[第三章:答え、…そして]その1
「…不思議なもの。不思議なもの」
タイプスはフード付きの貫頭衣を着、[フォレスト・アラヤ]の街中を歩いていた。
(…お父さんは殺したくて。[守護剣]は守りたくて。どうしてもそうしたいのは不思議)
タイプスはそんなことを思いながら、その場で回転などしながら街を行く。
一見すればそれは、ただ無為に時間を消費しているように思える。
だが、違う。
彼女の行動には明確な目的があった。
(不思議だけれど。今はやることはやるつもり。アレを、探す…)
先日ムーンセイバーが捉えた構成員たちと同じように、タイプスはある存在を探している。
彼女ら[UCEE]が最も嫌う存在を、である。
タイプスはそのために人々の雑踏に紛れ、あちこちに視線を寄こすために回転をし、進んでいた。
(…まだ。まだ見つからない。さて、どこに消えたのか。この[結界都市アラヤ]を出たという情報はない。一度は[守護剣]に保護されたと言う。ならば、ここにいるはず)
であるならば、絶対に探し出さねばならない。
それを、タイプスを使うブイラドは望んでいるから、彼女はやろうと思っていた。
「…じっくり探し、そして見つける…」
またその場で一回転をし、タイプスは路地裏の階段下に着地する。
そうして、人気のない場所での捜索も行い始めた。
▽―▽
「…ふふ。ついに、ね」
ミィの提案から二日経った休日。
朝を少し過ぎた時刻、るいは自室でほくそ笑んでいた。
その理由は、これから二人がやると決めていることにある。
「…今日、ミィにこの服着てもらうんだから、ね」
(ちょっと楽しみね)
先日、ミィの提案を喜んだるいは自分の作品を着てほしいと頼み、ミィはそれを了承していた。
服作りについて知識のないミィが手伝えるのは材料の買い物か試着ぐらいのものである。るいは後者の試着についてやってもらうことを望んでいた。
その目的は実際着てもらって問題を探ろう、というものである。
低評価を付けられた作品全てを着てもらい、感想を貰う。
できれば、その内容から問題という物をあぶりだしたいとるいは考えて、十分な時間のある今日、ミィとそれをしようと考えていた。
そのための準備も既に済ませてある。
(…問題を。今までやってなかった是で見つけられると、いいけどね)
るいはそんなことを思いながら、ミィに来てもらう、ハンガーにかかった状態の作品を両手に抱える。
今回ミィに試着をしてもらう場所は、保管されている作品の多さなどからやや手狭なるいの自室ではなく、リビングだ。
月音は朝から[守護剣]としての仕事で出かけてしまい、他に使う者もいない。
そのため、るいは自室より広いリビングを使って試着を行おうと考えていた。
「…けど」
ふと、るいは呟く。
「ミィに着てもらえるのよね。可愛いくて、美しいミィが私の作品を…。この二つが合わさる」
るいはミィが来た日、そして一昨日に蘇った妄想に少し浸る。
(ほんとに、どんなにいいものになるかしら)
るいは一時的に、ミィと作品とでできるもののみに意識が向いてしまう。
(デザインには自信があるし。綺麗なミィと併せたら間違いなくいいものになるはずよ)
そこで、るいはふと思う。
(…でもそうなるなら。問題なんてどこにもないはず…よね)
最高のビジュアルが出来上がると言うのなら、そこになんの問題があると言うのか。
そもそも、本当に問題などあるのか。
そんな疑問が生じてくる。
(…。けど、ラピラリが適当こいてるわけないしね…あいつムカつくけど無意味なこととか外れたことは言わないし)
それに、るいが一向に現状の打破ができないことを考えれば、そうなっている彼女自身に何か問題があるというのはそうおかしな話ではないはずである。
故にこそ、ラピラリの指摘が間違っているとは、理性では思えない。
だが、抱える問題というものを一向に見つけられないるいは、それゆえに感情的な部分では、問題の存在をやや実感できずにいた。
「…。とりあえず、やってみてからね」
とりあえず思考をそう締めくくり、るいはリビングで待たせているミィの元へと向かうため、あらかじめ少し開けていた部屋の扉を開く。
そして両腕に、日常服として作った作品、計十着ほど抱えて廊下に出る。
「試着の事やりきってから。それから考えましょ」
そう言って、これまたあらかじめ少し開けられていたリビングへの扉を開き、中へと入った。
「あ、るい。準備できたの?」
「ええ」
月音を見送った後、ずっとソファーに座って待っていたミィは、るいを見て立ち上がる。
ついで、リビングにある実体化装置の近くに歩いていく。
