迫力がありすぎる
体育教師は、臨時のグループ分けの表を見ても、最初はぴんとこなかった。普通のクラスに所属し、普段は別の発展学習の時間割で動く競技生だと聞くと、蒼介を何度か見て、練習へ加わるよう指示した。
一時間は五十分だった。準備運動で二周走り、残りは引き続きサーブとレシーブを練習した。三面のコートがあったが、男子の人数が多く、女子は右端の一面だけだった。ふたり一組でネットを挟み、白と青のボールがあちこちへ飛んだ。
夏帆は今度こそ、枕元の小さなカレンダーに先に印をつけ、朝から運動用の下着を着てきた。教室では少し窮屈だったが、走ったり跳んだりすると、前よりずっと楽だった。少なくとも、何度も立ち止まって休まずに済んだ。
はじめのうちは、こちらを見る男子もいた。やがて、それもなくなった。新しい出来事は、もっと早く人の目を引いた。特に、初めてコートへ来た蒼介は。
準備運動のときは列の最後にいて、目立たなかった。サーブが始まると、見ずにいられる者は、ほとんどいなかった。ほかの生徒がネットを越す方法を考えている間に、彼はエンドラインから三メートル後ろへ立ち、ボールを上げ、助走し、跳んだ。動きはひと続きだった。
左腕が振り下ろされ、ボールの中心を捉えた。激しく回転しながらネットを越え、地面で鋭い音を立てた。風が前髪と上着の裾を持ち上げた。着地の動きに肩と背中が引き締まった。その鮮やかさに、夏帆は目を奪われた。
実乃里もボールを抱え、思わず声を漏らした。
「迫力ありすぎ……経験者なのかな」
近くの女子たちも向こうを見て、小声で話した。夏帆は意識を戻し、練習の合間に少しだけ見ることにした。それでも胸騒ぎが消えず、何か起きそうな気がしていた。
蒼介と組んでいたのは黒田だった。以前、夏帆をいちばん面白がってからかった男子だ。蒼介のサーブは速く、重く、ほとんど受けられなかった。黒田が打ち返しても、蒼介は両手でレシーブしようとせず、地面へ落ちて弾んでから、また左手だけでそのまま返した。
何度か繰り返すうちに、黒田はボールをぶつけられるか、コートの脇を走って拾うかになった。走るほど腹が立ち、息を切らして怒鳴った。
「お前、頭おかしいんじゃねえの?」
教師は近くでフォームを直していたが、言い争いに気づき、やってきた。
「そこのふたり。練習中に何を揉めてる」
黒田の半袖は埃まみれで、顔にもボールの跡があった。怒りで声まで高くなっていた。
「こいつ、俺のボール全然受けないんですよ。何もしてないのに、毎回顔狙ってくるし。目立ちたいからって、こんなのないでしょ。喧嘩したいなら、はっきり言えよ。怖くねえから!」
◇
竹内は黒田の目線を追った。周りの生徒が、みなこちらを見ていた。宮原まで、こっちへ目を向けている。黒田は横を向き、歯を食いしばった。顔は真っ赤だった。
蒼介はネットのそばに立ち、ざらついたボールの表面へ指を掛けていた。ひと言も返さなかった。目には波も立たず、まるで全部、自分とは無関係のようだった。
竹内は十数年、生徒を見てきた。こういう競技グループの秀才には、もともと偏見があった。少し成績を残し、周りに持ち上げられると、同年の生徒を見下すようになる。黒田は以前から知っている生徒で、父は学校法人の理事だった。数学の訓練にも参加しているが、成績はAグループにとどまり、普通の授業にも出なければならなかった。
埃だらけで目を赤くしている姿を見て、竹内は先に、黒田がいじめられたのだと決めつけた。知らない生徒へ向ける声も冷たくなった。
「表に名前がないな。何ていうんだ?」
蒼介は答えず、後ろの生徒が先に言った。
「三崎です」
「三崎か。喧嘩じゃないなら、どうして黒田のボールを受けない?」
教師はペンの芯を出し、表に名字を書いた。少年は遠くを見た。女子のコートは少し離れ、木が大半を隠していた。ネット際の人だかりも、視界を遮った。向こうでは、まだボールが飛んでいる。女子たちはもう練習へ戻っていた。
「できません」
「ジャンプサーブができて、レシーブはできないのか?」
「はい」
竹内は、言葉を詰まらせた末に笑った。これまで、どれほど騒がしい運動部の生徒でも、注意すれば少しは控えた。転校してきたばかりの生徒が、大勢の前で、こんな態度を取るとは。ペンをクリップボードに挟み、意地でも引き下がれなくなった。
「できないなら覚えろ。できるようになるまで帰さないからな。まず手を出して、掌を上に。指を伸ばせ。右手を左の掌に重ねる。袖をまくれ。見てやるから」
蒼介は左手にボールを持ち、右手を脇へ下ろしたまま、動かなかった。
「聞こえなかったのか?」
教師が目の前へ立った。蒼介より背が低く、腹も出ていたが、厳しい声が響くと、周りの生徒は静かになった。黒田は勢いづき、わざと気楽そうに笑った。
「先生、こいつ寒がりなんですよ。服、体にくっついてるみたいで。誰にも触らせないんです」
少年の顎に力が入った。それでも何も言わなかった。竹内は見据え、ますます顔を険しくした。
「あと十秒だ。手を出さないなら、こっちでやる。十、九、八、七……」
◇
半分ほどのコートで練習が止まり、周りは見物の生徒で埋まっていた。蒼介は秒を数える教師を見て、動かなかった。ただ、口元の線だけが、少しずつ張りつめていった。
最後の数字を言い終えると、竹内は適当に男子をふたり指した。
「行って、袖をまくってやれ」
ふたりが近づいてきた。彼の目は、あまり見ようとしなかった。左手からボールが離れ、地面で二度弾み、遠くへ転がった。
運動場の周囲には、カメラがあった。蒼介はそのレンズを考えた。抵抗すれば、どんなふうに記録されるかも考えた。指を握りしめ、指先がわずかに震えても、相手を押しのけなかった。
運動着の布は滑りやすかった。男子ふたりが左右の袖口をつかみ、両手で力いっぱい引き上げた。しばらく堪えたが、止められなかった。ゆったりした袖が肘の上まで押し上げられ、露わになった皮膚を見て、周囲は急に静まり返った。
ふたりが離れ、見物の生徒たちは目を見開いた。肌が白いため、重なる古い傷痕がひときわ目立った。特に右腕の一本は、二十センチ近くあった。そんな傷を間近で見たことのない生徒たちには、映像の特殊メイクでしか知らなかったものが、目の前へ現れたように見えた。




