[第四章:守護の剣。彼女の決意]その3
ミィは泣いていた。
今、自身の目の前にいる[UCEE]の者たちは自身を殺すのに邪魔な、廃墟の鎧を次々と破壊していっている。
絶え間なく爆弾やロケットランチャーなどによる爆風が、本質的に脆い巨体を構成するパーツを確実に削り取っていく。
攻撃は絶えまなく、逃げる暇もなく、新たな廃墟に手を伸ばして巨体の体積を補充する暇もない。
徐々に、ミィの死の時は迫りつつあった。
(…るいぃ…)
ブイラドたちの悪意と害意に晒され、ミィは震える。
そして、るいの名を呼ぶ。
(…怖いよ、るい…)
例え拒絶されたのだとしても、彼女に助けを求めてしまう。
それだけ、ミィはるいを慕っていた。
(…戻りたいよ…)
ミィは恐怖と悲しみの中、望む。
今のような[UCEE]達の脅威から解放され、平和であったここ二週間ほどの日常に戻りたいと、思う。
るいに再び受け入れられ、あのときへ再び。そう、震えの中で望まずにはいられない。
そんな思いを秘めたまま、ミィは周囲に満ちる悪意に晒される。
攻撃される恐怖とるいに拒絶された事実に泣き、暴れ続けていた。
『るぃ……………………!』
▽ー▽
るいは走っていた。
瓦礫が時折飛来し、怪物が咆哮し、市民が恐怖の声を上げる中、必死に走る。
「ミィ…」
その胸にミィへのプレゼントを抱え、瓦礫でひび割れた地面を駆けて行く。
「…私は」
謝りたいと、呟く。
「…私は傷つけた」
怪物の姿を見据え、るいは言う。
「私を進ませてくれたあなたを…妹のような、大切なあなたを…傷つけた」
だから、と少女は言う。
「私は謝りたい…いいえ、謝る、謝るわ…!」
抱かれた袋が、両腕に締め付けられる。
「それでこれをちゃんと、贈りたい。だから…!」
そう言い、るいは走っていく。
そして、その中で彼女はあることに気づく。
「ミィ…?まさか、攻撃されてる?」
巨体がミィであることは既に分かっているるいは、呟いた。
視線の先、確実に近づいて生きている旧開発区の一角で暴れる巨人にはいくつもの破壊が生じている。
遠目には分かりづらいそれは、都市警察や[守護剣]も使わない爆発系の兵器が連続使用されている証拠だ。距離や位置のせいかやや小さく響いてくる爆発音も、それを証明している。
ミィが攻撃されているのである。
(なんでこんなことに…。…いや、そっか…)
一瞬疑問に思ったるいだが、先刻現れたタイプスのことを思い出し、すぐに状況をある程度察する。
(ミィは[幻影魔女]扱いされてて、あいつらは殺すと言っていた。それにミィを追っていったし…)
タイプスたちが傷心のミィを追い立て、暴走状態となった彼女を攻撃しているのだと、るいは考える。
「ミィを、殺すため、ね…。あいつらにとって、ミィは[幻影魔女]扱いだから…」
ミィと言う少女の人格も何も考えず、一方的な主張を持って、彼らは消そうとしている。
「…ほんと、最悪ね。…でも」
(ミィがそんな状況なのに、塞ぎこんで。ラピラリの言葉がなかったら、何もしないままだった私も、ね)
るいはそう、一瞬自嘲気味に考える。
だが、今は自分を責めているときではない。
そう思い、彼女はマイナスの思考を振り払う。
「…とりあえずは旧開発区に行かないと」
言って、るいは街中を走る。
(…でも)
るいは考える。
(どうやってミィに近づけば…)
暴れる怪物それだけならば、動きが分かりやすいのもあり、動向を注視しながら頑張って近づけばいい、ぐらいの考えでいた。
だが、[UCEE]もいるとなると、話は別だ。
一体どれだけの規模で、この都市に潜んでいる構成員が出てきているのかは分からないが、その数が幾らであろうと、いるだけでミィの元へ行く大きな障害となり得る。
すでにある程度の規模の戦闘も展開されているようであるし、これでは迂闊には近づけない。
行けるとすればせいぜい、ミィ達のいる場所から一歩引いた場所までだ。
それ以上行けば、ミィに謝りに行く云々以前に、詳細な状況など分からない戦闘に巻き込まれ、何をする暇もなく死亡する可能性もあるからである。
そうなっては出てきた意味がない。
(この状況なら、ミィを助けもしたいけど。でも、私には…)
るいには、姉たちのように戦う力はない。
理不尽を強いる者たちへの対抗心や怒りなどはあっても、ミィに牙をむく者達を排除する手段はないのだ。
ひとまずは走って旧開発区へ向かっているが、時期手詰まりで動けなくなるだろう。
(このままじゃどうしようもできない…)
諦める気はない。
必ずミィに謝りたいと、助けもしたいとるいは思う。
だが、そのための力は自分にはない。
「どうすれば…」
そう呟き、旧開発区に繋がる道へとるいが踏み込んだ時であった。
「…どこへ行こうと言うのですか?そこのお方」
「!」
突如頭上から投げかけられた声にるいは驚き、立ち止まる。
直後、真横にあった建物より一人の女性が飛び降りる。
かなりの高さからにも関わらず、一切危なさを感じさせない動作でるいの目の前に着地した彼女は、両手に鎖を持った状態で言う。
「…いえ。ムーンセイバーの妹さん」
「チェインセイバー!」
るいは現れた相手を見て驚きの声を上げる。
目を閉じ、長い耳を垂らし、純白の鎧を着た彼女は、間違いなくこの都市にいる[守護剣]の一人、月音の同僚たるチェインセイバーだ。
