第24話:ゴミ捨て場の天才技師
新居のウォークインクローゼットを抜け、現代日本の自宅へと戻った神崎志乃は、一秒の躊躇もなく行動を開始していた。
目指す現場は、北の鉱山跡のさらに奥にある「黒枯の廃村」。
先の『大魔雪嵐』によって二メートルを超える新雪が降り積もり、気温はいまだ氷点下を下回る極寒の雪山だ。そこへ潜伏している若き技師が、暖房も食糧もなく、数日間を生き延びている保証はどこにもない。
「一分一秒を争うわ。……即座に動ける体制を整えなきゃ」
志乃はまず、雪山行動用の装備を固めた。
作業着の上から、極地仕様の防寒・透湿マウンテンパーカーを羽織り、足元には雪の侵入を防ぐゲイター(スパッツ)を装着。靴はビブラムソールのスノーブーツに履き替える。
そして、ガレージのスチールラックから取り出したのは、ホームセンターのアウトドアコーナーで仕入れておいた軽量アルミ製の『スノーシュー(現代式かんじき)』だった。新雪を踏み抜かずに歩行するための必須ギアだ。自分用とラインハルト用の二組を、ザックのサイドベルトに固定する。
さらに、ビジネスリュックの内部へ、今回のミッションにおける「最重要アイテム」を厳選して詰め込んだ。
五百ミリリットルのペットボトル入りミネラルウォーター。
大塚製薬の『カロリーメイト(チーズ味)』四本入り箱を数箱。
首から下げる温度計付きコンパス。
そして――志乃が自身の胸ポケットへと滑り込ませたのは、二つの精密機器だった。
一つは、スイス・ビクトリノックス製の『十徳ナイフ(マルチツール)』。ステンレス鋼を極限まで精密に鍛造・研磨した、ハサミ、ドライバー、鋸、拡大鏡、ピンセットなどが一体となった銀の芸術品。
もう一つは、日置電機(HIOKI)製のポケットサイズ『デジタルマルチメーター(携帯型デジタルテスター)』。手の平に収まる薄型ボディに、赤と黒のテストリード線が収納された、電気計測のプロ用ツールだ。
「待っててね、偏屈なエンジニア君。……あなたのその頑なな心を、胃袋と知的好奇心の両面から一撃で落としてあげるから」
ジッパーを閉め、志乃は再び樫の木の扉を押し開けて異世界へと飛び込んだ。
*
ヴァルハイト城の裏門。
そこには、大剣を背負い、漆黒の防刃ジャケットに身を包んだラインハルトが、直立不動で待ち受けていた。
「志乃様、準備は万全です。……ですが、重ねて申し上げます。黒枯の廃村は、魔獣の出没地域でもあります。決して私の背中から離れないでください」
「分かっているわ、ラインハルト。……それより、これをつけて」
志乃はアルミ製のスノーシューを差し出した。
「これは……かんじき、でありますか? しかし、木と革紐で作られたものとは比べ物にならぬほど軽く、頑丈な金属でできておりますが……」
「新雪の上を歩くための現代のギアよ。靴底にワンタッチで固定できるわ。これがあれば、腰まで埋まるような深雪でも足を取られずに進めるの」
ラインハルトは目を丸くしながらも、志乃の指示通りにスノーシューを装着した。
城の裏門を抜け、二人は雪に閉ざされた北の山道へと踏み出した。
ザクッ、ザクッ、ザクッ――。
スノーシューのクランポン(爪)が、凍りついた雪面を力強く捉える。
通常の長靴であれば一歩ごとに膝まで沈み込み、体力を激しく消耗するはずの新雪。だが、幅広のフレームが体重を分散させ、二人は驚くほどの速度で雪の急斜面を登り進んでいった。
「す……素晴らしい浮力です! 雪に足が取られぬどころか、爪が氷に食い込み、坂道を滑ることすらありません!」
「でしょう? ……でも、無理は禁物よ。呼吸を乱さないでね」
