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亡き夫と十七歳で再会しました~無愛想な彼に、今度は私から恋をする~  作者: 熾星


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喉が渇く

 夏帆は少し戸惑ってから、うなずいた。


「……うん」


 彼の手が本のページの上で止まった。机の上には教科書とプリントばかりで、古いリュックもぺたんとしていた。あの日買った物は見当たらず、夏帆は仕方なく、自分の机の中を探した。


 傷に使う物なら、いろいろ入っていた。ただ、ごちゃごちゃに積まれている。難易度を上げた採掘ゲームのようで、欲しい物はいつも隙間に潜っていた。綿棒、キャラクター柄の絆創膏、痛み止めのスプレーを次々に取り出し、最後に、未開封の滅菌パッドと固定用のテープが見つかった。


 包装を裏返すと、使用期限内だった。彼が色とりどりの品を見ているので、耳が少し熱くなった。


「一年のとき、チアの選抜に応募したの。結局落ちたけど、その前にずいぶん練習して。毎日転ぶから、買う物がどんどん増えちゃって」


 隣の教室から、扉の開く音がした。誰かに見られるのが気になり、急いで包装を破って、彼の袖口を少し上げた。彼は避けなかった。そこで、そっと傷へパッドをかぶせ、皮膚が破れたところを避けて、縁をテープで留めた。


 テープの端を軽く押さえ、指の腹が手首の骨のそばで、少し止まった。


「去年、転んで膝をけがしたとき、私もこういうの使った。でも三崎のけがはひどいから、薬局でもらった注意書き、帰ったら読んでね」


 返事はなかった。手を引き、首を傾けて、その冷たい顔を見た。


「痛い?」


◇


 指が触れたときから、蒼介には彼女の言葉がほとんど入ってこなかった。


 教室へ入ってくる前から、窓越しに、揺れるうさぎの耳が見えていた。鞄についたいくつものぬいぐるみが、足取りに合わせて揺れていた。授業中は眠くて目も開かなかった人間が、週末を挟んだだけで、学校へ来るのを楽しみにしているようだった。それなのに、彼を見た途端にしおれ、ぐずぐずと席へやって来た。


 片手が彼の手首に添えられ、もう片方が、パッドの縁を丁寧に押さえた。丸みのある指先。手の甲には、浅い小さなくぼみがあった。離れたあとも、そこに温度が残っているようだった。


 そのあたりの皮膚は、とっくに感覚が鈍っている。それなのに、説明のつかないむずがゆさが生まれ、骨の隙間から上ってきた。喉まで乾いた。


 なぜ手伝ってほしいと言ったのか、自分でもわからない。買ってもらった物は家に置いてある。そんな頼みをする意味など、もともとなかった。けれど彼女が答えた「うん」のひと言で、この居心地の悪さまで、手放しがたいものになった。


 彼女は怯えたかと思うと、また思い切って近づいてくる。その慎重さには、彼には読み取れない、少し甘やかすようなものまで混じっていた。痛いと言ったら、どうするのだろう。あの夜のように、また優しくなだめてくれるだろうか。


 そう考えると、体の奥のむずがゆさが、いっそうはっきりした。蒼介は顔をそらし、もう一度聞かれてから、口を開いた。


「痛くない」


◇


 夏帆から見ると、彼の顔は、朝会ったときより冷たくなっていた。曲がって貼られたテープと、その顔を見比べた。小さいころの工作の時間を思い出す。紙を切れば、いつも点線よりひと回り大きくなり、煙突も斜めにくっついた。帰宅するころには、両手に取れない糊がこびりついていた。


 今日も、あのころから大して進歩していない。


 二秒ほど申し訳なくなったが、それほど気にしなくてもいいと思い直した。少なくとも覆えたのだから、むき出しよりはいい。頼んできた本人は、お礼のひと言もない。自分だけ先に落ち込むこともなかった。


 八時十五分。朝のホームルームまで、あと十五分だった。生徒たちが次々に入ってきた。数学のプリント係の男子は、制服のカーディガンを丸め、壁際の同級生と投げ合っていた。入口に人影が見えると、そちらへ放った。


「ほら、息子! 受け取れ!」


 入ってきたのは学級委員長だった。ぶつかった拍子に眼鏡がずれ、服を抱えこんで返そうとしなかった。


「誰が息子だよ。勝手に親になるな」


 夏帆は片手で頬杖をつき、思わず笑った。この男子たちは、やがて自衛隊へ行ったり、金融の仕事をしたり、技術職の中心になったりする。それが今は、服を丸めただけの物で、こんなに楽しそうに遊んでいた。


 隣で、ページをめくる音が止まった。顔を向けると、蒼介は同じページを見つめていた。目元に少し苛立ちが浮かんでいる。夏帆は慌てて姿勢を正し、笑いを引っ込めた。


 前の人生でも、彼は夏帆をうるさがった。笑っても、甘えても、親しく触れ合うときに少し声を漏らしただけでも、怖い顔になった。そのあとは、ますます手に負えなくなる。一度懲りたのだから、今度は覚えておかなければ。


 また夫に先立たれ、遺産を抱えて暮らしたくはなかった。学生のうちはおとなしくして、手伝えることがあれば少し手伝う。いつか母が本当に危ない目に遭ったとき、彼にも力を貸してもらえるかもしれない。


 そう考え、ペンを持って、実乃里のまとめてくれたノートを写しはじめた。朝のホームルームのあとの自習時間は、ひと言も無駄話をしなかった。


 夏休みが終わって二週間分で、ノートはちょうど三ページだった。要点の横には、図も添えられている。半分わかるかどうかだったが、一字ずつ写した。大学入試までは、まだ一年以上ある。あとで母に頼んで塾へ通わせてもらい、少しずつ補えば、間に合うはずだった。


 自習が終わると、実乃里は国語の授業で使う資料を持って、職員室へ行った。夏帆は鞄から苺味のウエハースを一袋出し、付箋にハートを描いて、ノートと一緒に前の机へ戻した。


 こんなに真面目に数学の問題をまとめたことは、まだなかった。窓に青空が映っていた。自分の三ページを何度もめくるうち、自然と口元が上がり、ポニーテールのうさぎの耳まで小さく揺れた。


 問題文と解答は、三色のペンを使い分けて写したので、ずいぶん華やかだった。蒼介の視線が向けられ、しばらくしてから気づいた夏帆は、ひとまずノートを閉じようとした。


「二問目、問題文を写し間違えてる」


 顔を上げた。どこが違うのか確かめる前に、彼の左手がノートを取った。鉛筆の先が何度か動き、C1がC2へ直された。図には、まっすぐな補助線が一本加わった。


 ノートが目の前へ押し戻された。


「前のままだと、問題が成り立たない。これで、もう一度解いてみて」



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