両手に鎖を持っていることから臨戦態勢と思しき状態の彼女は、非常に物静かな様子で、るいに答える。
「…はい。チェインセイバーです」
「…どうしてここに。それに、武器持って」
一応、月音を通して面識そのものはあったるいは、チェインセイバーの手を見て言う。
それに、彼女は淡々と答える。
「…はい。私は旧開発区での[UCEE]の制圧と怪物への対応のため、あちらに向かっていました」
チェインセイバーは細い目線を旧開発区、ミィ達のいる方へと寄こし、続ける。
「…そこで、どうも同じ方向に向かっているらしきあなたを、見つけたのです」
「そう…」
「はい」
相槌を打ったるいに、チェインセイバーは頷く。
それから、彼女は言う。
「…さて。それはよいとして、妹さん。あなたは今、どこに行こうとしていました…?」
「それは…」
チェインセイバーの問いに、るいは応えるか一瞬迷う。
相手はこの都市を、ひいては市民を守るために存在する[守護剣]だ。
ただの力なき一般市民に過ぎないるいが、ミィのところ…怪物と[UCEE]の構成員たちがいる危険なところへ向かっているのだと正直に答えれば、それを止めようとするだろう。
(…。ちょっと待って…)
そこまで考え、るいは直前のチェインセイバーの言葉を思い出す。
(チェインセイバーも…)
彼女もまた、るいと同じ行先に向かおうとしている。[UCEE]という脅威を取り除きに、だ。
ならば、事情を話してやることを手伝ってもらえないか。
そんな考えが浮かぶ。
(チェインセイバーならミィを助けられるかもしれない…。[守護剣]だし…)
加えて、チェインセイバーの武器は鎖である。以前聞いた姉の話によれば、チェインセイバーは両手の鎖を自在に操り、敵を絡めとるなどして一瞬のうちに制圧すると言う。
実際に見たことはないが、姉の発言や[守護剣]という重い意味のある肩書兼職業を考えれば、それぐらいは当然できるだろう。
そして、その力があれば暴れる怪物と化しているミィをあの場から引き剥がすことが可能だ。
(…そうしたら、ミィをあいつらから遠ざけられる。それに…)
ミィと話す機会もできるかもしれない。
自分の過ちを、ミィの心を傷つけたことの謝罪をすることができるかもしれない。
そう考えたるいは、ミィが攻撃を受けての悲鳴を上げるのを聞き、チェインセイバーに向き直り、言う。
「…私もよ。チェインセイバーと同じところへ向かうつもり」
「…。やはり、なのですか」
チェインセイバーは静かにそう言う。
続けて、
「…ですが、それは許可できません。今のあそこは危険地帯…。一般の方を行かせるわけにはいかないのです…」
「…それは、分かってるわ」
予想通りの答えにるいはそう返す。
そこで、でも、と前置きし、彼女は続ける。
「私は行かなきゃならないの。あそこにいる怪物…[UCEE]の連中に攻撃されてるのはミィ…なんだから」
「ミィ…?…ああ、ムーンセイバーが言っていた…」
耳と髪を揺らし、 チェインセイバーは言う。
それに頷き、るいはミィに[幻影魔女]と同等の力があるらしいことを、そしてそれによってあの怪物は形作られているのだろうと言う。
「…なるほど。そう言う事情ですか」
「ええ。…そして私は、あの子に言うべきことがある。あの状況から助けたいって気持ちがある。だからいかなきゃならないの」
その言葉に、チェインセイバーは表情をほんの僅かに険しくする。
「…どうしても、なのですか」
「ええ。なんとしても、それもできるだけ早く。…だって」
るいは、自分がミィを傷つけたことを話す。
「…さっきから怪物が声を出すたびに分かるのよ。ミィの苦しさと、悲しさが。それは半分は[UCEE]の連中のせいかもだけど、半分は私のせい。私の一方的で、衝動的な、言葉のせい…」
「…」
「だからどうしても謝りに、行きたいのよ。あの子のところに…」
(それで…)
るいは言う。
「…チェインセイバー。勝手な話だし、足手纏いかもしれないけど、手伝ってくれない?ミィを助けるのを。謝ってあの子の傷を癒すのを…」
「…」
「…一緒に、あそこに…ミィのところに行ってくれない?」
「………」
るいのその言葉に、チェインセイバーはしばし沈黙する。
だが、悠長に悩むのは不味いと思ったのか、すぐにそれをやめ、軽い吐息と共に彼女は言う。
「…断っても勝手に行ってしまいそうですし。…ここでこれ以上話し続けるのもよくありませんし…」
決断しましょう。
そう呟き、チェインセイバーは左手の鎖を腕に巻き付け、空いた手のひらをるいに差し伸べる。
「…本来は、良いとはとても言えないことですが。同僚の家族の頼みでもあります。あなたの望み通りにしましょう」
「じゃぁ…!」
チェインセイバーは表情を僅かにほころばせ、頷く。
「…依留ミィという少女を助けるため、共に行きましょう」
「ええ!ありがとう!」
るいは笑ってそう答える。
それにチェインセイバーは再び頷き、言う。
「…では時間もありません。まずは一般市民たる彼女の安全確保のために…」
言った直後、チェインセイバーはるいの手を引く。
それに驚いた彼女が自身の方へ倒れこむと同時、チェインセイバーはるいを抱え、地面を蹴る。
「…最速で、行きます」
「…え、ええ…!」
そして、二人は行く。
助けるべき、恐怖と悲しみに苛まれた少女の元へ。
その中で、
「…!」
チェインセイバーは、同僚の姿を、眼下に捉えた。




