第1話 王の剣 デュラン
物語には常に"もしも"がある。
もしもあの時、――がこうしていれば、
もしもあの時、――がこうなっていれば、
もしもあの時、――が起こっていなければ、
しかし描かれないその物語に正しい道は存在しておらず結末は誰にも分からない。
そして描かれた物語は否応なく結末が・・・存在する。
◆◆◆
「まったく・・・忌々しいことだ」
王宮の煌びやかな絨毯の上を早足に歩くその姿に従者は慌てる。
「デュラン様、お気持ちは察しますが―――」
「分かっておる。せっかくの娘の誕生日がまさかこのような形で潰れるとはな」
国王からの火急の呼び出し。もう間もなくで引退する自分がこの時期に呼ばれるとは、と思いながら王の間に急ぐ。
王の剣―――国王に仕え、支え、国王の勅命でのみ動く、スゥイジンという国で絶対的強者にしかなる事が出来ないそれは、万民の憧れの一つであった。
王の剣には序列が存在し一位から十位までが存在する。そしてその頂点に立つのが齢六十三にはなるデュランという男であった。その男は還暦を過ぎてもなお、未だに剣技が衰えることは無く技の冴えは年を重ねるごとにより研ぎ澄まされていった。年のせいで体力は若いときに比べ、大分頼りなくなったが未だに最強の名を持ち続けていられたのは彼の技だけでは無く戦闘の経験による所も大きかった。
その男が国王の前で顔をしかめる。
「どうした。聞こえなかったか? デュランよ」
下された命令は国に使えてから長年忠実に従ってきた。王の期待を裏切る事無く任務を一つも失敗しなかったのは彼の誇りでもあった。そして失敗はこれからも起こる事は無い、しかし目の前の、すぐ近くから発せられた言葉は思わず聞き間違いかと思うほど驚くべき事だった。
「国王! それは・・・真の―――」
「それを確かめる意味もこの任務にはある。だからこそお前なのだ。・・・事の真相を確かめ、もし事実なら・・・殺すのもやむなしだ。討ち損じてはならんぞ、国外に知れ渡れば我が国の笑い話にもなりかねんからな」
「は! 王の剣デュラン、謹んで拝命致します」
◆◆◆
違う出会い方をすればそれは味方となるか、師となるか、もしくはまったく別の関係になっていたかもしれないそれは・・・
◆◆◆
その日は空が曇っていた。
馬を走らせる。デュランが着いた先で見たものは、先走る先遣隊が目的の屋敷の住人を殺し尽くしたのか、火が放たれ燃え上がる建物だった。
「馬鹿者! 誰が手を出していいと言った! 今すぐに火を消せ!」
手遅れだ。そうは思いながらも指示を出す。火がほぼ屋敷全体を包み込んでいて中の住人は例え今から消火し救出したとしても万が一にも助かることは無いだろう。自分の指揮する部隊が水の魔法を用い消火に取り掛かったところで先遣隊に目を向ける。
「貴様ら・・・」
「わたし達はただ国王の命令に従っただけです」
「ふざけるな! そのような命令を聞いた覚えはないぞ!」
「恐れながら・・・私に国王が出された命令はデュラン様とは違う命令だったのではないでしょうか?」
「馬鹿な・・・私は―――」
国王から最も信頼されているはずの私に聞かされない命令が存在するはずが無い。それを問い詰めようと馬から降りた時にそれは起こった。
まず遠くで何かが見えた。次いでそれが恐ろしいほどの速さで"風"を纏いながら屋敷の消火をしていた部下達を吹き飛ばし、建物の中に入っていくのが見えた。
国王の命令を思い出す。
「あの"英雄"がイェンフォウに我が国を売り渡そうとしている噂が流れていてな・・・それを確かめて貰いたい。"獣人如き"にそれは無かろうとは思うが直接会って問いただせ。会えぬ場合は家族を拘束して人質としろ」
曇っていた空から雨が降り始める。
屋敷から中にいた一人だけ背負って出て来た黒衣の男に目を向ける。もしやと思い駆け寄る。黒衣の男は背負った誰かを肩から下ろし何かを喋っているのが見えた。表情は見えない。
◆◆◆
すでに誰が本当の原因かは関係なくなってしまった。
言葉はすでに意味を成さないから。
◆◆◆
背負われて出て来た者が力尽きたのが分かった。
叫びが響く。それは慟哭であった。
黒衣の男はそれを暫く抱きしめていたが少しすると静かに地面に横たわらせた。自分の部下に囲まれながら、その男は横たわらせた者がそれ以上雨に濡れないように黒衣を脱ぎ、体が冷えないように掛けた。
振り向いたその表情は事前に貰っていた似顔絵とは似て非なるものだった。
どうすれば人間の顔はここまで歪むのか。怒りに染まりきったその顔を前になんとか口を開く。
「貴殿が―――」
―――ボン
何かが爆発するような音が聞こえると同時にデュランは、自分の腰に差してあった剣を本能的に抜いて目の前に翳した。
爆発音のような音と共に消えた男が目の前に一瞬で現れ翳した剣に強い衝撃が走る。
「待て! "ケルス"殿! これは―――」
「死ね」
二人の戦いはこうして避けられないものになった。




