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英雄の法  作者: 西表山cat
2章 幼い歪み
32/49

***     啓

彼は平凡な人間だった。

 啓と名づけられたその子は普通に幼稚園に通い、普通に小学校に通い、普通に中学に通い、普通に高校に通った。


 その過程で一切、何も無かったと言えば、そんな事は無かった。

 勉学で悩んだ事も人並みにあるし、病気にかかって苦しんだこともある。

 運動の小さな事で、挫折して悩んだこともある。

 惚れた女の子も居たが、誰かと付き合ったことは無かった。


 啓は家ではゲームが好きだったし、アニメや、漫画小説を読むのも好きだった。逆に運動は少し苦手だった。

 友達は多くは無かったが、居ないわけではなかった。

 家には両親と可愛い妹と自分の四人が住んでいて、裕福ではなかったが日々の暮らしに困ることは無かった。

 躾で両親から打たれたが、虐待といった酷い事を両親にされてはいなかった。



 高校を卒業したときに気まぐれで両親に聞いた 

 "俺の名前"ってどんな意味があるの?

 という質問に名前を付けたお父さんはすぐに無いと答えた。ちょっぴり残念に思いながらそれ以上はなにも聴かなかった。


 夜にこっそりお母さんが来て、本当の名前の意味を教えてくれた。


 啓、漢字は特に深く考えずに選んだって聞いたわ。そんな変な顔しないの! それでね、私は何で"けい"がいいの? って聞いたら長々と理由を真面目に教えてくれたわ。まず最初の文字"け"なんだけど人間の発音って"え"は口が笑顔の形になるのは知ってる? それで一文字目は"け"なんですって。何で"え"じゃないか? ほら授業で名前順に何かやらされる事があるでしょ? それで何かをすぐにやらされると大変だから次の行の"け"にしたんですって。で次に"い"なんだけど・・・時間ね。名前っていろいろな所で使われるから、少しでも"啓"が使える時間が多いようにねって、名前を短く、画数を少なくしたんですって。私はその理由聞いて、すぐに賛成しちゃった。


 要約すると"貴方"の名前を呼ぶ人が皆笑顔でありますように、そして貴重な時間を大切にして下さい。

 そういう意味を込めたらしい。


 この出来事は啓という名前が如何に素晴らしいかと語る為のものではない。

 啓という男の子は、その家に生まれ間違いなく両親からも愛され育った、という事なのである。



 家族から愛され、普通の生活をしながら"啓"は少しだけ・・・ほんの少しだけ"変な夢"が出来た。

 その夢は消える事なく"啓"の心の中に残り続ける。


 高校を卒業した後に、彼は自分の夢の為に接客業を選んだ。


"啓の夢" それは、"誰かを深く知りたい"という物だった。


この人はどんな風に笑うんだろう?

どんな風に喋るんだろう?

今、何がしたいのかな?

趣味はなんだろう?

何が苦手なんだろう?


もちろん他にも色々気になる事があった。

それを"知る"為に単純に接客を選んだ。


 "啓"の接客はお客さんから非常に人気があった。


話をする時、真面目な表情で、相談を聞いてくれているようで、嬉しい。

話す内容をよく聞いて、それに対して的確にアドバイスをしてくれる。

商品の話以外も相談に乗ってくれてありがたかった。


 お礼や感謝のハガキも非常に多く、売り上げも常にトップだった。

 販売の実績だけではなく、クレームの対応も周りから一目置かれていた。


私が間違えてたのかしら? ごめんなさいね。時間とらせちゃって。

・・・そこまで誠意を見せられちゃ・・・わかった。俺はあんたを信じるぜ。

貴方に相談してよかったわ。またよろしくね。


 もちろん解決出来ないクレームも合ったが、会社から見て概ね"円満"に解決出来ていた。別に"啓"が天才だった、という事も無く彼の接客は、どの社員から見ても当たり障りの無いものだった。

 ある日、"啓"は突然会社をやめた。給料に不満があったわけでもなく、上司に理不尽な事を言われたわけでもない。もちろん親が急病になったのでもなく、休みが欲しかったわけでもない。

 ただ毎日見る表情に飽きたのだ。


誰かの怒り狂った顔が見たいな・・・。


 ふとそんな事を考えたが、それは無理だった。生来温厚な"啓"は誰かを意図的に怒らせる事は出来なかったし、それをしようとも思えなかった。


 無職の啓は色々考えて、考えて・・・犬を飼うことにした。


犬はどんな"表情"を見せてくれるんだろう?


 決心してから"啓"はペットショップを回ったが、なかなか良い! と思えるものが無かった。そしてある日、ネットで、捨て猫、捨て犬の里親募集、というページを見て決心した。


 到着した場所には犬がたくさんいた。職員の人に少し話を聴いて子犬を見させてもらう。

 その中で一際、目立つ子犬に興味を抱く。その子犬はどの犬よりも明らかに何かが違っていた。


この小さな子犬がいいですね。


虐待されて、おかしい子ですか? もっと見てみたいです


どうしてこんなに怯えているんですか?


