4 依頼内容とそれへの回答
そう返した俺に対してに、さらっと切り替える。
「そ? それならいいけど。じゃ、先程の質問の答えはいただけるのかな?」
「―はい。皇都にいらっしゃる、さるお方の治療をお願いしたいのです。」
「はぁん…。口調からすると王侯貴族のどなたかってことか。でも、本人ではない上、皇帝直属武官のあなたが代理。しかもたった3人でこの森に。…ってことはの創世の一族の末裔、しかも直系の誰かかな?」
察しがよくて助かる。
こんな森で暮らしていては世事に疎くてもおかしくないのに、深い洞察力や知識は端々から感じられる御仁だ。家に入ったとき見えた、あの書棚も飾りではなかったようだ。
「ご推察のとおりです。病魔に苛まれているのは、我が国の皇太子殿下です。」
「そりゃ驚いた。」
ちっとも驚いてない口調で言われてもな。
「で、症状はどんなものなの?」
「は、はい。簡潔に申しますと女性に近づけないのです。」
「…なんだって?」
途端、胡乱な視線を向けられてしまった。
分かってる。
この症状を最初に聞かされた自分も同じ反応をしたさ。心の中でだが。
「もっと具体的に申しますと、女性に、老いも若きも区別なくですが、触れられると昏倒なさいます。それと、離れて女性と接した場合でも、その後、記憶を忘れられてしまうのです。大体、誤差はありますが、一晩明ければ、昨日会話をした女性の名前や顔すら思い出せないと。」
「…生まれついてからずっとそうだった訳じゃないね。それならもっと早くうちのお師匠に泣き付いていたはずだし。というか殿下ってお幾つなの?」
「御年二十五になられます…。」
「皇太子妃殿下は?それと御子はいるの?」
「はい、二十の時にご成婚なさいまして、妃殿下はいらっしゃいます。ただ、今は…離宮の青の宮にお住まいですね、側妃の方々も。御子はいまだいらっしゃいません。」
青の宮は皇都の東にある離宮だ。
つまり、皇太子殿下には妃殿下も近寄れないため、現在はそうなっている。
毎日毎日、妻の顔を忘れる男と一緒では、さすがの忍耐も限界にきたようだ。
そのままでは外聞は甚だ悪いので、妃殿下の療養のため、という形だが。
「第1王位継承者がそれじゃ困るだろうねぇ。あーっと、症状が出たのはいつ頃から?」
「ここ数月前からでしょうか…?ご本人が近侍に打ち明けられたのがその頃と聞いております。」
「ん~、なにか女性に関して、恐怖とか嫌悪とか覚えるような出来事があったという話は?」
「いえ、そのようなことは聞いておりませぬが…」
「くさいなぁ…。病気とは言い難いんだよね、これだけの情報だと。」
顎に手をやって、ぶつぶつ呟いている。
「本人のみってことは感染経路は限定できる…でも、なんなんだその症状? 恨みでもあるやつが何かしたって方がよっぽど分かりやすい…、あぁその可能性もあるか…? いやでも…」
「あ、あのう、サーラ殿…?」
「―っと、ごめん。そうだなぁ…話の通りだと、どうやら一筋縄じゃいかなそうだ。皇都まで行ってもいいよ。ただできるかどうかは本人診てみないと断言はできない。さっき言ったように術師は万能じゃないから。」
「本当ですか!?」
思わず声が出た。
たいてい、患っている相手の名を伏せたまま症状を言えば、馬鹿にされるか蔑んだ視線をいただけたものだ。宮廷の中では手立ても見つからず、最初はタカをくくっていた陛下すら徐々に顔色が悪くなって、最終手段―にっちもさっちもいかなくなったときの術師頼み-になった次第だ。
「いや、嘘言っても仕方ないし。皇太子殿下相手じゃ、お偉い宮廷薬師の方々も手は尽くしたんだろうしさ。それで駄目ならそれ以外の要因がどこかにあると思うんだよ。」
「…感謝の言葉もございません。どうぞよろしくお願い申し上げます。」
指輪から繋がった、奇跡の術師への糸口はまだ途切れてはいなかった。本人ではないが、すでに彼岸の人ではどうしようもない。彼に縋るしか、もはや道はないのだ。
快諾してもらえ、これからの事をアルとトゥイミに指示を出していたので、彼が自分の後ろで洩らした声を聞きそびれてしまった。
が、独り言のようだと、問い返すことはしなかった。
後々、俺はこのことを死ぬほど後悔することになる。
彼が後悔したことはなんでしょー?
それは、ご一行が皇都にいってからのお楽しみですv