45・忙しいこと
「え?、えっ、ちょっ、まっ」
俺が部屋へ戻ろうと歩き出すと、クオ兄が服を掴んできた。
「な、なんで、そんな」
「あー、結論は急がないよ」
今、彼女は離れの一室に軟禁状態ではあるが、特に何かされているわけではない。
「俺としては、クオ兄に身元引受人をお願いして、しばらく厨房で補助でもやってもらえばいいかなあと思ってるけどね」
離れの中だけなら自由に動いて構わない。
その代わり、保証人は彼女から絶対に目を離さないこと。
誰かが訪ねて来て、それが例え王宮に勤めている者であっても、彼女との接触は出来るだけ避けること。
「それさえ守ってくれれば良いよ」
「ま、守れないときは?」
俺は「うーん」と考える。
生涯牢暮らしが一番楽だけど、結局それは悪手だろうと思うので口には出さない。
俺はチラリとズキ兄を見る。
どこまでクオ兄が本気なのか、分からないからだ。
「彼女を連れて来たのは俺なので、二人で国外追放でもされますかね」
俺はヤーガスアの火種に成りかねない彼女を自由には出来ない。
それが原因で、俺の大切なこの国を壊されたりしたら嫌だから。
手元に置いて、安心して任せられる誰かに監視させたいと思っている。
「コリル、以外の誰か、で良い、のか?」
クオ兄の言葉に、俺の視線の先で笑顔を消したズキ兄が頷く。
俺はポンポンとクオ兄の肩を叩いた。
療養明けからの俺はとーっても忙しくて、また死にそうになっていた。
やらなきゃいけないことが多過ぎて、王宮と離れを走り回っている。
「コリル様、王宮から宴の予行練習に来て欲しいと」
ギディが俺の後ろを早足で追いかけて来る。
「分かった、後で行く」
今は祖父様のところに、小赤の件で問い合わせが殺到して困ってるというので向かっているところだ。
「コリル、ヴェルバート様が用があるから来いって言伝だ」
エオジさん、それ、夜で良くない?。
「コーリールー、クオがコメのことで聞きたいことがあるってよ」
うがっ、今一番やりたいことだけど、「あーとーでー」とズキ兄に答える。
グロンに騎乗して王城の南門を出る。
祖父様の店に着くと、すぐにギディの父親のホーディガさんが出て来た。
「殿下、こちらへ」
グロンを預けて店内に入ると、奥へと案内される。
「お祖父様、お久しぶりです」
「おう、コリル。 挨拶はいらん、これを見ろ!」
スキンヘッドに濃い肌の色、年齢に合わないゴツい肉体のマッカス商会長。
ブガタリア民族一番の派閥を持つ部族長で、俺の母さんの父親だ。
「うわっ、多い」
机の上に積み上がっているのは手紙の束だ。
「お前、いったい何人に売り込み掛けたんだ」
呆れたようにため息を吐かれたけど、俺が小赤を渡したのはヤーガスア領主と見舞い客数名である。
パラリと祖父様が一つを取り出して見せてくれた。
「ヤーガスアの宴で見た小赤の水槽が欲しいそうだ」
あー、見舞い客だけではないんだな。
ある意味売り込みは成功したということか。
だよね?。 効果あり過ぎだけど。
「返信をしなくてはなりません。
どうなさいますか?」
祖父様の片腕のホーディガさんが訊ねてくる。
「学校の子供たちを使って小赤専用の顧客名簿を作りましょう。
定型文は俺が書きますから、字のきれいな方を数名雇って一気に書いて送ってしまったほうが良いと思います」
何せ、ブガタリアは冬になると雪で人や物の往来が止まる。
その前に出さなきゃいけない。
「分かりました。 学校に依頼を出します。
字の美しい者には心当たりがございますのでお任せを」
俺が頷くと、祖父様も頷いてくれた。
お茶に誘われたが、何せ俺は忙しい。
申し訳ないが遠慮しておく。
「小赤についての質問をまとめておいてもらえれば、こちらの飼育員に返答を書かせますので」
グロンの元に向かいながら話を続ける。
「おお、ありがとうございます、助かります」
