43・挫けないこと(別視点)
ツデ国の女王ミリュシーヌは、イロエストの貧乏貴族家の生まれである。
地位的にはイロエスト王家の血筋だが親戚というにはかなり遠く、ギリギリ王都の郊外に家があったため、七歳のとき、運良く第三王女ヴェズリアの遊び相手として宮廷に呼ばれた。
貴族の女性として、行く行くは宮廷侍女となるための修行が始まったのである。
イロエストは大国であり、古いしきたりに煩い老人が多かった。
宮廷には百名以上も侍女が働いたが、入れ替わりも激しい。
第三王女付き侍女もミリュシーヌの他に三人もいた。
生き残るには激戦である。
ヴェズリアは元気な女の子だった。
淑女教育を嫌がり、よく姿をくらませた。
「ヴェズリア様、見つけましたよ」
「ミリュ、見逃して!」
「ダメです。 私の給金に関わりますから」
ミリュシーヌは住み込みで働いていたが、家は年の離れた兄夫婦が継いだため、滅多に帰る事はなかった。
それでも、高給といわれる宮廷侍女の給金を両親に強請られ、手元には僅かしか残らない生活が続く。
家柄としては申し分のないミリュシーヌだったが、幼い頃から経済的には困窮した生活を送っていたのである。
そんなミリュシーヌだからこそ、お転婆な王女についていける。
のほほんと行儀見習いにやって来る他の貴族令嬢たちとは違うのだ。
事情を知った第三王女ヴェズリアは、一番年齢の近いミリュシーヌに色々と用事を言い付けてはお礼だと言っては自分のお古になった服などをこっそり下げ渡したりした。
国王は男子の子供以外に興味がなく、女子である王女たちについては妃に任せきりである。
イロエストの大貴族の令嬢だった王妃は、どちらかといえばおおらかな性格をしていた。
よく子供たちに構い、一緒に遊んだり、男女の区別なく狩りや礼儀作法も教える。
厳しくも優しい母親だった。
十三歳になった日、ミリュシーヌは誕生日だからと王女が差し出した贈り物を受け取らなかった。
「ヴェズリア様、私は物乞いではありません」
「だって、ミリュは私の一番大切な、その、友人だから!」
悲しげな顔の王女にミリュシーヌは小さく微笑んだ。
嫌なわけがない。
ただ、子供の頃に比べれば、二人の関係も変化していくのは仕方がないのだ。
「今まで頂いたものは大切にしまっております。
姫様の心遣いは大変ありがたいのですが、そろそろ私も大人にならなければなりません。
これからは自分で用意出来る様になります」
「えっ?、それじゃ」
「はい、ヴェズリア様専属侍女になりました」
給金も待遇も格段に良くなったのだ。
「きゃああ、最高だわ!」
ミリュシーヌはヴェズリアを誰よりも大切にし、二人の仲の良さは王妃も認めていた。
「これからもヴェズリアをよろしくね」
「はい、王妃様」
ミリュシーヌが一番誇らしかった日である。
しかし、数年後、王妃の突然の死から二人の宮廷での扱いが一転する。
王家に繋がる筋の者は、長子以外の男子は使えないと判断されると容赦なく辺境地の砦に送られた。
ヴェズリアの姉たちは、国王の決めた友好国の王子と国内の有力者に嫁つがされた。
子供の意思など全く配慮のない言葉に、ヴェズリアたちは王妃がどれだけ自分たちを守っていたのかを知る。
その頃、二十歳を間近にした二人は宮廷内にある図書館に入り浸って、ヴェズリアに必要だと思う知らせしか受け付けなくなっていた。
わざと髪をボサボサにし、ドレスも似合わないものを選んで着ている。
極力、誰にもに会わず、誰もが恐れる国王の呼び出しも無視して引き篭もった。
そんなヴェズリアには図書館で知り合った多くの学者や高位文官がおり、度々国政や他国の情勢などを話し合う時間が出来る。
それはミリュシーヌにとって、とても貴重な楽しい時間であった。
そんなある日、文官たちが褒めるヴェズリアに嫉妬した兄が、ミリュシーヌに縁談を持って図書館にやって来る。
「他国の王族の養女になれるのだ。 これ以上の厚遇はないぞ」
