[第三章:答え、…そして]その5
るいは突如現れた相手に困惑し、眉を顰める。
(なに、こいつ…)
声からして、相手はおそらく少女だ。
るいと近い身長の彼女は、真っ白な貫頭衣で全身を覆い、フードの下から同じく白の髪を僅かに覗かせる。
そして、そんな彼女は左右色違いの目を、るいの立つ方へ向けてきていた。
(それに、殺したいものって…?)
るいの方を向く相手が、どういう意図を持って言ったのかはよくわからない。
何かの比喩か。それとも言葉通りの意味なのか。
だが、いずれであろうと、
(ロクでもない予感がする…)
虐められた過去と[UCEE]の構成員に襲われた経験が、警告を発している。
なにより相手の、殺すなどと言う物騒な発言が、るいに自然と警戒感を抱かせていた。
「…あんた、なに?ウチになにか用でもあるの?」
玄関扉を背に、るいはやや強気に言う。
それに、初めてるいの存在に気づいたかのように、貫頭衣の相手は視線を寄こし、言う。
「…ん、用?確かに、タイプスには用がある。…いや、今さっきできた」
「…?」
(どういうこと?今さっきできたって)
相手の言葉の意図を測り兼ね、るいは眉を顰める。
「一体、何の用があるっていうのよ。…あんたは、誰?」
その問いに、貫頭衣の相手は言う。
「タイプスの名はタイプス。…[UCEE]の、戦闘兵器」
「っ!?[UCEE]…!」
威圧のつもりか、その部分を強調して言ってきたタイプスに、るいは身を固くする。
(ほんとに……?)
今まで出会った来た構成員との様子の違いから、るいは一瞬、タイプスの言葉を疑う。
そのために沈黙したるいを見て、タイプスは言う。
「嘘じゃない。証拠は、ある…」
言って、タイプスは貫頭衣の裾の前だけを軽くはたきあげる。
それにより、彼女の腰に[不確消去剣]一振りが装着されているのが、るいの目に入った。
「…っ」
「…どうやら、信じてもらえたよう。使いづらい重石もたまには役に立つ」
タイプスは言いながら裾を元に戻す。
そして、[UCEE]に対する警戒心などから睨みつけるるいを見、言う。
「さて。なら、タイプスは要求する」
「要求する?」
「そう。それが用…」
フードと髪の下にある赤い目が、薄っすらと光る。
同時、タイプスは手をゆっくりと上げ、るいの背後の家を指した。
「名も知らない[不確定存在者]。タイプスは要求する。そこの家の中にいる、一人の[不確定存在者]の引き渡しを」
「…!あんた…!」
(こいつの狙いは…!)
るいは思う。
今の時間、家の中にいるのはミィたった一人だ。
そして、タイプスは家の中にいる、”[不確定存在者]”を欲しがっている。
彼女の狙いは明らかにミィだ。
そのためにここに現れ、[UCEE]の名を出してるいを委縮させ、要求を飲ませようとしている。
「大人しく引き渡してもらう。無理やりでもいいけど、お父さんから無駄な騒ぎを起こさないよう言われている。できれば静かに手に入れたい」
「…」
「だから」
タイプスは言う。
「渡して。お父さんのために」
「…」
るいはタイプスのその言葉にしばし沈黙する。
それが十秒程続いたところで、タイプスは僅かに眉をひそめ、るいに再び要求を言おうとする。
そのときだ。
「…渡すわけないでしょ。あんたらなんかに」
るいは今まで以上に鋭い目つきで、タイプスを睨みつける。
「だいたい、殺すとか言ってるじゃない。それが別のことなのか、言葉通りか知らないけど…、どうしてそんなこと言ってる奴らに、あの子を渡さなきゃいけないのよ…!」
「…」
タイプスは一瞬沈黙する。
それを警戒心と共に見ながら、るいは思う。
そして、タイプスは言う。
「…ふむ。不思議な物。不思議な物」
「…?なにがよ」
「そこまでアレの引き渡しを必死になって拒否することが」
「そんなに不思議?」
「そう。タイプスは世に生を受けて短い。だから周りの感情全てが中々理解しがたい。不思議に思える」
「…あっそ。わかんないならそのままでいれば?」
無駄話に付き合ってやる意味はないと、[UCEE]に対する敵意などから、るいは冷たくあしらう。
タイプスはそれに気を悪くした様子は見せず、
「たしかにそれも手。…しかし、今はそれを深く掘るべき時じゃない」
そこで、タイプスは再度の要求を開始する。
「お父さんが望んだことを、やることを実行する。その家の中の、[不確定存在者]を渡してもらう…」
「っ…、だから渡さないって言ってるでしょ!」
るいは続けて言う。
「そもそもなんでミィだけを狙うのよ!?あの子は別に悪い子でも何でもない…なのに…!」
そう。
あえて[UCEE]がミィを狙う理由がわからない。
彼女は他と同じようにただの[不確定存在者]に過ぎず、注目する一個人ではないはずだ。
にも関わらず、何故[UCEE]は、タイプスはミィを狙うのか。
そう思ってるいが放った言葉に、タイプスはただ一言を返した。
「…依留ミィは[幻影魔女]」
その瞬間、るいは目を見開いた。
「は…?」
(今、なんて言った?)