前の主人が・・・そうですか


是非この子犬を


いえいえ、大丈夫ですよ。自分が死んでも手放しません


ははは、はい。死んでも、ですよ。


 "啓"がその子犬を選ぶまでに発した言葉はわずかだった。

 虐待された子犬・・・"啓"はこの子犬をもっと"知りたい"と思った。

 家族の住んでいるマンションはペット禁止だったので引っ越した。一人暮らしには小さい部屋だったが、自分ひとりしか住まないし、家族のいる場所から近い事もあり、決めた。


 最初子犬は酷く怯えていたが、段々と元気になり、"見た目"は他の犬とまったく変わらないようになっていた。"啓"が一番好きだった子犬の表情は、偶に来る妹と喧嘩のふりをする、それを見ている子犬の様子だった。その戸惑った様子は非常に可愛く、また困っているような声はすぐに兄妹の演技を止めるのに十分なものであった。妹はちょくちょく来ていたが最後まで子犬に好かれることは無かったが・・・。


 しばらくそんな生活が続いたが次第に、また飽きてくる。もちろん子犬の世話はしていたが、もっと色々な人を知りたいと思っていた。


 死ぬ前の人の顔を・・・・・・。


 ふとそんな事を思ったが、別に誰かを殺そうとした訳ではない。

 話したいだけなのである。




 深く考えた結果、自殺する事にした。

 別に死んだ自分の顔を見たい、というオカルト紛いな事を言うつもりは無い。

 まず、決心してからすぐに自分に多額の保険金を掛けた。今までのお世話になった分を返せないからと受取人は両親にしておく。悪いとは思いながら家族には自殺することを伝えなかった。自殺に関して保険は二年の制限がある事を確認して、自分の"臓器"と合う何らかの"移植"が必要な病気を抱える人を探した。


 出会えたのは漫画に出てきそうな、重い病気だけど表情には一切出さず、常に明るい笑顔を浮かべる、誰にでも好かれるような子、では無く、長い病院生活で疲れきった顔をして、いつ死ぬか分からずに、痛みに耐える儚げな顔をした、肌の白い女の子だった。


 躊躇いはなかった。すぐに話を持ちかけた。


僕の臓器をあげるから、二年間、話相手になってくれない?


 その話をした時、その子は自分が何を言っているか分からなかったようだが、分かりやすく伝えると涙を流して喜んでくれた。自分が死ぬという事は伝えなかったが。


 彼女が見せてくれる表情は自分を満たしてくれるのに、十分なものだった。


彼女は時に痛みを語り、

時に家族の愚痴をいい、

時に恨み辛みを言った。


かと思えば、

病気が治ったときの事を考え、

自分に夢を語り、

実現するまで何をしたいかを語り、

自分で理想を口にしながら、同じ口でその理想を否定した。


 二年は決して短い時間では無かった。

時には彼女と喧嘩をする事もあった。

"啓"は彼女を怒らせるつもりは無かったが、何かの一言が彼女の逆鱗に触れた。

怒る彼女の表情は"いい"と思った。

泣き叫ぶ彼女の表情もまた"いい"と思った。

そして、怒るだけ怒り、泣くだけ泣いた後、後悔したような彼女の表情もまた"いい"と思った。


二人の時間をただ喜び、怒り、哀しみ、楽しんだ。

 そろそろ二年になろうとしていた時、お互いに好意に似た何かが出来上がっていた。


 この人に・・・自分はあと少しで自殺します。


 と伝えたらどんな表情を見せてくれるんだ?

 様々な想像が頭の中を巡ったが、結局それを彼女に告げる事は無かった。

 それを告げ、傷つく彼女を見る勇気が無かったのだ。






―――二年の時が過ぎた。

 この世に未練は・・・少しだけある。病院の近くにある公園で風に吹かれながらベンチに座る。

 出来れば"お前"が死ぬまでは面倒見るべきだったかな? と自分の足元にいる子犬に目を向ける。何も知らない子犬は疑問を浮かべたような顔で自分を見つめ返す。

 事前に相談して医者の先生から貰った薬を服用する。意識が無くなる直前に走馬灯のように人生の中で話をした人達の顔が浮かんだが、すぐに意識が無くなった。




 何故か暗闇で"啓"は目覚めた。理由に興味は無いが啓は思った。


 もし次の人生があれば・・・自分への害意が欲しいと。

 この世界は平和すぎる。


 相手を傷つける躊躇いを無くすぐらいの悪意を受ければ、傷つける自分の躊躇いは消えるはずだ。そう思った。

 そして・・・見たい。


 誰かがより強く、怒る顔を、苦しむ顔を、悲しむ顔を、


歪む顔を。


次の話、レンの蹂躙 猫の鳴き声 は・・・たぶん明後日で投稿します。

 ・・・その話での啓の性格がひどい事になってますが・・・。それほど酷くは作ってない・・・はい後で言い訳、人物まとめ含めて投稿します。

 なんとなく嫌な予感がしてみたくない人用のダイジェスト


レンの蹂躙 猫の鳴き声

 啓は"お話"をしてレン、フランと半年後のクラス替えでもう逢わないために分かれようとする。レンが難色を見せたが啓の"誠実"な説得で心変わり。フランと共に啓と離れると決意。 他の細かいところは全部言い訳の項目でまとめます。

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