[第四章:守護の剣。彼女の決意]その2
都市に怪物の鳴き声が…いや、ミィの鳴き声が響き渡る。
あちこちから現れ、襲い来る[UCEE]の攻撃に、彼女は恐怖し、その度に怪物は暴れっていた。
振るわれた腕が廃墟を吹き飛ばし、その破片がときたま旧開発区外の建物に当たり、轟音とさらなる瓦礫を発生させる。
その状況に、祭りに集まった市民は半ばパニックを陥り始め、それを都市警察が必死に収めようとしていた。
[確定存在者]と[不確定存在者]の悲鳴が上がり、ミィの鳴き声が木霊している。
そんな状況の中、ラピラリはるいと共に彼女の自宅内にいた。
「……」
(るい…)
ラピラリは玄関に繋がる廊下で黙っているるいを見る。
「…」
るいは紙袋を抱きしめたまま、ずっと黙って、蹲っていた。
表情は暗く、先ほどから、その様子に一切の変化はない。
彼女はラピラリにここに引っ張り込まれてからというもの、ずっとそうし続けていた。
そんな、普段ではまず見ないようなるいの様子を見ながら、ラピラリは思う。
(あなた…)
ラピラリは、飛来する瓦礫から隠れるために家の中にるいを引っ張り込む前、彼女から聞いたことを思い出す。
(ミィちゃんを…)
るいは虚ろな表情で、やってきたラピラリに起きたことを語っていた。
突如現れた[UCEE]の構成員が、ミィを[幻影魔女]と語り、攫おうとしたこと。
そして、自分は[幻影魔女]であるとされたミィを衝動的に、勢いのままに拒絶し、彼女を傷つけたことを、だ。
「…」
それらを、まるで反芻するかのように語ったるいは、紙袋を手に取った状態で、動かなくなってしまった。
(いれるときだけは歩いてくれましたけど、以降ずっとこうですわ…)
玄関に入り、廊下に座り込んでからというもの、るいは一言も発することなく、動くこともない。
紙袋を抱いたまま、ときたま小刻みに震え、時間を過ごしていた。
「るい…」
ため息をつき、ラピラリはるいから視線を外す。
それから、ラピラリは玄関扉横にある四角い硝子から、外で暴れる怪物を見る。
「…」
街並みで多少遮られていても容易に見えるほどの大きさを持つ、歪な巨躯は多くの市民にとって正体不明の脅威でしかない。
だからこそ、街のあちこちで恐怖する声が上がり、それは伝播してパニックは大きくなっている。
だが、認識の違うラピラリは彼らと違って落ち着いていた。
(…ミィちゃん…)
ラピラリは、怪物が上げる声を、ミィの鳴き声だと既に理解している。
最初に聞いた怪物の産声を、その咆哮を聞いたときに、直感的にそうだと分かったのだ。
故にこそ、何事かと、ミィがいるはずのるいの自宅へと向かったのである。
そうして茫然自失の状態のるいを見つけ、彼女の話を聞くことになったのであった。
「…」
ラピラリは、攻撃を受けているのか叫び声をあげて暴れる怪物を見て、思う。
(…あんな巨体を構築できるとすれば、それこそ[幻影魔女]…少なくともあれらと同じ力がなければ無理、ですわね…)
ミィが[幻影魔女]であるとする[UCEE]の言葉は、そう間違ってもいない。
彼女は[幻影魔女]と負の存在を構成するものと、ある程度イコールで結べてしまう。
「だからこそ、ですわね…」
るいは拒絶をしてしまったのだろうと、ラピラリは思う。
元々、[幻影魔女]の横暴をその発端とする[不確定存在者]への差別と攻撃を受けたるいは、[幻影魔女]を恨み、憎み、嫌う対象としていた。
そのような被害を一切受けていない、[確定存在者]であるラピラリには察することもできない程、るいは[幻影魔女]に暗い感情を抱いていたはずである。
そんな[幻影魔女]とミィが、[UCEE]の言葉によってイコールで結ばれてしまった。
それによって、ミィはるいにとって拒絶すべき対象と認識されてしまうことになり、だからこそ、彼女はミィを激しく拒絶したのだろうと、ラピラリは思う。
(…それは、仕方のないことでは、ありますわね…)
るいの経験を考えれば、そうなるのも仕方がない。
故に、ラピラリはるいを一方的に責める気にはなれない。
(一方的に拒絶されたミィちゃんがかわいそうなのはそうですわ。…でも、わたくしはるいの過去の苦しみを、以前雑談の中で聞いたのみ。それに由来する行動を、一方的に咎める権利はない…)
そう思うからこそ、ラピラリはここまでるいを責めたりはせずにいたのだ。
(…ですけど)
ラピラリは思う。
(るいの行動を責めることはできない。でも、だからと言ってこのまま放置はダメですわ…)
