第3話 壊れた世界
言葉をかける事が出来ない。啓は弟を抱きしめるケルスを心配しながらもその周りにいるスゥイジンの紋章が入った、軍服を着た者達への警戒も解かなかった。
腕の中は冷たい
ケルスがそっと地面に弟を横たわらせ自分で羽織っていた黒衣をその体にかけた。
『啓』
『・・・なんだ?』
自分にかけられた言葉に寒気を覚えつつ、啓はどうやってケルスを冷静にさせるかを必死に考えていた。
『見えてたか?』
『・・・何を?』
主語がない。聞き返す。自分の返事一つで取り返しのつかない事が起こる予感を感じるからだ。
『見えてただろ? 俺よりも先に! 何が起こってたんだ。ここで!』
『それは・・・』
言葉が詰まる。魔法により走るケルスは視覚に集中できなかっただろうが自分は間違いなく、"見えていた"。だけどそれは・・・
『・・・見えたのはこいつらが水の魔法で、お前の家の火を消していた所だけだ』
―――本当の事を隠した
『啓。どういうつもりだ・・・なんで嘘をつくんだよ・・・何が見えたんだ。ふざけるな、隠すな・・・隠せると思うな!』
『っ!』
すぐに見破られた。嘘をついたのは一度や二度ではないがそれを指摘されたのは初めてだった。
『・・・悪い。最初に見えたのは、後ろにいる二十人ぐらいに固まってる中の五人ぐらいが燃えてる家から出て来たところだ。だけどその後―――』
黙っておくべきだったのかもしれない。
『もういい。十分だ』
そう言ってケルスは立ち上がった。
殺す
ふと啓の意識の中にそんな言葉が飛び込んできた。
『ごめん』
ケルスのその謝罪の後に啓は確かにピシッと何かが音を立ててヒビが入るのを感じた。後ろを振り向き馬より降りていた白髪の剣士に目を向けた。他の兵士と違い明らかに一人だけ指揮官であると思わせるその姿にケルスは激情の赴くままに行動した。
「貴殿が―――」
白髪の男が何かを言ったようだがもう遅い。
―――ボン
足元の地面がはじける音とともにケルスの視界も共にぶれた。標的はここに生存する人間すべてだ。まずはこいつだ、と指揮官らしい男に飛びかかるが、ただ炎を纏っただけのまっすぐな初撃は相手の剣に受け止められた。
「――――、――――――」
何かを言っていた気がするが聞こえない。
ケルスが次に発した言葉は会話をする為のものではなかった。
「死ね」
―――パリンッと
その瞬間、ガラスの割れるような音と共に啓の世界は止まった。
『なっ!』
―――それはバグを起こしたゲームのようで
景色は見えているが動かない、音や声"らしき"ものがは聞こえているようだが認識出来ない。一緒にいる中で始めての"現象"だった。
「―――――――――――――――――――――――」
わからない
「―――――――――――」
わからない
「―――――――――――――――――」
理解が・・・出来ない
「――――、―――――――」
止まったその世界で聞こえてくる音に集中しようと意識を向けたその時、手に異変を感じた。
『なんだ? 温か・・・ぐぅっ!』
手が温かくなったと感じたのは少しだけで、それはすぐに強い痛みに変化した。ケルスの様子は分からない。
表面にいる人格のみ、痛みなどの感覚を感じる事が出来る。それは例外もあったが二つの人格を持つこの体の性質のはずだった。
その性質の例外は過度の痛みを感じる事。強く殴られたりしただけでは起こらず体に相当の痛みが生じなければまず発生しない感覚。
そんな例外が"今"起こっている。
『何をしてるんだ・・・何をしているんだ! ケルス!』
問いかけるが返事は返ってこない。手の痛みはますます酷くなっていったが、しばらくすると何か"生暖かい物"を手で掴んだ事を感じた。その瞬間、手の痛みは火に燃やされるような激痛に変化した。
『ぐうあぁぁああぁ!』
そう叫んだ・・・叫ぶほどの痛みに、思い当たるものが頭に浮かぶ。燃えるような手の痛み――それは魔法の失敗に伴う激痛に酷似していた。