「ハッ! 志乃様、少しでもお疲れになられたら、遠慮なく私におぶさりください。貴女をおぶったまま山頂まで駆け上がる体力はございます!」
「大げさよ、大丈夫だから前を見て歩きなさい!」
相変わらずの忠犬ぶりに苦笑しながら、志乃はラインハルトの広い背中を追った。
見上げる北の連峰は、大魔雪嵐が去ったばかりで神聖なまでの静寂に包まれていた。白銀に染まった針葉樹の森を抜け、凍結した渓流を渡る。
行軍すること、およそ二時間。
木々の切れ目から、視界の開けた盆地状の谷底が見えてきた。
――そこが、「黒枯の廃村」だった。
かつて鉱山の採掘拠点として栄えていたという集落は、十数年前に放棄されて以来、完全に時間の止まった墓場の様相を呈していた。
立ち並ぶ木造の小屋は、大半が雪の重みで屋根が崩落し、朽ち果てた柱が雪面から墓標のように突き出ている。
人の気配など、欠片もない。
ただ、冷たい風が木立を揺らす音と、遠くで雪崩が起きる鈍い地鳴りだけが響いている。
「……酷い有様です」
ラインハルトが警戒を強め、背中の大剣の柄に手を添えた。
「魔獣の気配こそ感じられませんが……こんな極寒の吹き溜まりに、本当に人間が潜んでいるのでしょうか? 嵐の最中に凍死していても何ら不思議ではありません」
「諦めるのは、足跡を探してからよ」
志乃は目を凝らし、雪面を見渡した。
村の中央を通り抜け、奥まった岩肌の崖下へ向かう。
そこには、崩れかけた石壁に寄り添うようにして建てられた、ひときわ大きな納屋の残骸があった。
大半の屋根が抜け落ち、ボロボロの板切れが雪風にカタカタと揺れている。
だが――その納屋の入口の足元に、志乃は見逃さなかった。
新雪が降る前に踏み固められ、わずかに窪んだ「人間の足跡」の痕跡。そして、屋根の隙間から微かに漂ってくる、異様な臭気。
「……焦げた石の匂い。それに、硫黄と酸の刺激臭……」
志乃が呟いた。
「錬金術……いや、魔石を削り、加工する際の特有の排気臭です!」
ラインハルトの眼光が鋭く研ぎ澄まされた。
「志乃様、私が先に入ります。油断召されるな」
ラインハルトが大剣を音もなく抜き放ち、倒れかけた納屋の木戸を肩でゆっくりと押し開けた。
ギィィィ……と凍りついた蝶番が悲鳴を上げる。
二人は、薄暗い納屋の内部へと足を踏み入れた。
*
納屋の内部は、まさに「ゴミ溜め」そのものだった。
割れた樽、腐った藁、錆びついた農具の破片が無造作に散乱し、天井の割れ目から吹き込んだ雪が、床のあちこちに小さな雪山を作っている。
外気温と大差ない氷点下の冷気。
暖炉などどこにもなく、火を焚いた形跡すら存在しない。
そして、部屋の最奥――崩れ落ちた木箱とガラクタの山に埋もれるようにして、その人影は倒れていた。
「……いたわ!」
志乃が息を呑んだ。
ラインハルトが素早く回り込み、剣を構えながら確認する。
「動いておりません……! 息が……極めて微弱です!」
志乃は駆け寄り、ガラクタの山を掻き分けた。
そこに横たわっていたのは、一人の青年だった。
年の頃は、二十歳前後。
身にまとっているのは、かつては純白であったはずの、煤と泥で真っ黒に汚れ、裾がボロボロに引き裂かれた研究者用の長白衣。
その体躯は、痛々しいほどに痩せ細り、骨と皮ばかりになっていた。
白衣の隙間から覗く髪は、色素の薄い、淡いプラチナブロンド。雪のように白い肌は極度の寒さで土気色に変色し、乾ききった唇は紫色に凍りついていた。
彫刻のように繊細で整った美貌を持ちながら、その顔立ちには、世界中のすべてを拒絶し、軽蔑するかのような、深い厭世と諦観の影が刻み込まれている。
ダウナー系の天才技師、ルカ・レヴィ(二十)。
彼は雪の積もった冷たい土の上にうずくまり、荒く浅い息を繰り返していた。
