5 度肝抜かれる旅立ち(但し一部を除く)
彼は話がすんだら、動きもすばやかった。
「じゃあ、行こうか」と荷物を纏め、さっさと家を出る。
「サ、サーラ殿、もうよろしいのですか?」
急いで貰えるのは大変有難いが、そんな急かすような態度をしていただろうか?
「病気の人、待ってるんだろ? 待たされる側は長く感じる。それに然程いいもの置いてないから家のことは心配しなくて大丈夫だし。大体、普通の人ってここに来ないしなぁ。念のため、入れないように仕掛けはしてるから。」
たずねたい衝動に駆られたが、彼のにやーりと表現するしかない笑いを見たら、その気持ちはあっさり萎えた。
「ちなみに皇都までってどれくらいかかる?場所は分かるけど。」
「そうですね、馬で駆ければ今夜辺りには城下にたどり着けるかと。」
「ああ、そか。じゃ俺も馬を出してくるよ。」
家の隣に厩舎があったが、馬がいるとは思っていなかった。
こんな場所では飼葉は手に入りにくいだろうし、そもそも馬を駆る場所はないではないか。
猛獣闊歩する森で乗馬か?
いや、彼に関して常識では推し量れない部分がありすぎる。
「タートゥス、おいで。」
彼は、そう厩舎の方角に向かって声を出した。
すると。
現れたのは、彼の体格には到底似つかわしくない巨大な馬体の馬だった。
美しい栗毛。しかし、たてがみと尾は金色をしている。
「これは…」
言葉にならない。
宮廷の御馬でもこれほど見栄えのする馬はあるまい。
「よしよし…俺と森を出るのは初めてだな。すまないがよろしく頼む。」
顔近くに下げられた鼻面を優しく叩きながら話しかけている。
鐙も鞍もつけていない。
しかし、きちんと調教されているようだ。
「サーラ殿…その鞍や鐙は…?」
「いや、こいつにはいらないよ。あっても邪魔なだけだし乗せると怒るんだ。」
「えぇっ!? でもそれで長時間乗るのはきついですよ…。」
アールトが思わず口を出す。
「そうですね、今日中に着こうと思えば最低でも、駈歩が殆どですし…。」
ティルダも思案気だ。声だけは。
その様子を見た彼は、う~んと面倒くさそうに頬をあいた後、
「…じゃあこれで。」
と言い、近くの樹に這っていた蔓を手に取った。
「陽を浴び、地に這い、緑なすもの。我の助けとなれ。」
するするとそれは樹から離れ、彼の馬に伸びていく。
ぎょっとした我々を尻目に馬は平然としたまま、その様を受け入れている。
気がつけばそれはハミと手綱になっていた。
栗毛の馬体に映える、鮮やかな緑。
「ま、妥協点でこんなもんにしとこう。」
いいよな?と振り向かれたが、眼にした光景にこちらは唖然としたままだ。
返事がないなら了承したとみなしたのか、彼はひらりと無造作に馬上にいた。
「何してんの、早く乗りなよ。」
「は。」
向こうから促され、自分達の各自の愛馬に跨る。
「じゃ、ちょっと近道しようか。ついて来て。あんまり俺から離れないで。」
彼はやはりあっさりそう言うと、軽く馬腹を蹴り、走り出した。
すぐさま、自分の馬にも合図を入れる。
我々が騎士、つまり馬術を嗜んでいるのは知っているはずだ。
さすがに乗馬で遅れをとる事はあるまい。
なんだか出会ってから、彼には驚かされ、振り回されている感が否めない。
どこか、負けん気がわく。
いいさ。離れずについてこいという腕前、見せてもらおう。
***
「だ、団長! これって、乗馬って言いますかっ!? ねぇっ!?」
「無駄口叩いてる、くっ! 場合ですかっ!? はっ!」
「っおわ!? 危ねっ! だってさ!!」
迫った倒木を、手綱を引き絞り、飛び越す。
今度は頭上に迫った太い枝を背を低くし、すり抜ける。
「っ見失うなよ!」
すっかり息を上げている馬を労ってやりたいがそんな余裕はない。
自分も正直こんなに身体を酷使して乗るのは、大戦時の退却時くらいしか覚えがない。
しかし、その時、場所は平原だった。
こんな、潅木や倒木や苔むした岩、視界がきかないほど生い茂った木々の中ではない。
高低差はあるし、まっすぐ先へ進めることなどほぼ不可能だ。右に左に馬体を振りながら、疾駆する。
そんな中、彼はそれらの事実がないように滑らかに森を駆ける。
鞍も鐙もない状態で、あの大きさの馬とは思えない俊敏さで、歩を進めている。
乗らされている感など、まったく、ちっとも、感じさせない。
まさしく人馬一体。
(なんなんだっ! くそっ!!)
