[第二章:変わる日常、潜む者]その5
ミィがるいと月音の家にやってきて一週間。
都市警察と[守護剣]は、通常時より警戒感をあらわにし、都市のパトロールを連日行っていた。
その理由は、ミィとるいを襲った[UCEE]の構成員の存在だけではない。
数日前に伝わってきた、都市の空中艦の港へ闇の中密かに現れ、去っていた空中艦の情報が今の動きの主な理由だ。
隠密性を重視し、一切の許可なく港に侵入したその艦が誰かを降ろし、迅速に去っていった。その様子が、港に設置された監視カメラに記録されていたのである。
そしてカメラの記録映像に映る、降りた誰かは[UCEE]の代表的な構成員の一人である機械の男、ブイラドに似ていた。
警察と[守護剣]はその情報から、近々都市に潜伏する[UCEE]の一集団が何か動きをするのではないかと警戒し、こうして連日協力して都市内のパトロールを行っていたのである。
そんな中、ムーンセイバーは都市の旧区画において怪しげな者達を発見していた。
「……」
三階建てのガラス張りの廃ビルの窓枠に足をついたムーンセイバーは二つの廃ビルの間にある薄暗い空間を見る。
その視線の先には、怪しげな三人の黒ずくめの姿があった。
恰好は先日ムーンセイバーが捕まえた黒ずくめと少し似ており、いずれも布で撒かれた[不確消去剣]を腰に刺し、その柄を僅かに露出させている。
多少隠す気はあるようだが結局は少し見えているその武器によって、彼らが[UCEE]の構成員であることは明白であった。
そんな彼らの様子を、付けたバイザーで拡大してムーンセイバーは見る。
(…一体、何を…)
黒ずくめの男たちは、まるで何かを探すように先ほどからあちこちをせわしなく見回している。
[不確定存在者]の悪意と敵意から、下っ端ほど[不確定存在者]をただ襲うだけの傾向が強い彼らにしては妙に落ち着いていると言うか、明確な目的が感じられる行動だ。
恰好の時点で既に怪しいが、その行動はさらに怪しい。
(何を考えているのか。それは分からないです、けど。…でもなんにしても)
[UCEE]の構成員を放っておくわけにはいかない。
そう思ったムーンセイバーは窓枠を蹴り、空中で一回転。その後、道を行く三人の背後にほとんど音もなく着地し、腰の装甲裏より取り出していた剣を構える。
そして、すっと立ち上がり、言った。
「…そこの黒ずくめ、止まりなさい」
「なにっ!?」
黒ずくめ三人組の中央にいた一人が振り返り、左右もそれにつられて振り返る。
「な、[守護剣]…!」
「いつのまに…!」
黒ずくめたちは剣先を向けるムーンセイバーに驚きと焦りの声を上げる。
それをバイザーの奥から見ながら、彼女は淡々と告げる。
「[UCEE]。あなたたちが何をしようとしているのかは知りませんが、ただちにやめ、投降してください。素直にそうすれば、傷つけずに警察に引き渡しましょう」
「なに…!」
ムーンセイバーの警告に、男達は口々に言う。
「…馬鹿が、捕まってやるわけがないだろうが!」
「あたいたちは捕まって時間を無駄にするわけにはいかないんだよぉ!」
「アレを見つけなきゃいけないんだからね…!」
(アレ…?)
ムーンセイバーがそう思った直後、男たちは彼女に背を向けて脱兎のごとく逃げ出す。
『逃げるが勝ちだ…!』
「む、逃がすとでも…?」
『逃げ切ってやるんでだよぉ!』
そう言って、男たちは全力疾走してムーンセイバーから距離を取ろうとする。
「無駄だと、言っておきます」
直後、ムーンセイバーは跳躍。
剣は空中にいる間に腰にしまい、動きやすい手ぶら状態となってバラバラに逃げようとする男たちの正面に着地する。
「な…」
距離を取ろうとしたのに対し、逆に急に詰められたことで男たちは動揺する。
「繰り返します。投降しなさい」
「するかよっ!」
言った直後、中央にいた男は地面に球のようなものを叩きつける。
それは地面にぶつかった直後、割れて煙を一気に放出する。
煙幕だ。
(これで逃げ切ろうと…?)