そして――。
その骨張った細い指先には、凍傷で紫色に腫れ上がりながらも、一つの奇妙な物体が、狂気的な力でぎゅっと握りしめられていた。
それは、掌ほどの大きさの真鍮製の機械だった。
複雑に噛み合わされた無数の極小の歯車。
細い銅線のような金属糸が幾重にも巻き付けられ、中央には親指大の濁った灰色の鉱石――鉱山から捨て値で出る、魔力のほとんど残っていない「クズ魔石」が嵌め込まれている。
だが、その精巧な歯車はピクリとも動いていなかった。
動力源となる魔石の出力が弱すぎるのか、あるいは回路の接点が焼き切れているのか。未完成の計測器は、ただ冷たく沈黙しているだけだった。
「……う……ぅ……」
志乃とラインハルトの気配を察したのか、青年の長いまつ毛が微かに震えた。
ルカのまぶたが、重そうに押し開かれる。
現れたのは、感情の光を完全に失った、澱んだ灰色の瞳だった。
焦点の合わない瞳で志乃の姿を捉えた瞬間、青年の薄い唇が、嘲るように微かに歪んだ。
「……うるさいな……」
絞り出されたのは、低く、掠れ、毒を含んだダウナーな呟きだった。
「死ぬところだから……邪魔しないでよ……。学会の……老いぼれどもめ……。僕の論文を盗んで……僕の工房を奪って……今度は僕の死体まで……見世物にしに来たのかい……?」
青年は震える指先で、壊れた機械を自らの胸元へと抱え込んだ。
「失せろよ……。僕の頭脳も……この機械も……誰にも渡さない……。貴族どもの……権威の飾りにされるくらいなら……このゴミ溜めで……凍え死んでやる……」
絶望と人間不信の極致。
自分を裏切った世界に対する、痛々しいまでの呪詛の言葉。
ラインハルトが眉をひそめ、大剣を握る手に力を込めた。
「無礼者め。誰に向かって口を利いて――」
「ラインハルト、下がって」
志乃は静かに制止した。
怒るどころか、志乃の瞳には、かつての自分を見るような深い共感と、そして絶対に逃がさないという確固たる光が宿っていた。
(……分かるわよ。理不尽に手柄を奪われ、誰も信じられなくなって、自暴自棄になるその気持ち)
志乃は迷うことなく、泥と雪の混ざる冷たい地面の上に膝をついた。
そして、背負っていたリュックサックを前に回し、ジッパーを一気に開けた。
「……何をする気だい……? 毒薬でも飲ませて……僕を殺す気か……?」
虚ろに毒づくルカの顔の前に、志乃は無言のまま、黄色いパッケージの箱を差し出した。
大塚製薬の『カロリーメイト・ブロック(チーズ味)』。
志乃は手早く銀色のアルミ包装を破り、中から二本の黄色いブロックを取り出した。
――その瞬間。
冷え切った納屋の空気に、濃厚で芳醇なナチュラルチーズの香ばしい匂いが、ふわりと広がった。
「……え……?」
ルカの鼻腔が、ピクリと動いた。
志乃は一本のブロックを二つに折り、ルカのひび割れた唇の間へと、強引に押し込んだ。
「喋る暇があるなら、噛みなさい」
「ん……っ!? な、何を……ぐ……っ!?」
拒絶しようとしたルカの口腔に、しっとりとした焼き菓子の甘みと、濃厚なチーズのコク、そして適度な塩気が一気に広がった。
数日間、何も口にしていなかった少年の胃袋が、強烈な飢餓の悲鳴を上げた。
頭が拒絶しようとしても、肉体の生存本能が抗えなかった。
ゴクリ、と喉が勝手に動き、固形物を飲み下してしまう。
「さらに、これを飲みなさい」
志乃はペットボトルのキャップを捻り、五百ミリリットルのミネラルウォーターの口をルカの口元へあてがった。
清冽で、不純物の一切ない澄み切った水が、少年の渇ききった食道へと流れ込んでいく。
「げほっ……ごくっ、ごくっ、ごくっ……!」
ルカは両手でペットボトルを鷲掴みにし、貪るように水を飲み干した。
