[第二章:変わる日常、潜む者]その6
「……」
ムーンセイバーが謎の相手を逃がしたのと同日、るいはホームルーム用の教室で空を見ていた。
昼時が近づく今は平日の授業の真っ最中であり、いまなお前で教師がなにかしら喋っているが、るいは授業の内容が好きでないものであることもあって、あまり聞いていない。
しかし、そうしていることの最大の原因はもっと別のことにあった。
(ミィ…)
るいが空を見つめ、考えるのはミィのことだ。
先日、二人はるいのゲームの提案から仲良くなったわけだが、その後も様々なことをするようになっていた。
入浴用ユレオサエ付きの透けた服を着てともに入浴したり、共に家で映画を見たり。他には寝ようとしたり(実体化の時間制限の都合、透けた状態で寝るため、混ざるのが怖いのでミィのその希望は断ったが)、共に様々なことをしていたのである。
そしてそれは、普段るいが月音とやる以上に密度が高く、距離の近い付き合いでもあった。
(…ミィが、私を慕ってくれてるから)
ミィは[UCEE]の構成員から庇おうとしてくれたこと、直接的に逃がしてくれたことに加え、遊んでくれたことや優しくしてくれたことで、るいのことを慕っていた。
まるで妹が姉を慕うような形で、である。それゆえに二人は距離の近い、仲の良い姉妹のような付き合い方をしていた。
(…ほんと、妹ができたみたいよね)
今までは自分が下で姉である月音を慕っていたがために、姉のように慕われることはるいにとって少々不思議な感覚であり、それと共にあるここまでの日々は、るいにとって印象的なものであった。
そして、ミィと笑いあう日々は良い、楽しいものに思えていた。
(…いっそほんとに妹に…なんて)
一瞬、このまま自分たちが引き取り手に、などと思ってしまい、るいは笑う。
…と。
「はぁい。これで昼ですね。授業は終わりですね」
「…あ」
空を見ている間に、昼前の授業が終了する。担当していた羽の生えた[確定存在者]の教師は背伸びをし、そそくさと片づけをし、教室から出ていく。
それを合図に周囲の生徒たちもまた、昼休みを思い思いに過ごそうと教室から出ていく。
出ていくのは、教室以外で昼食を摂りたいというのが[確定存在者]にはあるが、[不確定存在者]の場合は暇をつぶす場所を探したりするためだ。
なんにしろ、生徒たちは各々の目的のため、その七割ほどが教室を出ていく。
残った者たちは昼食を食べたり、本を読み始めたりと各々好きに過ごし出す。
そんな中、また空を見ながら物思いにふけりだしたるいへ、声がかかった。
「るい、今日…というかここ数日妙に身が入らないようですけど、なにかあったんですの?」
ラピラリだ。
彼女はるいの隣の席で自作の二段弁当を開けながら、ほとんど窓の外を見ているるいの様子を見て、不思議に思ったらしかった。
「…ぁあ、うん」
るいは一気に現実に引き戻されたせいか、つい生返事をしてしまう。
その様子を不思議そうに見ていたラピラリは数秒沈黙した後、
「…なるほど」
いつもるいを煽る時の表情を見せる。
「…な、なによ。ラピラリ。その表情。なんか変なこと考えてるわね?」
「…変なこと?ふふふっ、るい。そんなことを言うということは、邪推されるようなことがあるのですわねぇ?」
「な。ないわよっ!」
ラピラリの言葉に、るいは少しヒートアップして言う。
その様子にラピラリは楽しげに笑い、
「言えたものではない、恥ずかしい事が」
「ないわよっ!ラピラリは私のことなんだと思ってるのよ!」
「…ふっ、そんなの、言わなくてもわかるでしょう?」
「分かるかぁ!」
そう、勢いよく立ち上がってツッコむるいを見て、ラピラリは少しの間笑う。
それから。
「…さて、るい。冗談はこれくらいにして、実際どうしたんですの?授業…さっきの科目はいつも、その傾向が若干ありましたけど…聞いていなかったじゃありませんの?」
「…ぐ。ま、まぁそうだけど」
