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亡き夫と十七歳で再会しました~無愛想な彼に、今度は私から恋をする~  作者: 熾星


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3/10

こんなにも甘えたがり

 三崎の自己紹介は短かった。名字を名乗っただけで、「よろしくお願いします」の一言さえない。それでも拍手は盛大で、クラスに格好いい男子がいないといつもぼやいていた女子たちは、特に熱心だった。


 通路側に座る、数学のプリント係の男子が舌を鳴らした。


「しくじったな。来世は俺もあの顔がいい」


 反対側で、黒田が笑った。


「まず靴見ろよ。偽物にしたってひどすぎるだろ。たった二つの単語、両方スペル間違ってるし。リュックの横も、縫いすぎて網みたいになってんじゃん。学校、どこで見つけてきたんだよ、あんな特待生」


 まだ沢田先生がいたので、声は抑えていた。それでも近くの生徒には聞こえていた。さっきまで顔に見とれていた視線が、次第に靴やリュックへ移り、遠慮もなく品定めしはじめた。


 教壇のそばに立つ彼の表情は、少しも変わらなかった。夏帆がたまらず隣の椅子を蹴ると、彼がこちらを見た。日の光で薄く透けた、淡い茶色の瞳。獲物を狙う動物のような冷たい目が、先ほど聞いた噂を思い出させた。


 黒田は教科書を立て、その視線から隠れた。


 二学期が始まって二週間。席はとうに決まっていて、空いているのは二つだけだった。ひとつは夏帆の隣。もうひとつは最後列の、ゴミ箱と掃除用具のそばだ。


 本鈴まであと二分。沢田先生は飲み物のカップを取りに職員室へ戻る前に、夏帆を見た。うなずくと、先生はこちらを指し示した。


「今日はひとまず、あそこに座って。都合が悪ければ、来週また調整しましょう」


 男子がリュックを背負って歩いてくる。夏帆は彼を見つめたまま、胸をどきどきさせていた。前の人生で迎えたこの日の記憶が、少しずつ鮮明になっていく。


 あのときは、先生に見られた途端に首を振った。彼の目が怖くて、厄介なことに巻き込まれたくなかった。そのあと彼は最後列に座り、ゴミ箱もモップも、雑巾を洗った汚水まで、嫌がらせの道具にされた。


 学校の中で目立ちすぎる彼は、それだけ多くの嫉妬を買った。当時は自分に関係のない騒ぎとして眺めていた屈辱の数々を、今は思い返さずにいられない。後年の陰気さや執着の強さには、この二年間の経験も関わっていたのだろうか。


 最初の日から、うまくやれていたら。何か変わっただろうか。


 前の人生で、彼が自分を恨んでいたのか、愛していたのかは、今もわからない。それでも雪山で助けてくれたことだけは確かだ。恩返しのつもりで、今度は自分も手を差し伸べたかった。


 沢田先生が出ていくと、一部の生徒はうつむいてプリントの直しに取りかかり、残りはまだこちらを見ていた。誰かが小声で桐谷の名前を出し、それから転校生を見て、面白がるように笑った。ああいう、見物するような顔はよく知っている。普段は隣に誰が座るかにまでうるさい自分が、進んで席を空けているのだから、信じられないのも無理はなかった。


 夏帆が一年間、桐谷を追いかけていたことは、学校中が知っている。安物を身につけ、冷たい顔をしているこの新しい同級生は、あの人とはあまりに違っていた。


 唇を結び、近くの生徒たちの驚いた視線を受けながら、空いた椅子を少し引いた。座りやすいよう、座面を通路へ向ける。けれど彼は夏帆の顔を一瞬見ただけで、そのまま通り過ぎ、後ろへ向かった。


 夏帆は目を見開き、慌てて隣の席へ移ると、脚を伸ばして通路を塞いだ。


「後ろの机、物が置いてあるから座れないよ」


 声が少し震えた。灰色と白のチェックのスカートは、校則では膝が隠れる長さと決まっている。夏帆はそれを野暮ったいと思っていて、服装検査が終わると、まずトイレへ行き、ウエストを二回折ってクリップで留めていた。手慣れたもので、鏡もほとんどいらない。今は風がカーテンを膨らませ、そのスカートの裾まで持ち上げたので、慌てて押さえた。


 幸い間に合って、膝の上が少し見えただけで済んだ。幼いころから丸みのある体つきで、細さばかりがもてはやされる年ごろには、それがずいぶん悩みの種だった。裾はまだ風に揺れている。男子は目を伏せ、それから後ろの机に置かれたチョークの箱をいくつか見て、夏帆の隣の机の中へ視線を移した。


 未開封の問題集、リップクリーム、小さなヘアアイロン、ピンクのキティ柄のハンドクリーム、半分食べかけのチョコレートビスケット。持ち込み禁止の品を隠すように、その手前にはカーディガンが掛かっている。いちばん奥からは、スマホの角がのぞいていた。


 彼の眉が、わずかに上がった。


 夏帆は顔が熱くなった。もう少しきちんと片づけておけば、「座れない」なんて言い訳を、自分の机のせいで台無しにせずに済んだのに。


 脚を引っ込め、慌てて机の中の物を自分のほうへ移した。彼の顔立ちは、後年ほど鋭くはなっていない。それでも見られていると、落ち着かなかった。


「好きに置いていいから。足りなかったら、こっちの窓のところも使って」


 彼はまだ立っていた。夏帆は唇を噛み、袖口をつかんで、そっと揺らした。


「ここ、座ってよ」


 彼の視線が手元に落ちた。指先に汗がにじんでいる。それでも意地になって布をつまみ続けた。服からかすかに洗剤の匂いがするほど、近かった。


 彼は目を伏せたまま、何も答えなかった。そんなふうに見られるのは怖い。それでも、うなずいてもらうまでは放せないかのように、袖をつかんでいた。泣いたあとの目はまだ少し潤んでいて、一瞬だけ目を合わせて、またそらした。夏帆は少し望みが見えたような気がして、もう一度引いた。そのとき、指の腹が彼の手のひらをかすめた。


 彼の指がこわばり、勢いよく振り払われた。


 手の甲が机の縁に当たり、こつんと音がした。指の関節が赤くなる。痛みはそれほどでもなかったが、周囲が急に静まり、前の席の実乃里まで振り返って、呆然と見ていた。


 夏帆は恥ずかしくて、手を隠してしまいたかった。幼いころから甘やかされて育ち、親しい人のそばにいると、つい甘えたくなる。けれど蒼介だけは、ずっと例外だった。前の人生でも、少し近づいただけで顔を冷たくされ、次第に気安く振る舞えなくなっていた。


 何年も隔てて再会し、そのことを忘れていた。会うなり袖をつかんで、放そうとしなかったなんて。


 顔を上げると、あの冷ややかな目とぶつかった。胸が沈んでいく。きっともう、うんざりされている。


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