言わんばかりの、にやついた表情をして。

 だが、彼女はるいと同じ表情で、相変わらず余裕そうだ。

(…ぐ、欠片も動揺しないなんて…中々やるわね…。数は二で互角…勝負はこれからってことかしら…)

 とるいがラピラリのことを見ながら思っている間にアンペアは言う。

「…みんな、今のるいの答えは聞いてたわよね?変化…変わるということこそ、肝よ」

 アンペアの言う通り、とにかく「変わる」ということこそ重要となってくる概念だ。

 特にこの星の透けた地、[幻想森モリ―シャ]と、[不確定存在者]にとっては。

「そして、変化そのものであるからこその、特に重要な性質が、[有波]には存在する」

「…それは?」

 やる気のある生徒の一人が先を促す。

 だが、そこでアンペアは一旦黙り、

「[有波]のその性質を、答えて!」

 るいとラピラリに回答を任せる。

 今までより鋭い言葉での質問に、やる気のある生徒が振り向く中、るいが最も早く反応した。

「…私がやるわ!」

 手を挙げ、アンペアはそれを頷いて了承する。るいはそれを見るが早いか立ち上がり、

「…いろいろある[有波]の性質の中、特に重要なそれは…」

 一つ。変化の幅が小さいとき、その存在は他の[有波]の影響を受けにくい。

 [有波]は変化そのものであるが、その幅(状態変化を数値化したときの上限と下限の差)が小さい場合、例えるなら硬化した状態になる。それは柔軟性、許容性を損なわせ、それによって別の[有波]を受け入れることが難しくなり、多くの[有波]を拒絶する。

 結果、変化の幅が小さい有波は自身の現状をある程度維持するようになるのだ。

 なお、変化の幅が小さすぎると変化がじきなくなり、消えることとなる。

「もう一つは?」

「それは…」

 一つ。変化の幅が大きい時、その存在は他の[有波]の影響を受けやすい。

 このとき[有波]は、存在は例えるなら軟化している。変化の幅が小さい時と違い、柔軟性、許容性が、幅が大きければ大きい程上昇し、他の[有波]の影響を受けやすくなる。

 場合によっては他の[有波]に飲み込まれてその一部になるし、混ざって別の存在に変異もする。または打ち消されるようなことも起こりうる。

 これは、変化の大きさ故に安定性を欠いていることも関わっている。安定しないことは、今の状態を維持する力も弱いということでもあるからだ。

 変化の幅の小さい場合とは、全くの真逆である。

「よくできてるわ、るい。あなたの言う通りの、これら二つの性質は、[有波]の二大性質とも呼ばれ、今日非常に重要な概念となっているわ」

 なお、この二大性質のどちらが発現するかを判断するための基準として[変動範囲値]というものがある。

 これは対象の[有波]の状態変化を数値化し、その上限から下限を引いて算出されるものだ。この数値が低ければ変化の幅は小さく、高ければ幅は大きいということになる(…そしてこの値は、あるものを示す基準としても使われている)。

 そんなことを軽くつけ加え、アンペアが言った時だ。

「なぁ、先生?」

「うん、なに?」

 面倒くさそうにしていた男子生徒の一人が、雑に手を上げて言う。

「なんで、その性質とやらが重要なんだ?どうでもいいだろ、そんなの」

 その発言にアンペアは、

「…はぁ。あのね、どうでもよくはないのよ?」

「はぁ?」

 首を傾げる男子生徒に、アンペアは言う。

「だってこれは…この星の透けた空間、[幻想森モリ―シャ]や…[不確定存在者]に関わる事なんだから、ね?」

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