ムーンセイバーは煙に視界を遮られながらそう思う。
実際、男たちの足音がどんどんと遠ざかっていくのが分かる。
煙は濃く、視界は悪い。普通なら、これだけで足止めには十分そうに思える。
だが、[守護剣]には効かない。
「…無駄です」
言って、ムーンセイバーは足音のする方へ疾走を開始、すぐに煙を抜ける。
「馬鹿な!」
一人が追いすがるムーンセイバーに驚きの声をあげる。
それを受けた他二人は迎撃の覚悟を決めたのか足を止め、懐から出した銃でムーンセイバーを狙う。
「死ね!」
「邪魔者が!」
瞬間、二つの銃弾が空を裂き、直進するムーンセイバーに迫る。
(避けられる軌道、です…!)
思うより早くムーンセイバーは身を捩って最低限の動きで銃弾を回避する。
『馬鹿な!?』
驚く三人の前に、ムーンセイバーは再度迫る。
そして、言った。
「攻撃するなら、制圧させてもらいます」
『!?』
直後、ムーンセイバーは正面の一人の鳩尾に拳を一発いれ、
「こんのぉぉ!」
咄嗟に殴りかかる右の一撃を身を捩って回避し、顔面に一発入れ、
「くそがぁぁ!」
同じように殴ろうとした左側に対し、その場で足を軸に身体を捻って回避し、その動きに乗せて蹴りを叩き込む。
「がぁぁ…!」
そうやって、ムーンセイバーは瞬く間に三人の[UCEE]構成員を戦闘不能にした。
「…くそ…[守護剣]め…」
他が気絶した中、蹴りを入れられた一人だけはムーンセイバーを見上げて悔しげに呟く。
「…探す邪魔を、しやがって…」
その言葉の直後、男は気を失う。
「…終わり、ましたね」
他二人も反撃してこないことを確認したムーンセイバーはほっと息をつく。
「…しかし」
構成員を縛る準備をしながら、ムーンセイバーは呟く。
「彼らはいつもの構成員と違って誰かを襲うことを目的としていなかった。何か、あるいは誰かを探していた。…それは一体」
(今までは散発的に、ただ[不確定存在者]を襲うばかりでそんな動きはなかったのに…)
最近都市に侵入したと思われるブイラドのせいなのだろうか。そんなことを思いながら、ムーンセイバーが一人目の拘束をしようとする、そのときであった。
「これが[守護剣]。…なら、エクスロス」
「!?」
突如、少女のものに思える、平坦な声が聞こえる。
同時、その形を僅かに変えながら、先ほどムーンセイバーが足場とした廃ビルの上から彼女に向かい、何かが跳躍する。
「試してみる」
ムーンセイバーは剣を構え、頭上を見上げる。
その視線の先、陽を背に小柄な身をボロ布で包み、白い髪をなびかせた何かが、来る。
「……クロスセイバー」
そんな言葉とともに、何かは両手に片刃の剣を握って、ムーンセイバーへと振り下ろす。
その一撃を、彼女は背後への跳躍で以て回避。
地面に斬撃があたり、鋭く鈍い音が鳴り響く。
「…避けた。中々の者」
言って、何かは剣を振り上げ、地を蹴る。
ムーンセイバーに今度こそ攻撃を当てようと接近してくる。
「…はっ!」
しかし、ムーンセイバーも無防備ではない。
着地後に剣を再び持った彼女は何かの攻撃に対し、自らも攻撃を繰り出すことで対抗する。
二つの剣が激突する。
「…中々の反応」
「…そう、ですか…!」
二つの攻撃の力が拮抗する。
それを感じ取ったムーンセイバーは押し切ろうと力を加える。
だが、相手はあえて脱力することでムーンセイバーをつんのめらせようとする。
「っ!」
相手の意図を察知したムーンセイバーは剣の軌道とは逆向きへ、半ば無理やり体を動かし、たたらを踏みながらもバランスを崩すのを回避する。
そこへ間髪入れずに相手が剣で左半身へ刺突しにくる。
ムーンセイバーはそれを腕をあげることと身を捩ることで回避、右の剣で相手を殴ろうとするが相手は頭を低くして回避する。
直後、二人は互いに距離を取り、体勢を整え、再び何度か剣戟を交わす。
それが五分ほど続いた後、跳躍して距離を取った相手は、ムーンセイバーを見て言う。