飼育方法についてはパルレイクさんから渡してもらっているが、初めて飼う者にとってはすべてが謎。
トンチンカンな質問も多いらしい。
ヒセリアさんに回してしまおう。
俺は再びグロンで王城内に戻る。
「あれっ、ソミエラ?」
グロンを厩舎に戻そうとしたら、厩務員見習いの美少女ソミエラがいた。
「殿下、お邪魔しています」
「何かあったのか?」
「いえ、そうじゃなくて、今日は見学なんです」
そろそろ学校を辞めて働き口を探す年齢になったらしい。
この国じゃ、明確な入学や卒業というものがなく、皆んな適当に入って学び、自分が納得すれば辞めていく。
彼女のお目当ては王宮の厩舎かな。
「そうか、しっかり見ていけ」
俺はゆっくり話も出来ずに王宮に向かう。
王宮に入るとギディが追いかけて来た。
「ハアハア、コリル様、お出かけになるときはあれほど声を掛けてからとお願いして」
「あー、すまん。 それどころじゃなかったからさ」
ギディ自身も色々と忙しいのは分かっているから、あまり負担をかけたくなくてさ。
国内なら俺ひとりでも問題無いと思うしね。
ヴェズリア様の執務室の前で取り次ぎを頼む。
「どうぞ、お入りください」
部屋に入ると、すぐに打ち合わせに入る。
「二十歳の式典はかなり豪華になると聞いていますが」
ヴェズリア様も少し疲れてるな。
「ええ、警備の問題もあるし、他国からの要人がどれだけ来るのか、まだ分からないのよね」
宴の規模は客の数で決まる、といえる。
「貸し出せるゴゴゴは数に限りがありますからね」
西と東にある国境の砦に来客用ゴゴゴを待機させて、馬車で来た客にはそこで乗り換えてもらう。
招待客にはその旨を伝えてあるが、侍女や護衛を大量に連れて来る一行は必ずいる。
「学校の厩舎からも使えそうなゴゴゴを出してもらいましょう。
ギディ、厩舎にソミエラが居たから、彼女に伝えてくれ。
騎乗訓練が十分でない個体は御者に助手を付けて対応するように」
「はい、承知いたしました」
ギディが出て行くと、今度はパルレイクさんが入って来た。
「失礼します。 会場に小赤の水槽を設置する件ですが」
ヤーガスアでやった展示用水槽を今回もやる予定である。
「東の部族からは追加の水槽は難しいと連絡が来まして」
ヤーガスアの宴で使った水槽はそのまま使う予定だが、それだけでは足りない。
「同じ大きさじゃなくても良い。
小さくても見た目が良いものを王宮の倉庫や飾ってあるガラス製品から探してくれ。
小さい物は台を高めにして、人が触れないように気を付けて」
「承知いたしました、すぐに手配します」
俺は立ち上がってパルレイクさんに軽く礼を取る。
「すみません、パルレイクさんにまで手伝っていただいてしまって」
パルレイクさんは一瞬、キョトンとしたが、すぐに笑顔になる。
「コリルバート殿下。
小赤のことに関してはシーラコークにも責任があります。
お手伝いさせてください」
今までもさんざん手伝わせてるけど、本当に助かる。
「ありがとうございます」
俺が感謝の礼を取ろうとすると止められた。
「終わってからにいたしましょう、殿下」
パルレイクさんはニコリと笑うと丸っこい身体を揺らして出て行った。
続けて警備の打ち合わせに入ろうとしたところで、王妃の侍女であるカリマ母さんが軽食を運んで来る。
「皆さん、お昼ですよ。 休憩なさいませ」
窓辺のテーブルにお茶と軽食が並ぶ。
張り詰めていた空気が一瞬で緩み、ヴェズリア様に呼ばれて俺も窓辺に座る。
この部屋から外を見るのは初めてかもしれない。
窓の下には騎獣に乗り降りするための広場がある。
その広場の向こうに離れの屋根が見えた。
母さんが淹れてくれたお茶を飲みながら、ヴェズリア様はどんな思いでこの景色を見ていたのだろうか。
嫌味従者に追いやられた側妃親子、人手が足りなかった出産、屋根に張り付く魔獣……あれは不気味だわ。
ゴメンナサイ。




