[第二章:変わる日常、潜む者]その7
「はぁ…。って、前もこんな感じで帰ったわね」
るいはバスを降り、一人家へと向かっていた。
その足取りは、軽いとはとても言えない。
「答えが出れば、こんな気持ちで帰ることもないんだろうけど」
言いながら、るいは自宅へと向かって行く。
その胸の内は、ミィが来る前、ラピラリに問題の存在を指摘された時とほとんど
同じであった。
自分の現状に対し、ため息をつかずにはいられない。
「はぁ…。このままなのは嫌…だけど答えはでない。どうしたものかしらね」
(なにか違うことでもしたりすれば見つかったりするのかしら)
そんなことを思いつつ、るいは自宅の敷地内に入って玄関扉の前に立つ。
そして、今日もパトロールでいない姉に渡された鍵で、扉の鍵を開ける。
「…ミィ、ただいま~」
答えの出ない悩みのため、それまでの数日よりテンションの下がった声でるいは言う。
それに、生返事のような雰囲気の返答が帰ってくる。
『…ぁあ、るい~』
るいは声のした方を見る。
視線の先にあるリビングへの扉は開いており、その奥ではるいの部屋にもある服と[ユレオサエ]による実体化装置がある。
そして、その上で丁度、透けたミィが実体化しようと装置に入ろうとしていた。
るいは一度玄関の隅に荷物を置き、リビングの方を覗き込む。
「ミィ、どうしたの?真昼間に服脱いじゃって。制限時間来てたっけ?」
[ユレオサエ]と服による実体化…膜形成には時間制限があるが、それが昼間にこないよう、また活動中に時間が来、膜が喪失することで支えを失った服と同化することがないよう、[不確定存在者]は[仮定存在者]状態になる時間帯を調整し、時間が来る前に装置で実体化を解除するようにしているのが普通だ。
それはるい達もやっていることであり、彼女らと同じ時間帯で過ごすことになっているミィも同様である。そのため、昼間に制限時間が近づき、実体化を解除する必要に迫られることはないはずである。
また、[幻影魔女]でもない限り必要なく実体化を解いたところで危ないだけであるし、できることは何もない。できることがあるとすれば、せいぜい実体喪失前の名残である寝ることぐらいしかできないだろうし、それは[仮定存在者]状態でもできる。
そのため、この時間帯に実体化を解除する意味は全くなく、るいはミィの行動に首を傾げざるを得なかった。
「どうしたのよ?」
『?別にどうもしてないよ?ただこっちが慣れてるからなんとなく』
ミィはるいの問いに首を傾げ、そう返す。
「そう?…まぁ別にいいけど」
慣れてるというのは、出会った時のように透けた状態で各地を渡ってきたからなのだろうと、るいは思う。
そして、それ以上深堀りする意味もなかったため、るいはその話はやめ、ミィが実体化する様子をなんとなしに見る。
「…う~、ん!」
背伸びをしつつの言葉と共に、装置から出たミィは玄関へ小走りで来る。
恰好は、月音が連れてきたときのものと同じだ。
「るい、おかえり」
ミィはそう言い、るいの手を握ってくる。
「うん、ただいま。ミィ」
るいは帰宅を喜んでくれているミィを見、軽く笑って答える。
ここ数日、るいが学校から帰る度、二人はこんな風にやり取りをしている。
もはや、見た目だけなら完全に姉妹になっていた。
「ミィ、一人だったけど問題とかはなかった?」
るいは靴を脱ぎながらミィに問う。
姉から、この都市に潜む[UCEE]が最近怪しい動きをしていることは聞いている。
彼女ら[守護剣]たちがにらみを利かせることで牽制はしているようだが、それでも犯罪組織たる[UCEE]は未だ、明確に何かのために動いている。そしてそれは、市民にとっては警戒に値するに十分であった。
