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亡き夫と十七歳で再会しました~無愛想な彼に、今度は私から恋をする~  作者: 熾星


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きらめく金色の飾り文字

 高校時代、母が営む衣料品のネットショップは好調だった。秋に入ると、季節の切り替えに向けた仕入れも重なる。由紀は娘と食事を終えると、一本の電話で呼び出された。


「今夜は帰れないかもしれないから、待たなくていいわ。レッスンにはおじさんに送ってもらうから、早めに下へ降りておいて」


 玄関では運転手が鞄を持っていた。エレベーターの前まで行ったところで、母は引き返してきた。


「テーブルに温かい飲み物を用意してあるからね。あと二、三日でまたお腹が痛くなるころでしょ。冷たいミルクティーは控えなさい」


 夏帆は返事をし、母が出ていくのを見送った。由紀は背が高くなく、経営者になってからは、いつもハイヒールを履いていた。こつこつと響く足音は、澄んでいて小気味よかった。エレベーターの扉が閉まり、その音が消えてから、夏帆はリビングへ戻った。


 ローテーブルには、丸みのあるプリンセス柄の保温ボトルが置かれていた。母が稼げるようになり、初めて海外のディズニーランドへ連れていってくれたときに買ったものだ。幼いころは水に味がないと嫌がったので、中身は蜂蜜水だった。この数年は食事制限で生理が不規則になり、母は日を数えて、生姜のお茶を用意してくれるようになった。


 中学生のころ、男子に柄が子どもっぽいと笑われ、それから学校へは持っていかなくなった。家に帰ると急いで中身を飲み干し、どうしても飲めなければ、こっそり捨てた。仕事に忙しい母は、めったに気づかなかった。


 小さいころから、母は娘に明るく華やかな物を持たせたがった。プリンセスのボトル、きらきらした髪留め。チェロケースまで目の覚めるような赤で、わざわざ人に頼んで海外で作ってもらい、名前が金色の飾り文字で刻まれている。昔は派手すぎると思っていた。それを今、ひとつずつ見ていると、目を離すのが惜しかった。


 練習の時間までは、まだ一時間半あった。ボトルを鞄に入れ、チェロケースを背負って、母へメッセージを送った。


【おじさんには、終わるころ音大へ迎えに来てもらって。行きは地下鉄で行くね。】


 すぐに音声メッセージが返ってきた。


「今日は音大の学生さんたちと一緒に練習する日でしょ? 石田先生もいらっしゃらないのに、そんなに早く行ってどうするの。夏帆、また練習を口実に男の子を追いかけたりしたら、承知しないからね」


【今度は本当に練習! これからのお小遣い全部を賭けて誓います!】


 二秒ほどして、王冠をかぶり、しぶしぶうなずいているスタンプが届いた。夏帆は笑って、スマホをしまった。


 夕方の榊野音楽大学には、あちこちから楽器の練習の音が流れていた。廊下には、年月を重ねた木の柔らかな匂いがある。石田先生は名の知れた演奏家で、大学の学生以外では、普段は附属の音楽教室で専門の道を目指す子どもしか教えていなかった。普通高校に通い、それほど熱心でもなかった夏帆のために、母は人を介して頼み、追加のレッスン料を支払った。それでようやく、時間を割いて指導してもらえるようになった。


 夏帆に才能がまったくなかったわけではない。ただ、昔はじっと練習していられなかった。いちばん真面目に取り組んでいたころでも、一日一時間には届かず、レッスンのたびに、開始時刻ぎりぎりで練習室へ駆け込んでいた。


 大学を卒業してからは、弓に触れてもいない。今はひどく腕が鈍っていたが、ふたつの人生を通しても珍しいほど集中できた。時計を見上げたときには九時を過ぎ、同じ先生に習う学生たちは、とっくに帰っていた。


 練習室から裏門までは遠かった。荷物をまとめて外へ出ると、黒い車がすでにしばらく待っていた。窓に掛けられた男の腕には虎や豹の刺青があり、首には太い金のネックレスが光っている。夏帆を見つけると、クラクションを二度鳴らした。


「おじさん」


 修平は車を降り、チェロケースを受け取りながら、彼女の顔を見た。


「疲れただろ。外は暑いから、早く乗って涼めよ」


 母から聞いた話では、五歳下のこの弟は、祖母が長いこと待ち望んで授かった息子だった。地元で何度か職を変え、どれも長続きしなかった。それでも祖母は、周りに見る目がないだけだと言い張り、雑用からでもいいから、姉のところで働かせろと強く迫った。


【他人より、実の弟のほうが頼りになるでしょう。】


 その言葉は、夏帆も何度となく聞いていた。


 榊野へ来て、まだ一か月。修平には、地元でぶらぶらしていたころの空気が残っていた。後年、会社で丁重に挨拶される部門責任者の姿からは程遠く、今は運転手の送迎を一部引き受けているだけだった。


 夏帆がシートベルトを締めていると、彼は助手席から紙袋を持ち上げた。


「前にSNSに載せてた店のだろ。わざわざ遠回りして並んで買ってきたんだ。お母さんもいないし、飲めよ」


 アイスミルクティーのカップには、水滴が伝っていた。夏帆はそれを見たが、両手は膝の上に置いたままだった。


「ありがとう。でも、これからは飲まないことにしたの」


 差し出された手が一瞬止まり、やがて助手席へ戻った。男はバックミラー越しにこちらを見た。口元には、まだ笑みがあった。


「ダイエットか。わかる、わかる。お母さんに言いにくいことがあったら、俺に言えばいいからな」


 適当に返事をして、窓へ顔を向けた。母と再会したときは、うれしさだけで頭がいっぱいだった。この男が目の前に現れて、前の人生で起きた災いが、少しずつつながった。


 高校の二年間、修平はよく小さな贈り物を持ってきて機嫌を取り、レッスンをさぼったことも何度も隠してくれた。母が怒って小遣いを止めれば、自分のカードを使わせてくれた。その後、工場を増築することになると、祖母がしつこく口を出した。食卓で母に意見を聞かれた夏帆は、叔父を褒めることばかり言った。


 そうして、増築工事を取りまとめる仕事が、彼に任された。


 台風が通過した年、工場の屋根が轟音とともに崩れ落ち、十数人の女性従業員が死傷した。工事の責任者は、その前に海外へ逃げていた。報道によると、建材の多くが粗悪品にすり替えられ、リベートの一部は修平の口座へ、それ以上の金が会社の口座へ流れていたという。


 ネットが非難で埋まる中、母は責任を問われ、刑務所へ入った。海外にいる叔父からは、それきり音沙汰がなくなった。夏帆はずっとあとになって気づいた。日々のささやかな親切にほだされ、自分が少しずつ、彼のために扉を開けていたことに。


 信号が赤に変わり、車が止まった。修平がポケットの中の、買ったばかりの煙草を触った。バックミラーに映るその手を見て、夏帆はゆっくり唇を結んだ。


 今度は、増築工事に近づけさせてはいけない。



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