ミィが、なんであると。
どういったものであると、目の前の少女は言ったのか。
「ミィが…なんだって?」
意図せず少し震えてしまいながら言うるいに、タイプスは淡々と言う。
「依留ミィというらしい[不確定存在者]は[幻影魔女]。お父さんが嫌い、罵る、[不UCEE]の最大の敵」
「…」
(ミィが……)
[不確定存在者]が辛い目に合う原因。[UCEE]の横暴の原因。そして自分が虐められる原因である…、
心底から嫌う、あの存在だというのか?
「…そんなこと」
「事実。少なくとも、お父さんは…ブイラドは保証する」
「…」
タイプスが噓をついているようには見えない。
むしろ、彼女が言う通りである方が、全てに説明がついてしまう。
初めて出会った時に狙われていたのも、なによりこの都市に来るまでやけに襲われていたというのも。
ミィが、[UCEE]が生まれた理由であり、その最大の敵かつ憎む対象である[幻影魔女]だと言うのなら、辻褄が合ってしまう。
そう、理性が勝手に納得する。
ミィが[幻影魔女]であると認めてしまう。
(ミィが…ミィ、が…)
呆然として、るいは地面に崩れ落ちる。
そして、彼女が視線を地面に落としたまま震えている時、
『るい』
透けた状態のミィが、分厚い玄関の横の壁をすり抜けて現れた。
▽ー▽
『お帰りぃ!待ってたよ』
ミィはようやく戻ってきたるいを見て、喜びの声を上げる。
その身には、変わったところはない。
普通の[不確定存在者]であれば絶対にせず、やれば短時間であっても体に多大な影響が出ることを実行したにも関わらず、彼女の体は大きく変質することはない。
害を受けた様子はないのだ。まるで、同じことをしても特に害を受けない[幻影魔女]のように。
『…?』
るいの後ろへと出てきたミィは、膝をついて震えているるいを見て首を傾げる。
『なにか、あったの…?』
そう言ったところで、ミィに対し、タイプスが口を開く。
「…自ら出てきた。出させる手間が省けた」
『…?』
ミィは見知らぬ相手を見、戸惑いを見せる。
そんな彼女を見、タイプスは言う。
「タイプスと共に、拠点に来てもらう。[幻影魔女]、ミィ」
『…!』
[幻影魔女]。その言葉に、ミィはびくりと反応する。
(また、ミィを…そう呼んで…)
この都市に来るまでの間、ミィはしばしば[UCEE]に襲われた。
そしてそのとき、彼らがよくミィのことを指して言っていたのが、[幻影魔女]という言葉であった。
(うぅ…)
[幻影魔女]という言葉。襲われ続ける中で最も聞いたそれは、ミィにとっての恐怖の日々の象徴でもある。
故にこそ、ミィはこれまでのるい達との日々で忘れていた、襲われることへの恐怖心を思い出してしまう。
「どうかした?大人しく来るならそれでいいけど」
言って、タイプスは一歩を踏み出して来る。
それに、ミィはびくりとし、衝動的に言葉を放つ。
『…い、いや…』
それに、タイプスは言ってくる。
「いや?拒否と。けれど、聞けない。タイプスはやらなければならない。お父さんの望む通りに、お前を目の前で殺すために、タイプスは連れていなければならない」
『!』
(ミィを、殺す…って。…この人、あいつらの仲間…!)