国王は国の影響を拡げることにしか興味がなく、近隣の周辺国に対して脅しや援助で関係を深めていた。
その一つであるツデ国は、隣国とはいえ西の端にある湿地帯の向こうにある小さな国。
代々女王が治める国なのだが、現在の女王には子供がおらず、優秀な女性を探していた。
ヴェズリアの兄は密かに話を進め、国王の承認も取り付ける。
二国の国境は沼地で馬車も入れず、その隣りのヤーガスア国の森を経由して行かねばならないほど道の便は悪い。
結局は二人を引き離すためなら、どこでも良かったのだろう。
「ミリュシーヌ、お前にイロエストの将来が掛かっているのだ」
兄である王太子は、そう言って優秀な妹の専属侍女を国から追い出したのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ミリュシーヌは馬車で五日かかってツデ国に到着した。
本来、このツデ国は女王が治める国である。
女子が産まれない場合は、国の内外問わず優秀な者を受け入れて来た。
「お気を楽になさいませ。
遠いところをよく来てくださいました。
ツデ国一同は貴女様を歓迎いたします」
壮年の侍従長の言葉に嘘はなかった。
国を上げての歓迎。
素朴な民族に、ミリュシーヌはイロエストに居る時よりも心が癒され馴染んだ。
王配となる夫は既に決まっていて、ツデ国の王族の血を引く騎士である。
彼もまた正直で裏のない優しい男性だった。
「小さな国だ。 結婚など焦らず、気の向いた時でよい」
常にミリュシーヌの側で見守る騎士は、また国で一番の剣士でもある。
その勇壮な姿の反面、女性に不慣れなぎこちなさに、ミリュシーヌは惹かれていった。
結婚し、三人の王女に恵まれる。
しかしその間に、ツデ国は徐々に変わりつつあった。
三人目の姫が産まれた頃、流行病と魔獣の対策で国は経済的に苦しくなり始める。
「私には国を治めるだけの力がありませんわ」
そう言うと、長子の娘はさっさと国一番の豪農に嫁いで行った。
そして農村地帯で今でも国の食糧を支えてくれている。
二番目の娘はいつも忙しい母親を見て、
「私はあんな母親にはなりたくないわ」
と、政治よりも家事などの家庭内の仕事をやりたがった。
だが父親が病に倒れ亡くなると、
「母上様が悪いのよ。 女王としてちゃんと国を守ってくださらないから!」
と、感染を恐れて部屋に閉じこもってしまう。
元よりミリュシーヌは王族とはいえないほど遠い血筋の貧乏貴族の娘だったのだ。
「最初から無理な話だったのよ。 私が女王だなんて」
ヴェズリアならば何とか出来たかもしれない、と最近はよく彼女のことを思い出す。
自分たちが一番楽しかった少女の頃を。
「お元気でいらっしゃるかしら」
おそらくは他の王女たちと同じように国王の駒として嫁いでいるだろう。
そう思っていたところに思いがけない知らせが入る。
ヴェズリアが、ツデの隣国であるブガタリアに嫁いでいるという。
南にある山脈の向こう、魔獣の森に囲まれた国ブガタリア。
それからは毎日、南の山に向かって語り掛けるようになる。
距離的にはイロエストより近い場所にいる、それだけが心の拠り所になる日が来るとは思わなかった。
ミリュシーヌはため息を吐いた。
このままではこの国はヤーガスアと同じ運命を辿ることになるだろう。
まだ幼い末娘を見る。
せめてこの娘だけでも。
「マルマーリア、貴女にはイロエストに行ってもらいます」
本当なら、ヴェズリアのいるブガタリアに行かせたい。
だが未だ国交のない相手である。
お互いに国を背負う立場であり、一方的に救いを求めるなど出来ない。
「分かりました。 再び母上様に会うまで、しっかりと学びます」
涙を堪え背中を向ける小さな娘の姿を瞳に焼き付ける。
「せめて娘たちには幸せな未来を」
体調を崩し始めたミリュシーヌは、ただ心の中で神に祈るしかなかった。