そして、志乃の手から残りのカロリーメイトを奪い取るようにして、夢中で口の中へ詰め込んだ。
十一種類のビタミン、五種類のミネラル、良質なたんぱく質と糖質。
計算し尽くされたバランス栄養食が胃に落ちた瞬間、少年の土気色だった頬に、見る見るうちに血の気が戻っていった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
すべてを食べ終え、荒い息を吐きながら、ルカは呆然と志乃を見上げた。
少年の灰色の瞳に、僅かな混乱の色が浮かんでいる。
「……な、なんだい……今のは……? 干し肉でも……粗悪なライ麦パンでもない……。口の中で溶けるように崩れて……腹の底から、急速に力が湧いてくる……」
「現代のバランス栄養食よ。……少しは頭が冷えたかしら?」
志乃は立ち上がることなく、ルカの目を正面から見据えた。
「あなたの言いたいことは分かったわ。学会の老害たちに論文を盗まれて、悔しくて、誰も信じられなくて、ここで死にたくなったのね」
「……だったら、放っておいてくれよ!」
ルカは胸元の壊れた機械を抱きしめ、憎々しげに顔を背けた。
「僕の技術は、誰にも理解されないんだ! 貴族の威信にならない魔導具なんて無価値だと罵られ、研究費を打ち切られ、道具も全部取り上げられた! 僕にはもう何もない! このガラクタ一つ、動かすことすらできない無能だ……! 死ぬことくらい、僕の勝手だろ!!」
少年の魂の叫び。
だが、志乃は眉一つ動かさなかった。
「死ぬのは勝手よ。……でもね、ルカ君」
志乃は胸ポケットに手を伸ばした。
「死ぬのは――これをいじり倒してからにしなさい」
カチャリ。
冷たい雪の上に、二つの物体が無造作に置かれた。
ルカの視線が、無意識にそこへ吸い寄せられた。
その瞬間――少年の呼吸が、ピタリと止まった。
「……え……?」
ルカの灰色の瞳孔が、極限まで見開かれた。
雪の上に転がっていたのは、中世のいかなる鍛冶師も、錬金術師も生み出すことのできない、異次元の工業製品だった。
一つは、真紅の樹脂グリップに包まれた、銀色に光り輝く金属の塊――ビクトリノックスの『十徳ナイフ』。
志乃が指先でメインブレードを引き起こすと、チャキン、と完璧な工作精度を誇るクリック音が響いた。
鏡のように周囲の景色を反射する、ハイカーボンスレンレス鋼の美しい刃。
続いて引き出されたのは、米粒ほどのバネが組み込まれた超小型のハサミ、寸分の狂いもない十字の精密ドライバー、そして微細な目盛りが入ったルーペ。
歪みがない。
鍛造の叩き跡も、ヤスリの削りムラも、コンマミリ単位の狂いすら一切ない。
すべてのパーツが、ミクロン単位の公差で完璧に組み合わされ、吸い付くような滑らかさで収納・展開される、現代スイスの精密機械技術の極致。
そして、もう一つ。
黒い樹脂のボディに、灰色の液晶画面が嵌め込まれた、日置電機の『デジタルマルチメーター』。
志乃がダイヤルをカチリと回すと――。
ピピッ、という電子音とともに、液晶画面に「0.00」のデジタル数字が、鮮やかな漆黒でパッと点灯した。
魔石の光ではない。
炎の揺らめきでもない。
無機質で、冷徹で、絶対的な客観性を持つ、電子の数字。
「な…………っ!?」
ルカの全身が、激しく痙攣した。
少年は這いつくばるようにして雪の上を進み、壊れた機械を取り落とすことも構わずに、その二つのツールへと顔を近づけた。
震える指先が、十徳ナイフのブレードに触れる。
「な……なんだ、この金属の硬度は……!? 鉄じゃない……ミスリルでもない……! 不純物が一切ないのに、恐ろしいほどの粘りと硬度を持っている……! それに、この噛み合わせの精度……! 王都の最高位の時計職人ですら、こんなコンマミリ単位の工作などできるはずがない……!!」