ミィは傷つき、るいは塞ぎこんだまま。そんな状態を、できれば、なんとかしたいとラピラリは思う。
だからこそ。
「…るい」
るいがそれに少し反応する中、ラピラリはるいの傍らに腰を下ろす。
ミィへの思いの象徴である、作品の入った紙袋を持ったままの彼女に寄り添う。
そして、彼女に言った。
「…るい、あなたはミィちゃんを傷つけたことを、後悔しているんじゃないのですの?」
そのとき、るいの肩はびくりと震えた。
▽ー▽
「…そう、ですわよね?」
ラピラリは穏やかな表情で、隣から優しく語り掛けてくる。
それにるいは反応し、声を漏らす。
「…」
唇をかむ。
そんなるいを見ながら、ラピラリはあくまでも穏やかに続ける。
「…自分がミィちゃんにしたことは良くなかった。そう思っているんじゃないですの?」
(それは…)
ラピラリの言葉に、るいは震える。
そして、しばらくの沈黙の後、ぽつりと言った。
「…そうよ。後悔、してるわよ…」
「…やっぱり、ですのね」
穏やかな表情のまま、ラピラリは言う。
そんな彼女に、るいは続ける。
「…よく、分かるわね。私の気持ち…」
「…そうですわね。その全てがわかるなんて傲慢なことは言えませんけど、多少は、
ですわ」
「…ライバルだから…?」
「…ですわね」
「そう…」
静かに頷くラピラリを傍らに、るいは視線を落とした状態で言う。
そんな彼女の横で、ラピラリはただ座っている。
まるで、次の言葉を待つかのように。
「…」
(ラピラリ…)
他に誰もいない家の中、静かに時が流れる。
それは五分か、十分か、あるいはたったの一分か。
外からミィの泣き声が僅かに響いてくる中、るいは傍らのラピラリと共にしばしのときを過ごす。
そして、いつの間にか口を開いていた。
「私、ね…」
「…ええ」
「…ダメだったって思ってるのよ」
「…」
ラピラリはただ聞く。
「…私はミィを傷つけた…。ミィが何か悪い事したわけじゃないのに…イヤだって…嫌いだって言った。それでミィ、泣いてた…ううん、泣いてる。今も泣いてる」
るいは扉の横から外を見る。
そこでは、ミィが鳴き声を上げながら暴れている。
「…私のせいで…」
(…だから)
「…謝りたいって、思ってるのよ…」
「…そう、ですのね」
「…ええ」
るいは視線を再び落とす。
「…ミィのとこに言って謝りたいって、さっきからずっと思ってるのよ…」
「…」
続きを促すようにただ待つラピラリに、るいは言う。
「…でも、ね」
(…でも、なのよ)
「…私、動けないのよ」
「…それは」
ラピラリはるいに視線を寄こす。
「…ずっと、謝りたいって思ってるけど、思ってるけど…」
るいは言う。
「動けない、行けないのよ!ミィのところに!だって…!」
(だってミィは…!)
「[幻影魔女]なのよ!ミィはね、[幻影魔女]なのよ!」
ミィは、自分たちが苦しんだ原因の、反吐が出るほど嫌いな[幻影魔女]である。
その考えが、タイプスの言葉でミィと[幻影魔女]がイコールで結ばれてしまったときから離れない。
ずっと、るいの頭の中に巣くっている。彼女を、雁字搦めにしている。
「嫌いで、憎い、[幻影魔女]なのよ…。だから、動けない…どんなにミィに謝りたいって思っても、行けないのよ…」
嫌いで憎い者のところに、わざわざ向かうことなどできないのだから。
「…」
「…うぅ」
言えることをすべて吐き出したるいは、腕に顔をうずめ、ただ震える。
ミィを傷つけ、謝りにも行けず、この場にいるしかない自分を嫌悪する他にない。
そうして、先ほどまでと同じような状態に、るいがなりかける…そのときだった。
「るい。あなたが妹のように思うミィちゃんは、あなたが憎み嫌う、[幻影魔女]と同じですの?」
その言葉を聞いた瞬間、るいは目を見開く。
「…え?」
ラピラリは続ける。
「…るい。答えてくださいまし。ミィちゃんは同じですの?悪意に染まり、暴虐の限りを尽くし、迷惑をかけ続け、好き勝手し続けるあの連中と」
「…それは」
「ニュースでしばしば出るような連中と、ミィちゃんは同じですの?ミィちゃんは、あんな奴らのように悪意だらけで横暴な子なのですの?」
「…それは…」
るいはぷるぷると震える。
「ミィちゃんは、畜生ですの?」
「…っ!」
その瞬間、るいは叫んだ。
「同じなわけないでしょ!あいつらみたいな最低で身勝手で大嫌いな奴と、ミィが一緒なわけ、ないでしょ!あの子は私の夢を手伝ってくれた優しい子よ!畜生なわけ、ないでしょうが!!」
