44・予想すること
俺はブガタリアの王宮に戻って来た。
ヴェルバート兄様の二十歳の宴まで、あと数日。
王宮は準備でバタバタしている。
俺は病み上がりだったせいもあって、ツデ国から戻ってからしばらくは離れで安静を言い渡された。
「お帰りなさいませ、コリル様」
先に戻されていたギディは機嫌が悪い。
仕方ないだろ、俺には俺の、ギディにはギディの仕事ってもんがさー。
「私の仕事はコリル様のお世話なんですが?」
睨まれちゃった、テヘッ。
翌日、俺は朝からエオジさんに説教をくらっている。
「まったく、お前は自分が無茶をしたという自覚はないのか」
居間のソファに座らされ、対面にエオジさん、後ろにズキ兄がいる。
ズキ兄、こんなとこまで警護しなくて良くない?。
ここは危なくないよ。
「高熱で倒れて、熱が引いた翌日にテルーで飛び出して、魔術師とやり合って。
しかもそのまま他国へ行って、治療師の手伝いにヴェズリア様の外交の手伝いまで。
一国の王子が何やってんだ」
思ったよりゲキオコである。
それって、戦闘に参加出来なかったからじゃないよね?。
うーん、気持ちは分かるんだけどさ。
「エオジさんも皆んなも、心配してくれるのはうれしい。
だけど、俺はもう子供じゃないんだ」
十七歳になっても童顔で子供っぽいのは大目に見て欲しい。
体格は同年代と同じくらいには成長したはずだ。
思い付きで動くのも良くないのは分かってるけど。
「俺はやっぱり自分の判断で動きたい」
三年前の傷に手を当てる。
次に輪廻の神様に会う時は、俺はちゃんと笑っていたいんだ。
「もう後悔しないように気を付ける」
エオジさんは複雑そうな顔だったけど、一応、ゲンコツは一発で済んだ。
その夜、俺はギディに報告というか、尋問を受けていた。
側にいない間に何をしていたか、ずっと説明させられている。
「でもあの場合は、グロンよりテルーのほうが適任だったんだから仕方ないだろ」
「テルーなら、もう一人ぐらい乗せても飛べるでしょう!」
エオジさんと双子公子、それにパルレイクさんもいるけど、皆んなは見物を決め込んでいる。
「ギディを連れて行ったとして、グロンはどうするんだ。
あれは俺かギディじゃないと操れないぞ」
あいつは弟たちの中で一番強くて気が荒い。
「ソ、ソミエラ嬢が何とかしますよ」
ギディの声が小さくなる。
「彼女にグロン一家三体を押し付ける気か?」
「それはー」
モゴモゴとギディが口籠もり、不毛な尋問は終了だ。
ちょうど良いタイミングでクオ兄がお茶を淹れてくれる。
秋の始まり、夜はだいぶ過ごし易くなってきた。
ギディの追求が終わったとみてパルレイクさんが話し始める。
「コリル様、小赤を取り返していただき、ありがとうございます。
やはり多少弱っておりましたので、今はヒセリアが付きっきりで回復させております」
俺はお茶を飲みながら頷く。
魔石入りの小瓶に移し替えたとはいえ、慣れない移動で小赤もびっくりしただろう。
「まあ、無事で良かったよ」
あれは本当にヤバかった。
俺は大きく肩で息をする。
「しかし、コリルは甘いな」
エオジさんが眉を顰めて俺を見る。
「そこまでされて、何故、半殺しにしてでも連行して来なかったんだ」
他国の商人、文官といえど、正式に招待されている他国の王族が相手である。
窃盗、隠蔽、その上いきなりの攻撃。
何をされても文句は言えない。
「だよねー。 僕だったら切り刻んでるよ」
ズキ兄、想像しただけでも怖いからやめて。
俺としてはザッジを捕まえられたし、小赤も無事だったんだから、それで良いよ。
甘いと言われれば、当然、甘いから仕方ないけど、余計なケガや怨みを買うのは御免だ。
「罪を憎んで人を憎まず、だしな」
「あ?、なんだって?」
小さく呟いたらエオジさんに聞かれたっぽい。
「どういうこった、そりゃ」
うーむ、エオジさんもこの件に関しては怒ってるぽいなあ。
