3 弟子の日々の暮らしと術師のアレコレ
どうすべきか。
沈思黙考する時間が欲しい。
しかし、その時間はない。
「あ、あのう…」
おずおずと手を上げたのは、
「僕、いや私はアールト=ヴェストゥーラと申します。では、あなたも、その、ええと、術師でいらっしゃるのですか?」
アルはどちらかというとこういう時、発言は控える。血気盛んではあるが礼儀正しさももつ彼らしい美点の一つだが。珍しいこともある。少し様子を見ることにしよう。
今まで話しをした感触、人柄は悪くなさそうだ。
口調はまだ身分に頓着しない子供のようだが、不思議と不遜な印象を受けない。
その瞳はある分野で卓越したものと共通するもの。自信を宿して輝くそれだ。
しかし。
初対面で自分にすら気配を感じさせないなど、ただの術師では括れない部分をある。
皇都まで来てもらうかはこの会話で判断するとしよう。
「あぁ、そうなるね。どうやら術への適応性があったらしくて。お師匠さまと同じ緑術師だ。」
あっさりと返される。
「申し遅れました、サーラ=イルーア様。私めは皇帝直属軍第一師団騎兵隊が一翼を担います、ティルダ=スオメラと申します。こうしてお会いでき、大変光栄です。」
ティルダも伝説の存在であった奇跡の術師が既に亡くなっていた点は驚愕していたが、こちらも私の雰囲気を感じ取って会話に加わる。
「アールトとティルダ、だね。よろしく。その上官がシュルヴェステル、団長ということか。あまり身分制度に詳しくはないんだ。礼に欠いた話し方をしているかもしれないが気にしないでくれると助かる。俺もサーラで十分だよ」
そういって我々の顔を見ていく。
家に入っても外套を着たままなので、表情をつぶさには観察できないが。
「皇国では女性も騎士に就くんだったな…。ティルダは得意なのは細剣か、似合いだし体格にも無理がないね。アールトは、ふうん。太刀使いかぁ。少し意外だな。膂力には自信があるとおもうから、太刀の長さはもう少し長くしてもいいと思うよ。その方が逆に取り回しがしやすい筈だ。」
驚く二人をそのままにして、自分を見つめる。
「団長、と呼べばいいのかな。シュルヴェステル=マンティサリ。あなたは俺がどうこう言える腕ではないな。隙がないよ。凄腕の剣士。ただ、右脇に古傷があるのか…。動作をするとき、若干違和感がある。」
瞠目する。
「見ただけでそこまでお分かりになりますか。…確かに脇には大戦時に負った傷がありはしますが、既に塞がっております。」
「まぁ、ね。これも才能の成せる業っていいたいところだけど、人間観察は研究のキモだし。お師匠さまは痛快・ぶっとびな性格だったけど知識の仕込み方に手抜きはなかったから。『心・技・体揃わずして、術師を名乗るを許さずっ』てね。」
「成程、武芸の道にも通じるお話ですね。」
「んな大したもんじゃないよ。ここの森ってちょっと特殊なんだろ?俺は出たことないから分からないけど。」
ちょっと、どころではない。ここまで特殊で危険な森が一般的なら嫌すぎる。
そ れ に。
「―――この森を、出たことが、ない?」
「うんそう。まぁ拾われるまでは、だけど。お師匠は、自分はふらっと出掛けて何故か食べ物とか金品の類を貰ったって言って帰って来てた。俺には研究しとけーとか言ってさ。お師匠が患者とかをここに連れて来ることもあったけど。五体満足でここに出入りするやつなんか知らないから、あぁお師匠、友達いないんだなぁって思ってた。」
「そ、そうだったのですか。」
「まぁ患者っつっても、どうしようもなく匙を投げられた状態の人達だったけどな。」
「…天寿を全うされようとする方たちすら捨て置かれないとは…慈悲深い方だったのですね。」
ティルダが言ったこの一言には、今までの飄々とした受け答えは返ってこなかった。
こちらの耳に入ってきたのは、淡々とした声色。
なのに、冷え切った怒りが隠しようもなく滲んでいた。
「天寿ね…。焼き討ちにあって全身爛れ、虫の息の老人。兵士崩れの夜盗に両親が切り刻まれる様を、何もできないように両手両足を原型を留めないほど潰された上で見させられた青年。男に嬲り者にされ身篭れなくなり、恋人から捨てられ錯乱した女性。こういうのも天寿を全うしたって言えるか? そうだって言うなら、そんな天や神ならいるだけ無意味だ。俺はんなもの、信じちゃいない。」
強い視線を返されて、ティルダは射抜かれたように固まって反駁もできずにいる。
「足掻けるだけ足掻く。理不尽な思いをする者を救う手立てがあるなら、その理不尽さを上書きできるようにするのが、俺の、術師としての信条だ。」
「――部下が失礼な物言いを致しました。お許し下さい。」
すっかり萎縮してしまった後ろの二人に代わり、謝罪を述べる。と、感情を昂ぶらせた自分を恥じたのだろうか、少しバツが悪そうな気配が返ってきた。
「…ごめん、口が過ぎた。」
「いえ。」
「――他意があったとは思ってない。…あんたたちは、命を奪うことも奪われることもある鉄火場に立つ側だ。俺と相容れない部分があるのも当然って思ってはいる。ただ、俺でさえ戦の凄惨さは身に沁みて知ってる。災害と一緒さ…いや、もっと性質が悪いな。戦禍は、弱者に対してのお目溢しや情け容赦なんかしない。どこまでも無慈悲で残酷だ。大義名分はあれど、戦になって流される血が変わるわけじゃない…。まぁ、俺が偉そうに言えることじゃないな。」
自嘲気味に言う。
彼は20歳を越えてはいまいと見たが間違いだったのだろうか。
まるで血煙に視界を染め上げたことがある戦帰りの騎士のようだ。
知性を宿した生き物が、同族の息の根を止めるためだけに死力を尽くす。
その愚かしくも、どうしようもない事実が具現化した戦場を。
「あぁ…――どこまで話したっけ。俺が森から出なかったのは、外に出るのは一人前になってからというお達しがあったからさ。おかげで日々の糧は、自力でなんとかしないといけなかった。」
「こ、この森で狩や採集をされていたのですか!?」
上擦ったアールトの声。
無理もない。
自分も驚いた。
危険種やら、名前すら知られていない猛獣が闊歩するこの森で採集とは。
「あぁ、うん。だって食べないと生きてけないじゃないか。それに俺の場合、研究対象が植物全般と術の構築・解析・応用だからなぁ。森で植物採取するのは必須だった。最低限の身のこなしと狩のため弓や短剣は最初に叩き込まれたし、慣れるとそう困ることもなかったよ。ときたま獣や人食い植物のお腹に収まりそうになった時はあるけど。」
なるほど、猛獣がうろつく森で足音をさせて歩くなど愚の骨頂だ。
気配を絶つのは必須能力であるにちがいない。
ようやく、初対面での気配のなさに得心がいく。
…というか食ったのか?あの猛獣を?