「どうやら現状では五分。勝てないというもの」
「…」
剣を構えたまま、ムーンセイバーは相手に問う。
「あなたは一体誰、です?」
「…」
謎の相手はそれには答えない。
ただ、正面からムーンセイバーを見るだけである。
「…」
ムーンセイバーは沈黙する相手をゆっくりと見る。
声からして少女と思しき相手の顔は布が巻かれていることで緑の右目と、赤く光る左目、それと僅かに覗く白髪しか見えない。
だが、その下には白い局所的な装甲を纏い、黒いインナーに覆われた少女の如き細い体があった。
一見貧弱そうだが、決してそんなことはない事は、ムーンセイバーはいましがたの攻防で理解している。
故に一切油断せず、相手の出方を窺っていた。
…そんなとき、相手がふと口を開く。
「…[守護剣]。質問がある」
「…?なんですか?」
ムーンセイバーは、警戒は怠らずに聞き返す。
(何のつもりでしょう。ひとまず様子見です)
そうムーンセイバーが思う中、質問を許可されたと判断したのか、相手は再び口を開く。
「…[守護剣]は、この都市を、そしてここにいるものを守る?」
「…はい。それが[守護剣]ですし」
(そうすることが、るいを守ることにも繋がるのですから)
思い、なお警戒は緩めずに言うムーンセイバーを、相手はしばらく無言で見つめる。
「……。そんなに、守りたい?」
「…当然、です」
仕事であり、なにより妹を含めた[不確定存在者]を危険にさらす[UCEE]から彼女らを守ると言う強固な意志の元に、ムーンセイバーは答える。
それに相手は再び沈黙する。
そして。
「…不思議なもの。本当に」
「何がですか?」
聞き返す、ムーンセイバーに、相手は一言だけ返す。
「…皆の意思」
「…?」
相手の発言意図が分からず、少し困惑するムーンセイバー。
そんな彼女の様子を、相手は気に留める様子はない。
「…もういい。勝負も付きそうにないし、全力を出すべき場でもない。これ以上、やる気はない…」
背を向ける相手に、ムーンセイバーは一歩踏み出し、逃げる気ですか、と問う。
相手はそれに頷きつつ、
「ああ、一つ言っておく」
「…なんです?」
眉を顰めるムーンセイバーに、相手は言う。
「…一応、お父さんの邪魔は、しないように」
「…お父さん?」
その言葉にムーンセイバーが一瞬困惑した隙を突き、相手は走り出す。
「それじゃ」
「っ!逃がすとでも…!」
「でも、逃げる」
淡々と言って逃走する相手を、ムーンセイバーは追おうとする。
だが、一分もしないうちに相手は旧区画を通り過ぎ、都市の雑踏の中に消える。そうして声も気配も何もかも、なくなってしまった。
「…逃がし、ましたか」
ムーンセイバーは、活気のある通りに立ち、呟く。
「…一体、今のは…」
正体不明の襲撃者。
その存在にムーンセイバーは混乱する。
(あれは[UCEE]の構成員だったんでしょうか。あるいは別口…?)
答えはない。
それを知る者は、既にこの場を去っている。
故にこそ、ムーンセイバーは答えの出ない思考をひとまず打ち切る。
「ここで考えても分かりません。とりあえずは拘束した三人の引き渡しです。それから、今後のことを…」
言いながら、ムーンセイバーは転がった状態の構成員三人を回収する。
そして、彼らを抱えて古びた町の中を走り出す。
(…しかし、この都市に何が起ころうとしているんでしょうか)
妙な動きの[UCEE]や、ブイラドの侵入、謎の襲撃者などの情報から、今後の行く末に一抹の不安を感じながら。
▽―▽
「…みんな不思議なもの。理解しがたい」
ムーンセイバーに襲い掛かった少女…タイプスは、都市の雑踏の中、呟く。
(…邪魔者を排除するためにつくられた、幼い自分には。けれど)
思い、少女は続きを言葉に出す。
「とりあえずやる。やることは。今はそのつもり…」
その小さな呟きは、人々の雑踏の中、溶けるように消えた。