いつもなら聞き流してくれるのに。
「えっと、窃盗や傷害は確かに罪だし、それは分かってる。
だけど、そんなことをした人間には色々と事情もあるだろうし、それによっては許しても良いと思うんだ」
誰でも罪を犯す可能性がある。
自分だってそうだ。
「例えば、大切な人を人質に取られて仕方なく相手を傷付ける。
生きるためにはパンを盗まないと死んでしまう。
それはそれで罪を犯しているけど、その人自身には理由がある」
戦争なんかが一番大きな問題で、どんな善良な人間でも殺人者になる。
「国のため、民のため。 正当化する理由なんて後付けだよね」
『命令』され、『自分がやられる前に』、『仕方なく』
「人を殺した罪は憎んでも憎み切れないけど、そんな人たちまで憎むのは違うと思うんだ」
「コリルは、三年前の事件でも刺した相手を恨んでいないと?」
エオジさんの顔が怖い。
「うん。 はっきり言って、顔も名前も覚えてないよ。
あれはヤーガスアの暴動という罪だから、それに対しては怒りを感じるけど、本人は煽られ、思い込まされての行動だろう?。
それに、もう死んでしまってるし」
護衛の兵士に斬られたからね。
その犯人はもう記憶を消されて輪廻の輪に組み込まれているはずだ。
「もちろん、誰でも許して良いとは思ってない。
何度も繰り返したり、あまりにも悪質なものは、事情を考慮しても許せないことはあると思うしね」
「そ、それじゃ」
いつもは聞き役のクオ兄が珍しく口を開いた。
皆んなの注目を集めてしまい、お茶を溢しそうになる。
カップをテーブルに戻して、改めて話し出す。
「その、コリルが罪は憎んで人は許すなら、どうしてヤーガスアの王女を連れて来たの?」
真剣な目をしている。
俺はズキ兄から、クオ兄が『王女タラリヤ』を気にしていると聞いていた。
「あー、彼女は保護したかったんです」
「保護?」
クオ兄が首を傾げる。
「暴動の時のように、人は簡単に自分に都合の良いことを信じ、それが正義だと錯覚する。
彼女がもし、ヤーガスアの過激な活動家に目を付けられたら、また王女にされる危険があると思う」
俺がそう言うとエオジさんが訊いてくる。
「でもそれじゃ、ブガタリアにいるほうが危険じゃないのか?」
今現在、ヤーガスアの難民の一部はブガタリアの王都の外れに住んでいる。
その中に彼女が王女だと知っている者がいるかもしれない。
「俺としては、彼女にはかわいそうだけど、死んでもらってー」
ガタンッとクオ兄が椅子を倒す勢いで立ち上がる。
「な、なんでっ」
「落ち着け、クオ。 話は最後まで聞けよ」
顔を真っ赤にして怒りを顕にしたクオ兄を、ズキ兄が肩を叩いて座らせた。
料理以外でクオ兄がこんなに感情を見せること自体が珍しい。
これは案外上手くいくかもしれない。
俺はゆっくりお茶を飲みながら、クオ兄が落ち着くのを待つ。
ズキ兄が俺の顔を見て頷いたので、俺も頷いて話し出す。
「誤解しないでね、死んでもらうっていうのは『タラリヤ』という王女だから。
さっきも言った通り、彼女自身に罪はない。
だから、公には『タラリヤ』は死んだことにして、彼女には別人として生活してもらおうと思ってるんだ」
俺が気持ち悪い思いをさせられたのは『タラリヤ』という名前の魔道具に他ならない。
「あ、ああ、そういうことか」
今度は恥ずかしさで赤くなるクオ兄。
「それで、ここからが皆んなに相談なんだけど」
俺は皆んなに、一人で抱え込むなってさんざん言われてるからね。
「生まれ変わった彼女をこの離れで預かるとして。
誰かが面倒見なきゃいけないんだ」
監視とまではいかないけど、出来るだけ近くにいて、何でも話してもらえるような関係が望ましい。
何かあったら、すぐ対処しなくちゃいけないからな。
「誰か心当たりは?」
全員がクオ兄を見た。
「決まりだね」
俺はファーッと欠伸をしながら立ち上がる。