タイプスの正体を、今まで自分を襲ってきた連中…[UCEE]の仲間であると察し、ミィは震える。
『…そんなに、ミィを…』
殺したいというのか。
恐怖から続かないその言葉に、タイプスは頷く。
「そう。タイプスには不思議なもので理解しがたいけれど。お父さんは、それに他の[UCEE]の構成員は望む。そのために、来てもらう」
『いや…いやだよ、そんなの…』
「嫌であろうと、来てもらう…」
有無を言わせぬ様子で、タイプスはさらに一歩近づく。
それを見て、ミィは思わず、近くのるいを見る。
(るい…)
自分を助け、共にいてくれた、姉のように慕う優しき彼女にミィは近づく。
「…」
怖いから。恐ろしいから。不安だから。
だから、誰よりも心を寄せる彼女に助けを求め、
『るい…!』
彼女の名を呼んだ時に、それは起こった。
「来ないでっ!」
『!?』
いきなりるいは叫び、右腕を勢いよく払った。
それに接触したミィの腕は、靄が払われるように形を変え、しかしすぐに元に近い形に落ち着く。
そして、それをやられたミィは落ち着いていられなかった。
『る、ぃ…?』
今まで見ることのなかったるいの態度と対応、行為にミィは身を固くし、戸惑う。
ついで、不安と困惑の入り混じった声で、不安げな声でるいに言う。
『どう、したの…?るぃ…』
無意識に、先ほどより少し距離を離してしまったミィは、不安げな表情を浮かべる。
同時に、何か嫌な予感を覚えながら、彼女にまた近づこうとする。
だが。
「来ないでって、言ってるでしょ!!」
『ひっ!』
激しい、感情の制御が効いているとは到底思えない、優しいるいとは思えない声がミィを怯ませ、恐れさせ、怖がらせる。
(…どう、して…?)
ミィは困惑と恐れの中、問う。
(どうして…るい?)
どうしてそんな表情で、そんな目つきで、今のような態度をとっているのか。
『…どう、して…?…なんで、こんな』
それにるいは、ここではないどこか、あるいは何かを想起するように言う。
「…決まって、るでしょ…。あんたは…[幻影魔女]」
『…っ』
[幻影魔女]の言葉にさらに過去が想起され、ミィは胸が苦しくなる。
そんなことには気づかず、るいは体を震わせ、頭を抱えて叫ぶ。
「嫌いなのよ…![幻影魔女]は…!私も、お姉ちゃんも嫌な目に合わせた原因の[幻影魔女]は嫌いなのよ!だから来ないで!」
『るい…!』
「嫌いなの…、不快になる…見るだけで、ないはずの吐き気もする…ほんっ、とうに…嫌い、嫌いなのよぉぉぉ!」
るいは感情のままに、叫ぶ。
それに、ミィは悲しさや苦しみで顔を歪める。
『る、ぃ…!』
(いや、いやだよ…うぅぅ!)