さらに、ルカの視線はデジタルテスターの液晶画面へと釘付けになった。
志乃が赤と黒のテストリード線を取り出し、ルカの持っていた真鍮の機械の端子にピピッと接触させてみせる。
液晶画面の数字が、瞬時に反応して変動した。
『0.03』
「な……数字が……変わった……!? 魔力の残滓を……不可視の素粒子を、目に見える数字として瞬時に計測しているのか……!? 魔導の感知水晶すら介さずに……この小さな黒い板が……!?」
ルカの呼吸が、過呼吸のように乱れ始めた。
蒼白だった少年の顔に、狂気的なまでの紅潮が広がっていく。
誰にも理解されず、道具を奪われ、飢えと寒さの中で死にかけていた天才技師の脳細胞が、何百光年も先の未来のテクノロジーを目の当たりにした瞬間、爆発的な知覚の覚醒を起こしていた。
「触りなさい。使っていいわよ」
志乃は悪魔のように甘く、そして慈悲深く微笑んだ。
「その道具は、私の世界の技術者が当たり前に使っているツールの、ほんの入り口に過ぎないわ」
「あ……あんたの……世界の……?」
ルカがおそるおそる顔を上げた。
その瞳には、先ほどの死を望んでいた自暴自棄の影など、微塵も残っていなかった。
そこにあったのは、渇ききった砂漠に突如として現れた泉を仰ぎ見るような、狂おしいまでの知的好奇心と、剥き出しの渇望だった。
「……あんたは……誰なんだ……? これを……僕にいじらせてくれるのか……? 奪わないのか……? 嘘じゃないのか……!?」
志乃は胸ポケットから、領主の印章が押された契約書の束をパチンと鳴らした。
「私は神崎志乃。ヴァルハイト領の最高財政執行官よ」
志乃は少年の細い肩を、しっかりと抱き寄せた。
「嘘なんてつかないわ。……あなたの研究、私が全額出資してあげる」
「出……資……?」
「そうよ。精密工具、測定機器、未知の素材、実験設備、そして毎日の温かいご飯と清潔なベッド。……あなたが作りたいものを、邪魔する人間はここには一人もいないわ。学会の老害どもに奪われたものなんて、私の資本力で何百倍にして買い戻してあげる」
志乃はルカの目元に浮かんだ涙を、親指でそっと拭った。
「だから……こんなゴミ溜めで腐っているのは、今日で終わりにしなさい。私のところで、思う存分、あなたの頭脳を爆発させなさい!」
「…………っっっ!!!!」
ルカの胸の奥で、何かが音を立てて決壊した。
少年は十徳ナイフとテスターを両手で抱きしめ、子供のように声を上げて泣き崩れた。
そして――志乃の防寒着の裾に、泥だらけの額を擦り付けるようにして縋り付いた。
「……行く……! 行くよ……! あんたについて行く……! 僕の頭脳も……僕の命も……全部あんたに預ける……!!」
少年の細い指先が、志乃の服を離すまいと強く握りしめられる。
その瞳の奥で燃え盛っていたのは、己の才能を初めて肯定してくれた唯一の存在に対する、絶対的な崇拝と、狂気的な依存の光だった。
「よし、採用決定ね!」
志乃は満足そうに笑い、ラインハルトを呼んだ。
「ラインハルト、彼をおぶってあげて。城へ連れて帰るわよ!」
「ハッ……! 志乃様の仰せのままに!」
ラインハルトは僅かに複雑そうな表情を浮かべながらも、主の命令に従い、衰弱したルカをその逞しい背中へと軽々と背負い上げた。
雪深い廃村を後にし、一行はヴァルハイト城への帰路についた。
寒波を乗り越え、流通を切り開き、そしてついに手に入れた「最後のピース」――天才技師ルカ・レヴィ。
現代の精密資材と、異世界の魔導技術が融合する時。