そのため、学園ではここ数日、下校時の迂闊な寄り道などはしないようホームルームで注意をしたり、生徒の年齢層によっては集団下校をしたりする場合もあった。
街全体もどこか緊張感を持った状態で、日々を過ごしている。
そんな状況であることと、ミィが一度狙われた身であるため、るいと月音はミィの身の安全をある程度気にかけていた。
だが、そう言った状況を受けてのるいの心配に、ミィは首を振る。
「だいじょぶ。危ないのは来なかったし、見なかったよ」
「…そ。ずっと家の中にいてもらってるのがよかったのかも」
るいは安心してふっと笑う。
「ミィが無事でよかったわ」
「うん、るい」
るいの言葉にミィは笑顔のまま答える。
それを見たるいは荷物を再び持ち、自室に荷物を置こうとする。
「うん?扉空いてるわね。締めが甘かったかしら?」
「…ぁ」
ミィがるいの言葉に妙な反応をする中、いつもは閉めている扉が若干開いていることに気づき、るいは今朝のことを思い出す。
(…寝坊して遅れかけたのよね。急いでたから雑に閉めてた気がするわ…)
朝の自分の無様な慌てぶりを思い出し、るいはなんとも言えない気持ちになる。
だが、頭を振って気持ちを切り替える。
それから、ミィに視線を寄こして言う。
「ミィ、私荷物置いて手を洗ったらしばらく勉強するわ。遊びたいとかあるんだったら、夜にしましょ?」
「…え?あ、うん」
「?」
一瞬、何か考え込んでいたかのように反応の遅れたミィに、るいは首を傾げる。
「何?どうかしたの?」
「え、えっと…」
るいに見つめられる中、ミィはなにかを言いたそうにしつつも、遠慮しているのか体をもじもじとさせる。
その様子を見て、るいはさらに首を傾げる。
「ほんとどうしたの?もしかして本当は何かあったの?[UCEE]絡みとかで」
「ううん、それはないの。そういうことじゃ、なくて…」
「?」
ミィは言うか言うまいか迷っているのか、言葉に詰まる。
だが、しばらくるいが急かさず待っていると、決心がついたように言う。
「あの、るい。ミィ、今日るいの部屋の中を見ちゃったの」
「あら、そうなの?」
「うん。扉が開いてたから気になって、入っちゃって」
「なるほどね」
(勝手に見ちゃってごめんなさいって、ことかしら?まぁ、別に見ちゃったぐらいは、別にいいけど)
別にわざわざ隠さなければならないようなことはない。
それに扉を開けて行ってしまったのは自分が悪い。
そう考えているため、るいは特にミィを怒ろうとは思わず、言う。
「別に入って見ちゃったことぐらいいいわよ?怒らないわよ、そんなことじゃ」
(私が怒るとしたらラピラリに煽られた時と理不尽なことされたときぐらいだし)
そう思い、るいは気にするなと言外に示す。
だが。
「…あ、えっと、うん。それはごめんなんだけど、そうじゃなくて…」
「?」
不思議に思って続きを待つるいに、ミィは言う。
「るい。るいの部屋、一杯服があった。…それで、そのいくつかに評価Cとか書かれたタグがあったの」
「…、それは…」
るいは思いだしてしまう。
ミィが見たもの…るいの部屋に保管されている服の幾つかは以前課題で製作し、そして低評価を受けて帰ってきたものだ。
そのことを再三意識することになり、るいは無意識に、荷物を握る手に力が入ってしまう。
そんなるいに、ミィは言う。
「…それでね。そのタグ、握りつぶした跡があったの。…あれって、るいがやったの?」
「…そうね。確かに、握りつぶしたわ」
(悔しさとか、不満とかでね…)
低評価で作品が帰ってきたときのことを思いだし、るいは暗い表情になってしまう。
そんな彼女を見て、ミィは心配そうに言う。
「…ねぇるい」
「…なに?ミィ」
「るいって、何か悩んでるの?」
「え…?」
ミィの言葉に、るいは驚き、目を見開く。
