第4話 死
時が止まったような奇妙なその世界で啓はただ痛みに耐えていた。
最初に手の痛みがあり、魔法の失敗に思い至ったがその先は考える暇がないほど連続で全身から、次々と壊れていくような痛みが溢れてきた。
手の次は足だった。砕けるような痛みが連続で発生した。
肘。何かの衝撃かこれも砕けたような痛みだった。これはすぐに消えた。
顔。浅く何かに切られたような痛み。
腹。細い何かに貫かれた。
―――次々と
次々と止まない痛みが自分を襲ってくるが啓はその中で少しずつ考えていた。
手の痛みは魔法の失敗だろう、肘の痛みはその反動。足は、爆動の反動だろう、回復が間に合わないほど使っての代償か? 顔は・・・わからないが、おそらく刃物か何かで切りつけられたか。腹は、矢・・・か?
痛みの原因を推測していく。自分の世界が止まっていても、もれて来る音が、痛みが、少しの感覚が、ケルスが何をしているかのヒントを自分に与えてくれる。引かない痛みと体の軋みに耐えつつずっと啓は考える。
どうしてこんな事になっている? 考える。
ケルスは恨みを買いにくい人生を歩んできたはずだ。少なくとも自分がケルスに憑依した時に変わった事は無かった。殺した三人も証拠は確実に消したしフラン、レンが関わっている事も絶対に無い。それにその頃の復讐ならば卒業を待たずに行うはずである。時が経てば経つほど証拠も曖昧なものになり誰が犯人かも特定しにくくなるからだ。それから卒業するまではほとんど友人と呼べる人もいなくなるほど他の学生とは付き合いを絶っていた。
卒業してからすぐに両親に相談して冒険者として家を出た。この頃からだろうか? 自分は表にあまり出なくなりケルスは純粋に冒険者として様々な所を渡り歩いて、困っている人たちを助けていった。それは小さなお手伝いだったり、魔物の駆除であったり、護衛であったり・・・本当に様々な事をした。しかし恨みを買うような事はほとんど無かったはずだ。
家族を皆殺しにされるような恨み。
ふとそんな事を考えていると痛みが少し引いていったのが分かった。
『ケ、ルス?』
そう呼びかけた瞬間、足と手の指先にまた走った激痛と共に意識が戻るのを感じる。
―――止まった世界は真っ暗になった。
『何が・・・』
ゆっくりと"まぶた"を開いていく。その行為は自分がケルスの体を使える状態にある事を意味した。まぶたを開いて見えた景色に啓は先ほどから感じた痛みの正体のほとんどを明確に"理解"した。
雨がただ、ふり続けていた。
まず見えたのは血溜まり。ケルスの体は地面に倒れていた。頭をゆっくりと上げていく。そこに居たのは、血に染まって赤黒い鎧に身を包む白髪の剣士だった。
「――――――――――」
何かを呟いたその男は自分が動いた事に気づかなかったのか自らの馬に跨りすぐに去ってしまった。
落ち着いて頭だけを動かし周囲を見回す。
大量に転がる何かがあり、それは目を凝らすとケルスの家を囲っていた軍服を着た人達だった。
―――なんだ、これ
そう言おうとおもった自分の口から出た言葉は
「ゴホッ、ガハ、ゴポガァァグゥ」
言葉ですらなかった。自分の口から何かが溢れ喋れなかった。その溢れた物を確認する。大量の血だった。
壊れた世界にあった全身の激痛とは比べ物にならない、更に強い痛みに耐え啓はゆっくりケルスの体を見回していく。
―――手。
両手の指先が共にそれを覆っていた皮膚、肉がめくりあがり骨を露出させていた。指先より手首までは肉が黒紫に変色し動かす事が出来なくなっている。
―――肘。
右手の肘は完全に砕けこれも動かせない。
―――顔。
わからない。
―――足。
ぐちゃぐちゃだった。治癒をしたとしても歩くことは絶対に出来ないだろう。
―――体。
それを見た瞬間、啓は思わず笑いそうになった。
弓矢が刺さっている。たくさん。
切り傷がある。無数に、そしてかなり深いのが一つ。
血が溢れている。真っ赤に。
全身で傷が無いところがほぼ無い。
『あっはっは! おいケルス! ずいぶん派手にやったな!』
自分の中にいるはずの存在に語りかける。せめて最後は笑いながらと。体はまったく動かせないので万に一つも助かる道は無いだろう。
『ケルス! 起きてるか?』
恨みは無い、自分はこのまま死ぬだろうが元々ケルスの体でケルスの運命なのだ。最後まではっきりとした原因はわからなかったが、ケルスの両親を殺した奴らは皆殺しに出来たようだ。元凶は分からなかったが仕方はないだろう。
『死んだのかよ? ・・・おぃ』
意識が途切れる瞬間まで語りかけたが最後まで返事は無かった。
間違いなく自分とケルスは死ぬだろう。
啓は思い返した。元の世界の自分は自殺した。その生活は恵まれたものだったがほぼ気まぐれのような理由で自殺した。
俺は平凡に生きて気まぐれに自殺したのに、お前は良い事を沢山して、英雄と呼ばれて、よく分からない理由で一家皆殺しにあう。
なんなんだろうな? この世界。
そんな事を思いながら啓は意識を手放した。
終わりません。
始まりです。