るいはそれを見ながら、空いたソファーの背もたれに両手の服を置く。
「ふぅ。ちょっと重かったわね」
「ダイジョブ?手伝った方が良かった?」
「大丈夫よ、これぐらい」
「そう?」
「ええ」
「うんっ」
納得した様子のミィは装置の傍らに行く。
次いで装置の中に入り、服を脱いで実体化を解除、装置の上に浮遊する。
るいはそれを見つつ、ソファーに置いた一着を手に取る。
「…それじゃぁ、ミィ。さっそく、ね」
『うん、るい!ミィ、るいの助けになるよぉに、頑張る!』
「ふふ、ありがと。…じゃぁ、始めましょっか!」
『うんっ!』
そのやりとりを合図として、彼女らの作業は始まった。
「それじゃまずはこれを着てもらうわね」
るいはそう言って、装置に手早く服をセットし準備を整える。
「ミィ、お願い」
『うん、るい』
るいの言葉を受けたミィは笑って頷き、ゆっくりと装置の中に入っていく。
そうして、僅かな水色の光が漏れ、装置は動作する。
『…形成…かろうじて正常範囲内』
「…」
るいは自分の作品を身に着けたミィが出てくるのを待ち望むことで、普通なら出ない音声をスルーしてしまう。
そんな中、完了、という機械音声とともに、中からゆっくりとミィが姿を現した。
「…!」
るいはその姿を見て息を飲む。
「どぉ、るい…?」
服と[ユレオサエ]による実体化によってエコーのなくなった声のミィは、腕を緩やかに広げてるいを見る。
その姿は、ミィの髪と同じ、紫を基調としてところどころに水色の花柄があしらわられた和服だ。
肩の上部に穴があけられた袖は長く、裾はかなり短いが、代わりとばかりに足首から太ももの真ん中よりやや下のあたりまで、紐で両端と中央が結ばれた同色の布がある。
極端に派手ではないが、ミィの髪色と合ったその姿は可愛らしく、ミィが少し笑っているのは、可愛らしさを引き立てていた。
それを見たるいは、問題うんぬんの話を一時的に忘れ、驚嘆する。
「…か、可愛い…凄い、想像以上よ…!」
それまで想像していた以上に、ミィとるいの作品は上手く合わさり、るいにとって最高のビジュアルを実現していた。
そのことに、るいは驚きと喜びに満たされてしまう。
「これ、最初に選んで正解だったわ…。凄いいいわよ、ミィ」
「そぉ?…嬉しい」
ミィはるいの言葉に満面の笑みを浮かべて、答える。
「…ふふ、凄いわねミィと私の作品の合わせ技は」
嬉しくなったるいは、誰に言うでもないが、少し自慢げにそう言う。
(ほんと、最高じゃない。これのどこに問題があるっていうのよ。ほんとに)
もとより綺麗でかわいいミィを、より美しくし、最高のビジュアルを実現する自分の作品に何の問題があると言うのか。
他よりは高いBの評価をつけられていた作品と、それを着たミィを見て、るいはそう思う。
「…?なんか、足がちょっと透けて…」
ふと、ミィは自身の足元を見、呟く。
だが、喜びに満たされたるいは、ミィの呟きには気づかず、さらには感想を聞くのを忘れてしまう。
そして、気分を良くした彼女は、上がったテンションのままに次の衣装を選んでいた。
「ねぇ、次はこれを頼むわ、ミィ」
「…え?あ、う、うん。るい」
布のない太ももあたりが若干透けていること、また感想を聞くのが抜けていることに戸惑いつつも、ミィはるいの言葉に頷く。
それから、装置の方へ行き、先ほどとは逆のことをする。
『…ふぅ』
ミィが装置の上部から出てきたのを確認したところで、るいは中の衣装を次のものへと入れかえ、今しがた着てもらった和服をハンガーにかけ直し、ソファーの方へ持っていく。
それを終え、彼女が戻ってきた頃には装置の光は消え、再度実体化したミィが出てくる。
「…るい、着たよ」
次にミィが来たのは、長いスカートのワンピースと長手袋を合わせた衣装だ。
前はかなり大胆に開けられており、腕も肘から少し上程度までしか覆われていない。
着るのには少々度胸がいるような尖ったデザインではあるが、ミィにはそれなりに似合っていた。
「うん、いいわね!最高!」
「う、うん。るい」
ミィは喜ぶるいに嬉しそうな反応をする。しかし、丸出しになっている自分の腕と足を見て、
「………」
透け気味な見た目になってもいるそれらの部位に沈黙する。
だが、最初にテンションが上がってしまったままのるいは、そんなミィの様子には気づかず、勢いのまま、すぐに次の衣装を選びにかかってしまう。
「次はこれよ」
その次の三つには装飾が多く、パーツの多い作品をるいは持ってくる。
ミィは、感想を聞くことを完全に忘れ去り、テンションをさらに上げていくるいを見ながら、ひとまず望む通りに着る。