確かに、彼女は悩んでいる。答えを出せず、行き詰り、停滞している。
「そうだけど…」
「…やっぱり。なんだか、タグ全部、力任せっぽく潰してあるから、そんな気がしてた…」
「ミィ…」
「…それに、るい夜に変に唸ってたし。悩み事、あるのかなって」
「…ちょっと待って。え、唸ってた?」
「うん。夜に、『う~ん、う~ん、う~んああっ!』って」
「…部屋から声漏れてたのね」
唸っていたというのは、るいが自室で、ラピラリの言葉から色々と考えていた時のものだろう。
一応小声でやっていたつもりのそれはその実、部屋の壁を貫通してミィに聞こえていたようである。この分では、しばしばいた姉にも聞かれているであろう。
「…そう。ミィに聞こえるような声で唸るぐらい、私悩んでたのね…」
るいは改めて自分の状況を知り、肩を落として呟く。
ミィはそんなるいに、言う。
「ねぇ。るい。るいって…なにで、悩んでるの?」
「え?どうしてそんなこと…」
「知りたいの…いいなら、教えて…るい」
「…」
(まぁ、いっか…)
ミィの質問意図は不明だが、自室の中身と同様、特に隠しておくようなことでもない。
そう思い、るいはミィに素直に打ち明ける。
「…実はね。私[不確定存在者]用の服を作るクリエイターになりたいのよ。それが夢なのよ。そのために今は、学校で授業受けたりしてる」
「…そうなんだ」
「ええ。それでね。ずっと課題で作品出してるんだけど…最初以外ずっと、それは低評価でね。どうやってもそこから上げられない…」
「…」
ミィは、自然と自室の作品に視線を送るるいを、ただ見つめる。
「…現状が変えられないのよ、ずっと。ラピラリが言うには問題があって、それに気づけばって話なんだけど…その答えも分からない」
るいは言う。
「…私は何かがダメで…進めてないの。夢に近づけてない…それで、悩んでるのよ…」
「るい…」
るいは唇をかむ。
再三突きつけられる停滞の現実に、悔しさをその主な理由として。
「…本当に、進みたいのに。どうにかしたいのに…なのにできなくて…」
(…夢に近づきたいのに…)
再び、荷物を持つ手に力が入り、悔しさで震える。
それを、包むものがあった。
「…、ミィ…」
ミィだ。
彼女はるいの手を握り、心配そうにその顔を見る。
そして、言った。
「るい、ミィ、手伝う」
「え…?」
驚き、目を見開くるいに、ミィは言う。
「…ミィ、るいや月音にいろいろしてもらった。優しくしてもらったし、遊んでもらった…初めて、あったかい時間を手に入れられた…。だから…恩返しする…したいの」
「ミィ…」
ミィは言い終わった後、るいをしっかと見てくる。
「…ミィ、服作りとかよくわかんないけど。できるだけのこと、したい…。モデルになるとか、試着するとか、いろいろ。手伝いたいの」
「…ミィ」
「どう、るい…?」
ミィはるいの手を握り、聞いてくる。
そんなミィの様子を見、るいは。
(…嬉しいわね、そんなこと言ってくれるの)
るいは、ミィの申し出を心から嬉しく思う。
(手伝う…試着してくれたりする、か…)
そう思ったところで、ふと、ミィと出会った日の夜に考えたことが、るいの頭をよぎる。
あの幻想的な美と自分の服を合わせたらどんなにいいだろうと、そんな妄想が。
出来上がるビジュアルのことしか眼中にない考えが、頭の中に蘇ってくる。
(…ミィに私の作品を着てもらう。いいわね。今までやっていなかったことだし。そこから何かわかるかも)
そう思い、るいは言う。
「…ええ。ミィ、その申し出、ありがたく受けさせてもらうわ」
「るい…!」
ミィは嬉しそうに笑う。
それにるいは笑い返す。
「お願い、ミィ。私を手伝って」
「うん!ミィ、頑張る…!」
ミィはるいの手をより強く握り、そう言うのだった。