少しでも手綱を緩めたらその後姿は木々に遮られる。
悪態をつきながら追いかけるしかなかった。
***
彼が歩を緩めてくれたのは、森の境に来てからだった。
正直、森の中をどう駆けてきたのかは分からない。
もう一度、あの場所に行けと言われても到底無理だ。
「うん、よかった。」
彼は我々を振り返って、そうのたまった。
声は平常と変わらず。馬も馬でまだまだ余力がありあまっている風だ。
「な、なにが…、ですか…!?」
話せる余裕があったのは自分だけだ。
アールトは馬首に上体を預けて、魂をどこかに飛ばしかけている。
ティルダもまだ息が上がったままだ。がくがく震えている手で水袋の口を開けるのに相当手こずっている。
この様子を見て、何が、どう、いいというのか!?
「だって、みんな食べられずに無事だったみたいだし。正直、のんびり行くのは不安だったから近道させてもらったんだよ。」
「食べられる…」
「そう。あんた方はそうでもないかもしれないけど、馬はあいつらにとっちゃご馳走だ。正面から出会ったら、竦んで動けなくなるだろうしさ。」
「いや、しかし。それならサーラ殿の馬も…」
「ああ、タートゥスは例外。こいつはもともとこの森にいたんだから。自分の身は自分で守るし、たいがいのヤツは蹄の一撃で蹴散らしてる。」
「な?」と馬に話しかける。タートゥスからは会話が分かるかのようにブフン!と一声あった。
「…正直、まいりました。あなたが術師でないなら是非入隊の勧誘をするところです。」
「はは、そう?」
身のこなしに、馬術、話し方はなってないが明晰な頭脳がある。少し指導すれば作法も完璧にさらえるだろう。
次に何ができても驚かないでいよう。
…できる限り。
「じゃ、団長。あとは道案内よろしく。 多分、方角としては皇都に近いところに出たから。地図持ってるかな?」
「あ、はい。こちらがそうです。」
丸めた地図を広げ、手渡す。
「どうも。 …うん、デアデス街道の西の端だ。ちょっと行けば街道が見えるよ。速度は任せる。今日中に会えるといいけど。」
なんと、今日中に拝謁するつもりだったのか!?
「さすがにそれは…。おそらく今日皇都についても、明朝の謁見が最速ではないかと思います。ある程度、しきたりがありますから。」
「ま、どっちでも。」
「では、今日の夕暮れまでに着く予定で参りましょう。申し訳ないですが速度は我々に任せていただけますか。」
屈辱だ。
普通ならばいやでも遅れてしまう者を気遣い、馬を走らせていたというのに。
「全然構わない。それとあんま気にしないで。俺は人に合わせて馬に乗ったことないんだ。森は事情があったから先導したけど、街道はそんな必要ないだろ。それに、あんた方の馬術は十分凄いと思ったよ。」
見透かされたようにそう返された。
年も分からない、だがおそらく自分よりは年下の彼に、自分の未熟さを思い知らされるばかりだ。
この分だと皇都に入っても、彼は跋扈している魑魅魍魎の類-人の皮を被ったタヌキやキツネ御一行-なんかは歯牙にもかけないだろう。それに、自分の上司に会わせたら、どんな反応をするだろうか。
それを思うと、少し気分が浮上した。
いつもいつもいつも…!
厄介事を放り投げて!!
途中までは首を突っ込むくせに、尻拭いは全てこちら任せ!!!
あの、いつかどこかで刺されても可笑しくない上司も、彼を知って慌てふためく様が見られるなら、今まで感じた思いも高い代償ではない。
「では、」
なんとか生気を吹き返した部下にも視線を送って、再度馬を走らせることにした。




