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亡き夫と十七歳で再会しました~無愛想な彼に、今度は私から恋をする~  作者: 熾星


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彼がつけた印

 八日間の秋休みが終わった。登校初日は、日中の授業を何コマか続けて、試験前の自主復習に充てることになっていた。午後は早めに終わり、机と椅子を動かして、試験会場を整える。翌日からの二日間で、今学期の到達度テストが行われる予定だった。

 朝のホームルームが始まると、沢田先生が座席表を持って入り、掲示板へ貼った。

「今学期、初めての一斉テストです。気を引き締めなさい。復習した人は、間違えた問題をもう一度確認すること。休みの間に遊んで、教科書のことを忘れた人は、今日しかありません。先生は教壇で授業の準備をします。みんなは自分の席で復習して。よそ見をしているところを、見つけられないようにね」

 特進の二クラスを除けば、普通のクラス同士に、さほど大きな違いはなかった。普段は仲よくしていても、試験後に平均点が並べられ、最下位になれば、やはり居心地は悪い。

 教師が教壇の後ろへ座り、四十人あまりの教室が、静まり返った。プリントを集める係の男子は、さっき口へ入れたパンさえ、大きな音で噛めなかった。そのひと口を含んだまま、長いこと英単語を見ていた。

 ホームルームが終わり、沢田が授業案を取りに職員室へ戻ると、ようやく教室に声が戻った。大勢が教壇へ集まり、試験室と座席番号を書き留めようと、押し合った。

 今回も、前の一斉試験の成績順に、一室四十人ずつ割り振られていた。前回の期末試験のころ、夏帆は体育祭で盗撮され、投稿を広められたことを、まだ気に病んでいた。理系を選ぶだけでも精いっぱいで、授業にはついていけなかった。試験当日には風邪を引いて微熱があり、解答用紙の受験番号をマークするのも忘れた。ひどすぎて、見たくもない成績だった。

 何度か前を見たが、席を立たなかった。最後か、その一つ前。どうせ大差はない。あんなに人がいるところへ、押し分けて見に行くのは恥ずかしかった。

 ずいぶん待って、実乃里が先に人の隙間から出てきた。ノートとボールペンを握り、身軽に窓際へ戻ってきた。少し得意そうで、餌を見つけて帰った小鳥のようだった。

「夏帆、見に行かなくていいよ。写してきた」

 紙を半分破り、四角く畳んで、後ろの机へ渡した。開いてみると、やはり理系九室のうち、最後の試験室だった。三十番。

 まだ教壇の周りにいる生徒以外は、教師がいない間に、外へ息抜きに出ていた。教室はかなり空いた。夏帆は頬杖をつき、小さくため息をついた。

「理系に何人いるか、私の番号見れば、だいたいわかるね」

「それは、前の成績でしょ。最近、あんなに頑張ってるんだから、きっとよくなるよ」

 実乃里は椅子を、夏帆の机のそばへ寄せた。

「それに、最後じゃないよ。さっき見たけど、三崎くんも第九試験室だった」

「何番?」

「三十八番。前の学期はまだ転校してなかったから、前回受けてない人のところに入れたんじゃないかな。でも、来るかはわからないよ。Sグループの人たち、私たちと別の時間に受けることも多いし」

 実乃里は辺りを見回し、話題の当人がいないことを確かめてから、声を落とした。

「黒田なんて、まだAグループで、普段は私たちと一緒に授業受けてるのに、何回か来なかった。私、前も同じクラスだったけど、そのころ、すごく得意げだったよ」

 夏帆はうなずいた。一室に五列、各列八席。自分が三十番で、彼が三十八番なら、たぶん隣だ。前の人生で、あれほど目立つ人が隣に座っていたなら、少しくらい覚えているはずだった。

 八日の休みのうち、五日も塾へ通った。二度の人生で、あんなに必死に頭へ詰め込んだことはない。塾から持ち帰った資料を机へ広げ、蛍光ペンで線を引いた。引くほどに調子が出て、気持ちまで熱くなった。

 昼食のあと、午後の一時間目までは、まだ間があった。教室では、もう多くの生徒が机へ伏せ、実乃里も少し眠っていた。夏帆はまだ元気で、重要なところへ線を引き続けていた。一ページが、ほとんど色で埋まりかけたとき、隣から澄んだ声がした。