「…」
その反応に、ラピラリはふっと笑う。
「…な、なによ」
戸惑うるいに、ラピラリは言う。
「…そうですわね。同じなわけ、ないですわよね」
「…?なに、よ…」
怪訝な表情をするるいに、ラピラリは続ける。
「ミィちゃんは。[幻影魔女]とは、違いますわよね?」
「………」
(そう、だけど…)
ラピラリの言葉に、先ほどの自分の発言にるいは思う。
確かに、ミィは違う。持つ能力だけ見れば同じかもしれないが、[幻影魔女]とはその性格、行動、言動からして何もかも違う。
「ミィちゃんは、ミィちゃんですわ。それはあなたがよくわかっているでしょう?」
「…そう、ね」
るいは思う。
(…そうよ。ミィはミィと。…[幻影魔女]扱いされてたって、ミィがあんな連中と一緒じゃないのは私が、一番よくわかってる…)
遊び、笑った、妹のように大切な彼女のことは、るいが最もよく見てきた。
改めて落ち着いて考えれば、るいがミィを拒絶する意味なんてなかった。
「…ミィは[幻影魔女]じゃない…」
そう言ったとき、るいは体が軽くなったように思えた。
まるで、自分を縛っていた鎖が解けたような、そんな開放感に身体は満たされる。
「…ええ、そうよ。ミィは[幻影魔女]なんかじゃない。私の…妹よ」
(だから)
行ける。自分の過ちによって傷つけてしまった彼女のところに行ける。
謝りに行くことが、今ならできる。
「…ラピラリ」
るいは立ち上がる。
その胸に、ミィへのプレゼントを抱いたまま、玄関扉へと踏み出す。
ラピラリなそんな彼女を見て、言う。
「…行くんですの?ミィちゃんのところへ」
「…ええ」
るいは振り向く。
その顔は、今までとは違い、少し明るいものとなっていた。
「…焚きつけるようなことをしておいてアレですけど。外は危ないですわ。それでも、行くんですの?」
「…ええ、そうね」
るいは今一度、怪物を見る。
傷心のミィを、見据える。
「…だって、ミィは私のせいで傷ついてるのよ?それをいつまでも放っておけない…早く、謝りたいじゃない」
(ミィのために…)
嫌いだって言ったことを取り消さなければならない。
るいはそう思い、扉に手をかける。
そして、言う。
「ラピラリ、ありがと」
「…るい」
ラピラリは行こうとするるいを心配そうに見た後、ふっと笑う。
「ええ。必ず、ミィちゃんと仲直りしてくるように」
「勿論よ」
「…期待しておきますわ。それでは」
いってらっしゃい。
その言葉に見送られ、るいは家を出た。
▽ー▽
「あは☆…。ムーンセイバー、勿論生きてるよね?」
軽い着地音と共に、マジカルセイバーは崩れた廃ビルの前に降り立つ。
その右肩には、ムーンセイバーの予備の装備が入った大きなケースが乗せられている。
先刻、[UCEE]の奇襲への警戒をする中、遠目にムーンセイバー達の戦いを見ていたマジカルセイバーは、戦闘の結末を知っていた。
そして、同僚が一時的に敗北したことを受け、こうして代わりの装備を持ってきていたのである。
ムーンセイバーの生存を確信しているがゆえに、だ。
そして、それに応えるように、瓦礫の下より声がする。
「…ええ、生きてますとも」
声と共に、瓦礫の一部が崩れ、そこから装備が半壊したムーンセイバーが姿を現す。
ボディスーツの一部が破れることで実体化に多少の影響は出、腰の装甲も三つ亡くなっていたが、無事ではある。
そんな彼女の様子を見たマジカルセイバーは、瓦礫を踏み越えてムーンセイバーに近づく。
「あは☆それじゃ、これ使って。予備装備一式揃ってるから」
「ええ、ありがとうございます、です」
ムーンセイバーは瓦礫を払い、マジカルセイバーよりケースを受け取る。
それを済ませたところで、
「あは☆じゃぁ、装備の入れ替えが済んだら行こっか」
「ええ、そうですね」
ムーンセイバーは頷く。
そして、二人は揃ってある方向を見る。
ミィがつくりだした怪物が暴れる所であり、[UCEE]が横暴を働く場所のある方を、見据える。
そうして、彼女らは言う。
『[UCEE]の好きに、させないために』
そこには[守護剣]としての、強い意志があった。
「…では。私も行きましょう」
祭り会場への[UCEE]の襲撃がない事を確信したチェインセイバーもまた、動き出す。
「すぐに、殺してやるぞ」
ミィを殺すため、邪魔となる巨体を部下へ指示して破壊しながら、ブイラドは言う。
「ミィ…今行くわ」
ミィに謝るため、るいが走る。
今、全てが終わりに向かって進みだす。