「……」
「いいわね…」
るいはうっとりとした様子で、ミィを見て言う。
それにミィは返事をせず、体を少し動かす。
だが、その動きは本人の意思とは無関係に、妙に硬い。構造上、可動域が狭く、また重いため非常に動かしにくいのである。
「…」
そして、るいはそのことには気づいていない。
「…ほんとに、いいわね」
ミィと自分の作品が織り成す美を、可愛さを、格好良さ。
彼女は、それらを…見た目だけを見ていた。
そして、そんな彼女の服は、デザインと設計図通りの形を実現する縫製技術は素晴らしかったが、どうにもそればかりになっている感がある。
デザイン、見た目ばかりに目を向けられてしまっている。
ミィは半ば暴走状態になったるいを何度も見る中で、それを感じ取っていく様子を見せる。
「…るい」
何度も試着をしてもらう中、るいが見るのは、頭の中にあるのは作品とミィが織り成す見た目ばかりであった。
そこには他の思考はない。
…以前、朝の番組でクリエイターが言っていたことがある。
それは、着用する彼らのことをよく考え、思ってつくること、デザイン性だけを追求するなど、独りよがりになってはいけないことである。
だが、るいはそういうことを全く考えてはいなかった。
それが現れたように、彼女の作品は動きづらかったり、[不確定存在者]が日常生活を送る道具としては致命的な、実体化のための膜形成に影響を与えるレベルの過度な露出があったりするなど、問題を抱えていた。
「…」
そして、全ての作品の試着を終え、ミィが元の服に戻った時、るいはやっと落ちついていた。
「…ふぅ。ちょっとテンション上げ過ぎたわね」
「…」
ソファーにやや雑に載せていた服を綺麗に乗せ直しながら、るいは呟く。
ここまでの時間は、まるでファッションショーを見ているようで、とても楽しいものであった。
出会った時から魅了されたミィと、デザインには初めから自信のある作品が何度も合わさる。
計十度ほどのそれはいずれもるいが想像している以上に素晴らしいものであり、そのためにるいは時間を忘れて楽しむことになっていた。
だが、全ての試着を終えたことで、舞い上がっていたるいは落ち着き、冷静さが戻ってくる。
「…あれ、なんか忘れている気がするわね」
るいはそこでようやく、自分が何か忘れてミィに試着してもらっていたことを思いだす。
「…なに、忘れてたっけ」
そう呟くるいに、ミィは言う。
「るい。感想…」
「え?…あ」
ミィに言われ、るいは事前に自分が話していた流れ、そして問題を見つけようという本来の目的を思い出す。
そして、自分が舞い上がって暴走気味であったことを遅れて自覚し、申し訳ない気持ちになる。
「…ご、ごめん、ミィ。私、つい忘れてたわ…」
(や、やらかしたわ。幾らミィと作品が合わさるのが良かったと言っても、決めてた流れを一方的に投げるなんて。しかもそれに気づかず最後まで…。うぅ)
ミィは一着着るごとに何かを言おうと準備してくれていたはずだ。
だが、自分は勢いのままにそれを話す時間を与えずに突っ走ってしまっていた。
それを自覚し、るいは軽い後悔に襲われる。
「…ほんと、ごめん」
「ううん。それは別にいいよ」
後悔と申し訳なさに襲われているるいに対し、ミィは特に怒った様子は見せずに言う。
「…後の方が、考え纏まったし。別に」
「…そう?」
「うん。だから気にしないで」
ミィは軽く笑ってそう言う。
るいはそれを受け、数舜のためらいの後頷き、ひとまずこれ以上気にしないことにした。
「…そういえば、纏まったって?」
るいは今しがたのミィの言葉に遅れて反応する。
「あ、うん。感想っていうか…言いたいこと、纏まったから」
「そうなの?」
「うん。だから、いいなら話そうって思うけど…いい?」
それに、るいはすぐに頷く。
「もちろんよ。私のせいで強制的に後回しにさせたし。今ミィが話してくれるっていうんなら、大人しく聞くわ」
「…そう。分かった」
「…じゃぁ。ここまでの総合的な感想…いえ、言いたいことだっけ?ぜひ、聞かせてほしいわね」
「うん…」
ミィはるいの言葉に、どこかためらい気味に頷く。
るいはそんな彼女を見ながら、言葉を待つ。
(どんなことかしらね。言いたいことって…)
ミィはるいの作品を着て何を感じたのか。何を思ったのか。
そこから、自分は問題という物に気づけるのか。
そんなことを思いながら待つるいに、ミィはついに言う。
「ねぇ、るい。るいはなんのために服を作っているの?」
「え…?」
その問いは、るいにとって、思いがけないものであった。