ずっと[UCEE]に狙われ続け、辛い日々を過ごし続けた先で、ようやく見つけた、温かい場所。自分に優しくしてくれる、落ち着ける場所。
その象徴であるるいからの拒絶によって、ミィは居場所を失った絶望に苛まれ、
「さぁ、来てもらう」
迫るタイプスの言葉に、恐怖で心が締め付けられる。
…そして。
ミィの中で、何かが壊れた。
『―』
鳴き声が響く。
それにるいがはっとして目を見開いたとき、ミィは既に飛び去っていた。
「…く。逃がさない」
タイプスは言い、小さくなっていくミィを追う。
そうして他に誰もいなくなった後、るいは呟く。
「…私、は…」
ミィの鳴き声が頭の中に響く中、るいはただ茫然と、ミィがいなくなった方を見つめ続けていた。
▽ー▽
『うぅ…るいぃ…!』
傷心の中、ミィはタイプスから逃げるため、街中を必死に飛んでいく。
『…うぅ』
軋む心に、ミィは涙を流す。
透けた体が変化して出たそれは、宙に流れて消えていく。
そんな中、ミィはいつしか人気のない、廃墟の立ち並ぶ旧開発区の一角にたどり着いていた。
そしてそこに、タイプスも追いつく。
「さぁ。もう逃走劇は、終わり…!」
『…っ!』
瞬間、タイプスは腕を振るう。
同時、彼女の袖の奥から縄のようなものが飛び出す。
『…ゆれ…』
先端に[ユレオサエ]のつけられたそれはミィの腕めがけて飛んでいき、その左腕に接触。
『[変動範囲値]27を算出。設定調整。実体化開始』
機械音声と共に、ミィの左腕の肘から下を実体化させる。
そして、[ユレオサエ]は実体を得たミィの腕をしっかりと掴み、繋がった縄と併せて彼女を捕らえる。
「捕まえた。もはや、逃げることも無理」
『…うぅ!』
「さぁ、 来てもらう…!」
言って、タイプスは縄を引き、ミィを傍らまで引き寄せようとする。
それに、ミィは涙を浮かべてまま首を横に何度も降って拒否する。
だが、無情にも縄は引かれ、彼女の体はタイプスに向かって近づいていく。
殺意を持った者達のところへ、確実に近づく。
それに傷心故に心の制御の効かないミィは恐怖し、
「いい加減に…」
『もう、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
絶叫が、都市に響き渡る。
同時、ミィは右腕を衝動的に体を近くの廃墟の壁に突っ込む。
…そして、それは始まった。
「これは!?」
動く。透けたミィの腕が廃墟と同化し、錆びついた金属板が彼女の暴走した感情のままに大きく揺れ出す。
ついで、一時的に彼女の体の一部となった廃墟は異音と共に即座に形を変え、巨大な手となってタイプスに襲い掛かる。
「っ…!」
その一撃を、タイプスは後方への跳躍で回避する。
しかし避けきれず、貫頭衣の下、腰より伸びていた[不確消去剣]に攻撃はあたり、剣が砕け散る。
それには気を止めず、ミィの様子を見るタイプスは目を見開く。
「…、これは…」
回避をしていた間に、ミィはさらに両足を地面に突っ込み、同化。
ひび割れた地面はいきなり隆起し、次々とその形を変える。
また、変形によって飛び散った破片がミィの左腕を捕らえる[ユレオサエ]と縄を容易に破壊し、ミィはタイプスより自由となる。
「…厄介なことに、なったよう」
蠢く廃墟や地面の脅威を避け、後方への跳躍を何度も繰り返しながら、タイプスは呟く。
その視線の先で、ミィと同化した廃墟群はさらに形を変え、巨大な異音と共に一つの巨躯を形成する。
そうして出来上がったものを見て、タイプスは呟く。
「…これが、[幻影魔女]の力。好き勝手に暴れることを可能とする、力…」
タイプスは、都市内での使用を禁じられた通信機を貫頭衣の中より取り出し、仲間たちに言葉を伝える。
「お父さんたち。見える?」
『…ああ、見える。見えるぞ』
ブイラドの通信機越しの言葉に、タイプスは頷く。
「こういう状況になった」
日が地平線へ徐々に沈みゆく中、廃墟を素材として出来上がった巨躯を、タイプスは見る。
ミィの制御できなくなった感情が生み出した、巨大な怪物を見据える。
『ああ。なら、動こうか。大々的に、すぐに。奴を殺すために、な…』
「うん」
ブイラドの言葉に、再度タイプスは頷く。
その中で、出現した怪物は咆哮していた。
まるで泣き叫ぶような、声で。
…そしてそれを聞いていたるいは呟く。
「わたしは…」
先ほど自分がしていたことを自覚した身は動かない。
「…るい、どうしたんですの!?」
ミィの叫びを聞きつけてやってきたラピラリにも、反応する余裕はない。
そんな状態で、るいはただ、怪物を…ミィを見つめていた。
地面にはラピラリから貰った紙袋が、中身の入ったまま落ちている。