「うん、少しあくが強いけど。慣れると美味いよ。俺からも質問いいかな。君達がここに来たってことは、にっちもさっちもいかない位、皇国は困ってるのかな?」
「(前述は流しておくとして、)…確かに我々ではどうしようもない状態にあります。」
「そりゃまた、一大事だ。ちなみに誰が、どこで、何に、困っているのかをここで教えてもらうのは可能?」
視線を注がれる。
「そうですね、お話することには問題はありません。ただ、よろしければサーラ殿に可能なことをお教え頂ければ幸いなのですが…。不勉強で申し訳ないのですが、あなたのお師匠であったイルーア殿に関しても、巷説を耳にした程度なのです。緑術師が治癒に特化した術師であることぐらいしか存じ上げません。」
「ははぁ、そりゃそうか。緑術師ってお師匠が初めに作って名乗ったようなもんだし。そうだな、皇都にも薬師はいるだろう?」
「ええ、それは勿論。」
「ちょっと長くなるが、説明する。いわゆる薬師っていうのが、薬草の知識の有用性を知り、その効能を人体の内から及ぼすことのできる者だ。この点は緑術師も大して変わらないよ。だけど緑術師の場合だとそれに加えて、植物の力を媒体にし術の発動ができる。それを使えば、欠損した腕や足という身体の部位を修復したり、他の害ある術による障害を中和すること、あとは、まぁ心の病なんかも場合によっては治療が可能かな?」
「「「……………」」」
事実は噂より凄まじいじゃないか。
普通は逆だろうに。
これを知ったら皇宮お抱えの鼻持ちならない老体の宮廷薬師達は腰を抜かすか泡を吹きかねん。
まあいい気味だが。
「…おーい、理解できた? みんな黙っちゃったけど。」
「っ、申し訳ありません。少々…と申しますかかなり驚いてしまったので。」
後ろの二人もこくこくと追従するように、首を縦に振っている。
「職業柄、我々は怪我とは切っても切れない仲です。ですが刀傷を負った場合は、化膿止めを処方され、病の際は熱さまし等を処方される程度ですので…」
しかも、即効性はない。
「ふぅん…。そのくらいなのか。」
「それに、他の術師がいることは聞き及んだことがありますが、大変少ないと…。」
「それは仕方ないよ。術が構築できるかどうかは天賦のものらしい。他の術師もそうだろうからな。」
「そうなのですか?」
「お師匠から聞いた話だとね。お師匠自身、どうしようもないって焦った時に初めて発動したらしい。そん時は大したことなかったらしいけど。で、せっかくの力だから効率よくさらに効果を上げて使用しようと研究したって訳だ。案の定、突き詰めたら理があるって分かったし、無尽蔵じゃなく限界も分かったわけ。」
「どのような、ですか?」
突っ込んで聞くな、アールト。
少し関心するぞ。
「まず、俺の場合、植物が媒介として不可欠であること。それと術師の体力と思念の強さが必須であること。お師匠の言う『心技体』っていうのはココから来てる。」
「そ、それだけ?」
奇跡とまで謳われた術が、“やる気と根性”のようなものではアルの反応も、分からなくはない。
だが、そのまま表に出すようでは修行が足りんな。
かく言う自分も驚いているんだが。
「それだけって…馬鹿にしちゃだめだ。この点をどちらも満たさないと術は発動しない。初めは焦ったよ。それと何故か能力が格段と落ちる時期まであるし、万能なようで万能じゃないんだよ。」
肩をすくめ、軽く話している。
しかし、見過ごせない。
自身の弱点を初対面の相手に晒しているが、その判断はなぜなのか。
けして愚鈍ではない、むしろ理路整然とした思考回路と深い知識の持ち主が。
自分の腕に自信があるからなのか。
「いえ、そこまでおっしゃっていただく必要はないのです。我々もそこまで知ろうとは思いません。」
あの上司が聞いたら、「貴様、気でも狂ったか!?」と言われかねない台詞が口から出ていた。
確かに向こうから弱点を晒しているのだ。こちらから気兼ねする必要は全くない。
しかしな。
仕事であれば手を貸すという姿勢。
確固とした術師としての矜持。
人里離れた場所にいるにも関わらず、研鑽を怠らず、それに裏打ちされた自信。
彼に助力を望むならば、こちらも誠意を尽くすべきだろうと自然にそう思っただけだ。