「この鶴見と、親しいの?」

 大人になってからのような、逆らいにくい響きは、まだなかった。それでも、聞き間違えようがない。振り向くと、感情の読めない蒼介の顔があった。

「……え?」

 さっき、試験には来ないかもしれないと話したばかりなのに。どうして、ここにいるのだろう。それに、鶴見とは誰だ。聞いたこともなかった。

 蒼介はリュックを置き、コピーされたノートの名前の欄を、ペン先で指した。夏帆はその先を見て、しばらくして、ようやく思い出した。

「親しいってほどじゃないかな。塾に申し込んだの。数学の先生だよ」

 少し間が空いた。顔はあまり変わらなかったが、声は、いくらか和らいだようだった。

「俺が印をつけたところは、見ないの?」

 夏帆は、わからないまま彼を見た。

「宿題のプリント。大事な問題にはチェックを入れてある。一問目、二問目の手順を確認して、三問目は飛ばしていい。解き方がわかれば、選択問題や穴埋めにも使えるから」

 二度の人生を合わせても、これほど長く話すのを聞いたことは、あまりなかった。まばたきまでゆっくりになり、淡く赤い薄い唇を、つい見つめた。彼が目を上げてから、失礼だったと気づいた。急いで返事をし、視線を外した。

 書いてもらったプリントは、机の引き出しに、可愛い小さなクリップで留めてあった。出して丁寧にめくると、問題番号の下に、確かに印があった。片面に一つか二つで、多くはない。同じ黒いペンだったので、今まで気に留めていなかった。こんな意味があるとは、考えもしなかった。

 うれしい一方、申し訳なくもなった。目の前の十七歳の少年は、少し無口で、顔は冷たく、ときどき変なことを聞く。それでも、自分には、本当によくしてくれていた。

 鞄からチョコレートを一粒出し、彼がペンを持った隙に、すばやく手のひらへ押し込んだ。

「ありがとう」

 笑うと、えくぼが二つできた。彼は短く返事をし、手を握った。

 休みに一緒に食事をしてから、また少し近づいた気がしていた。今の蒼介は、背が高く、もっと無口になった千紗のように見えた。そう思うと、怖さも減った。前の人生では、あれほど嫌がった食べさせる仕草を、この前は受け入れた。袖を引いたときも、一度は振り払われたが、その後は、少しずつ慣れたようだった。

 せいぜい、自分が笑ったり甘えたりすると、顔が少し険しくなるくらいだ。まだ確かではないが、あれは嫌っているからとは限らない気がした。目の前の人は、前の人生の夫とは違いすぎる。付き合い方も、一から少しずつ試さなければならなかった。

 そう考えると、かなり気が楽になった。塾の資料をしまい、机には数枚のプリントだけを残した。塾で指定された範囲に比べれば、ずっと少ない。まずは合格点に届けばいい。手順に沿って、少しずつ取り組むと、思ったほど難しくなかった。すぐに一ページ終わり、勉強ができたような楽しさまで湧いてきた。

 顎を支え、肩を軽く揺らした。首を傾けて笑いをこらえていると、視界の端で、隣のペン先が止まった。蒼介が顔を上げ、こちらを見ていた。

 昼休みの教室には、小さなページの音と、呼吸だけがあった。カーテンを通った日差しが、水の底のような青を、辺りへ広げていた。色の薄い目は静かで、少し落ち着かなかった。

 夏帆は笑みを引っ込め、視線を避けた。別のことを思い出した。

「……千紗ちゃんにあげたナイトライト、開けて見た?」

「見てない」

 平然と答えた。ほっとしながら、それでも念を押した。

「あれは千紗ちゃんにあげたの。子どもにも秘密はあるんだから、開けないでね」

 カードには、一万円以上残っていたはずだ。千紗はまだ小さく、ひとりでバスや地下鉄に乗って帰れない。もう少し大きくなれば、きっと使える。

「うん。開けない」

 素直に答えられると、それ以上言うのも気が引けた。話題を変えた。

「今日は、どうして午後の自習に戻ってきたの?」

「競技のテストは、午前だったから」

 少し考え、また聞いた。

「じゃあ、今回の到達度テストは受ける?」

「受けてほしいの?」

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