「…まさか、補習を受けてる状況で、このタイミングで勉強を投げ出そうと…!?」
「違うわよ!そこまで不真面目でテキトーなつもりはないわよっ!」
(真面目かというと、微妙なとこかもだけど…)
などと、自分のことを振り返って一瞬思いつつ言うるいに、ラピラリは首を傾げる。
「なら、どうしたんですの?」
「…それは」
聞かれて、るいはここまでの数日のことを思い出す。それからラピラリに話始める。
「…前、私と一緒にいた[不確定存在者]のちっちゃい子、いたじゃない?」
「…ああ。るいの家に滞在しているという…ミィちゃん、ですわよね?」
腕を組み、思い出しながらラピラリは言う。
彼女には、ミィが引き取り手が見つかる前でるいの家に滞在していることは既に伝わっている。
「ええ、そうよ。それで、ちょっとあの子と一緒にいるときのことを考えていたのよ。楽しかったから」
「…そんなに楽しいですの、あの子との時間?」
純粋な好奇心から聞いてくるラピラリに、るいは答える。
「そうね。なんだか妹ができたみたいだし。後は今まで家で一人だったから、ミィがいてくれて嬉しいのかも」
「なるほど」
納得した様子でラピラリは言う。
「…ふふっ。そんなにるいが気に入った相手なら、わたくしもちゃんと会ってみたいですわね」
「え、な、なんでよ」
「ライバルの情報収集ですわ。それに、単純に興味もありますし」
ラピラリはおかずの半分を食べきってしまう。
「…るい、無理にとは言いませんけど、機会があったら紹介してくれません?」
「…まぁ、ミィが嫌じゃないっていうなら。機会があればね。まぁ、ミィもいつまでもいるわけじゃないだろうから…」
そう言ったところで、一瞬寂しさを感じる自分にるいは気づく。
(…結構、好きなのよね。あの子の事)
などと自分に対して思いつつ、るいはラピラリに言う。
「近いうちにね」
「そうですの。ではその近いうちの機会を楽しみにしていますわ」
ラピラリは笑ってそう返す。
彼女はそこで両手をパンッと合わせ、彼女は話題を変えにかかる。
「ところでるい。ミィちゃんのことはそれはそれでいいとして、わたくしが前言ったことの答え、見つかりましたの?」
「前、言ったこと?」
「服作りの事ですわ。問題があるって、言いましたわよ」
「あ、ああ。それね…」
確かに一週間前、彼女はラピラリより問題を抱えているとの指摘を受けていた。
それを思い出し、るいは一気に気分が重くなる。
「…」
「…その様子だと、どうやら何が問題なのかの答えは、未だ出ていないようですわね」
「…ええ。悔しいけどよくわかんないわよ。一応、何度か考えたけどね…」
ミィとの日々の中、るいは自分の問題という物を何度か考えた。
しかし、その答えはいくら考えても分かりはしない。
るいは未だなお、現状から進むことはできていなかった。
「…どうにもなってないわ」
「そう、ですのね」
どこか残念そうなラピラリの言葉に、るいは言う。
「…呆れた?」
「いいえ」
ラピラリは首を振る。
「まぁ、まだあなたが進めていないのは残念ですけど。でも、考えたというのなら、やる気はあるのでしょう?」
「…それは、そうだけどね」
夢に向かって進めていない現状を、るい自身どうにかしたいとは思っている。
だからこそ、色々考えている。問題に気づこうと頑張ってはいる。
ラピラリの言う通り、やる気はあるのだ。
「なら、まだ呆れるには早いですわ」
ラピラリは続ける。
「…問題点の自覚なんて、そんなほいほいできるなら苦労はしませんものね。時間が多少かかるのも当然のこと」
実感がこもった様子で、ラピラリは言う。
「あなたにやる気がある限りは、呆れたり責めたりはしませんわ。わたくしは期待して待っていますわ」
最後の方をあえて笑顔で言うラピラリに、るいは苦笑する。
「…そう。まぁ、やっては見るわよ。あんたの言う通り、やる気はあるからね…」
るいは気が重くなる中、ラピラリにそう言う。
(それにしても。私の問題って本当に、なんなの…?)
