迎え
倒れたアーロンさんは、村長に引き渡した。
村長は彼の変貌にとても驚いている様子で、心配なほどに顔色を悪くしていた。結局、他の人に頼んで縄で縛って倉庫に彼を閉じ込めたらしい。
そしてその日は、ゴタゴタしたまま一日を終えた。もうセシリーと遊ぼうなんて空気じゃなかったから。
翌日、僕は目覚めて村長の家へと向かった。セシリーはいつものように僕を起こしに来なかった。昨日の件で疲れて寝坊してるのかな? 僕もいろいろあったせいか、起きたばかりなのに眠いんだよね。
村長の家まで戻ると、そこにはアドがいた。後ろにはセシリーと村長さんもいる。
「あ、アド」
何でアドが、と一瞬だけ考えてしまった自分がいる。どういうことなのか分かり切っているはずなのに。
「お迎えにあがりました、ミコ」
「……あ」
「そろそろ、満足されたかと思いまして。次の村にお連れしましょう。よろしいですね?」
そう、か。
もう、そんな時期になってしまってたんだ。セシリーと話をするのが楽しくて、すっかりこの村の住人みたいな気持ちになってた。でも僕は進むべき道がある旅人なんだ。いつまでも……ここにいるわけにはいかない。
「……うん」
そう、だね。そうだよね。僕は旅を続けるんだ。
「村長さん、今までありがとうございました。僕は今日、ここを旅立ちます」
「……いえいえ、礼を言うのは私の方でしょう。娘の件は……本当に感謝しています。あなたは私にとって……恩人……、うっ、ゴホッ、ゴホッゴホッ!」
咳き込んだ村長さんは口で手を抑えている。けれど、その手の隙間から、赤い血が……。
「そ、村長さんっ!」
「パパっ!」
僕も、そして近くにいたセシリーも驚いて村長さんに駆け寄った。
「ああ……いや、大した病気ではないのですよ。本当に。昨日息子の件で少し興奮してしまったようで……」
確かに、アーロンさんの件は村長にとって相当ショックな出来事だったかもしれない。けど、それだけで血を吐いたりするのかな? この人、本当に……大丈夫なのかな?
「ねえアド、村長さんやアーロンさんの病気、何とかできないの?」
村長さんは体調が悪そうで、アーロンさんは奇声をあげてて心の病気みたいだった。それを無視してこのままお別れなんて、嫌だ。もし、〈祈りの塔〉の力でなんとかできるなら、そうして欲しかった。
「なるほど、ご病気ですか。アーロンというのは……」
「先ほどお話した息子の名前です。病気なのかどうかは、分かりかねますが……」
どうやら、村長さんがもうアーロンさんのことを話してたみたいだ。
「村のまとめ役である村長がご病気とは。これは一大事ですね。僻地ですのでしばらく時間はかかりますが、医者を派遣しましょう。その時にご子息の診断も致しましょう。そして、費用はこちらで負担します。それが、移住を斡旋した我々の責任ですので」
「ほ……本当ですか? 私だけでなく、愚息まで診ていただけるとは。本当に……ありがとうございます」
村長さんの目が、涙で潤んでいた。
良かった。
これで、心置きなくこの場所を旅立つことができる。
「ではミコ、そろそろ車へ向かいましょうか……。村長さん、村の配給品は明日お届けします……」
「ミコ、やっぱり行っちゃうの?」
これで本当にお別れ。それをあらためて実感したのか、セシリーは寂しそうに声を上げた。
「セシリー。ごめんね、迎えが来たから、今からこの村を立ち去るんだ。本当にありがとう。セシリーと一緒に過ごした日々は、とっても楽しくて、僕にとっての一生の思い出だったよ」
「せ、セシリーも楽しかったの! ミコのこと大好きだから。だから、こ、これっ!」
そう言って、セシリーが差し出してきたのは砂人形だった。
「綺麗な砂人形だね。これは?」
「これ、ミコにあげるっ! プレゼント!」
プレゼント。
言葉は知っている。誰かにする贈り物。それはまさか、彼女から聞くことになるなんて。
「ミコっ! セシリーね、ミコのこと大好きだから。これ、あげる! 記念にして!」
僕は彼女から砂人形を受け取った。
本当に綺麗な人形だ。いつか作っていたものより、人形の表情や服装が繊細で豊かになっている。何かの美術品だと言っても十分に通用するほどだと思う。
それだけの、思いを感じた。
「ありがとう、セシリー! 僕、誰かからプレゼント貰ったの、初めてなんだ。絶対大切にするね!」
「うんっ!」
セシリーが笑った。
「では……よろしいですね、ミコ。行きますよ」
アドに手を引かれ、僕は村を立ち去っていく。
セシリーは僕が見えなくなるまで、ずっとずっと手を振って見送ってくれた。
僕も彼女に負けないくらい、手を振って別れを惜しんでいた。