そんな内心の呟きは、誰にも聞かれずに宙に溶けた。
▽ー▽
[フォレスト・アラヤ]の地下の一角。
都市開発初期につくられ、構造が複雑すぎるそこにはこの都市に潜む[UCEE]の秘密拠点の一つが存在した。
特定の手順を踏むことでのみ入れ、彼ら自身正確な位置を知らないそこの規模は、中規模の商業施設ぐらいだ。
拠点内に点在する倉庫にはあちこちからくすねてきた資材や食料、装備などが蓄され、それ以外の場所では装備の整備や制作が行われ、娯楽室では構成員による遊びが行われている。
そんな場所にある部屋の一つで、ブイラドは以前彼らを迎えたクヅクドという男らに言う。
「すぐ、見つかると言う話だったが?」
ブイラドは苛立ちを露わにして言う。
「一体どうなっている。奴はいつ見つかる」
「いやね、ええ。最近[守護剣]や警察の連中がにらみを利かせていてね。上手く探すことができていないんだよ」
ここ最近、彼らはある[不確定存在者]を探し、都市に下位の構成員を何人か放っていた。
それが、ムーンセイバー達が遭遇した構成員たちだ。
彼らは幾らかのグループとなって[フォレスト・アラヤ]中を歩き回り、捜索対象を探し出そうと躍起になっていた。
だが、ムーンセイバーらのパトロール活動によって彼らは思うように行動できず、今なお成果を出せずにいた。
「…なんとかなると言っておきながらこの体たらくか。ふん、全く…」
ブイラドは結果を出せないクヅクド達に対し、苛立ちを隠さずに言う。
それから、続けて言う。
「…あちら側に囚われた奴もいるらしいが。この拠点の情報が漏れたりしていないだろうな?」
「…はは、ダイジョブさ。地上で動いているやつらは、別の使い捨て拠点を使ってる奴らだ。通信で指示を受けているだけで、この本拠点の場所はそもそも知らない。万が一警察の尋問に屈しても、話しようがない。だから[守護剣]も、この都市の警察も、使い捨ての小拠点しか潰せていない」
「…本当だろうな」
疑いの目を向けるブイラドに、クヅクドは言う。
「ああ、そこは信じてくれ。そこまで僕たちは間抜けじゃないさ。でなきゃ、とっくに[守護剣]共にここも見つかって、壊滅させられてるさ」
「…ふん、どうだかな」
ブイラドは疑いの目を向けながら鼻を鳴らす。
だが、ここまで無事に潜伏できていることから一応納得したのか、それ以上は追及しない。
「…まぁいい。とにかくだ、クヅクド。必ず奴は見つけろ。そして俺の前に連れてこい。必ず、必ずだ」
「ああ、それは勿論だ。奴を…[幻影魔女]を殺すのは僕たちのメイン目標なわけだからね」
クヅクドはブイラドの言葉にそう返し、相変わらずのくたびれた雰囲気で笑う。
それにクヅクドは再び鼻を鳴らし、
「…失敗は、ないぞ」
念を押すように強い口調で言い、その場を後にする。
(…必ずだ、必ず殺す)
ブイラドは拠点内を歩きながら思う。
(俺の家族を殺し、こんな体にせざるを得ないようにした[幻影魔女]は、削除する…!)
個人への怨恨が暴走し、もはや関係のない[幻影魔女]や、[不確定存在者]まで憎むようになった彼はその身に制御しがたい怒りを宿し、歩いていく。
[幻影魔女]を殺す、そのためならどんな被害も厭わない残虐にして身勝手に落ちた道を、進んでいく。
その狂ってすらいる歩みをとめるものは、[UCEE]内には一人としていない。
▽ー▽
『…わぁ』
るい達の家で、ミィは呟く。
透けた状態の彼女は、若干開いた扉からある部屋を覗いてる。
それは、リビングでるいや月音と話すことが多いために、ミィが入った事のないとある一室だ。
『服がいっぱい』
部屋には多数の衣服と裁縫道具が置かれている。
そのの持ち主が何をしているのかが明確なそこは、るいの部屋だ。
戸締りが甘かったためにその部屋の扉は若干開き、中の様子を僅かに見せている。
それにたまたま気づいたミィは、るい達姉妹が居なくて暇だったためになんとなく中を覗いているのだった。
『るい…』
少々特殊な部屋の光景を、ミィは不思議そうに見まわす。
それから彼女は、壁に掛けられた服を見る。
『…』
露出が多い煌びやかな一着だ。
[不確定存在者]が着るとすれば膜形成に多大な影響を与え、また非常に動きづらそうなそれは、デザイン性のみを追求していることが、見る者には容易に伝わる。
そして、そんな一着の襟元にはあるタグが付いていた。
なんとなく気になったミィは、扉はそのままに飛んでいき、そのタグを見る。
『…これって』
ミィの手と同じくらいの小さなタグ、そこには≪評価:C≫という文字が書かれている。
それを見た彼女は、またあることに気づく。
Cの評価が書かれたタグに、握りつぶしたかのような跡があることを。
そこに、やった者の苦悩のようなものを読み取ったミィは、タグから顔を上げ、部屋を見回す。
部屋にはよく見れば、幾らか似たようなタグが付いた服が幾らかかけられている。
勿論、それらに書かれた評価はいずれも良いものではなく、うち幾らかには最初の者と同じように握りつぶしたと思しき跡があった。
『…』
低評価が書かれ、握りつぶされもしているタグのついた服のある空間。
それに、ミィは何かあることを感じ取る。
部屋の持ち主であるるいに、何かがあることを察する。
そのせいか、ミィは自身でも気づかぬうちに呟いていた。
『るい…』
実の姉のように慕うようになったるいのことを心配して。




