村のその後
セシリーが見えなくなったあと、僕は振り返るのを止めて前を向いた。
砂漠を進んだその先に、小さな箱のようなものが見えた。砂ばかりの立地で遠近感が掴みにくいけど、よく見るとそれは僕がここまで乗ってきた車だった。
少し遠かったけど、僕とアドはなんとか車までやってきた。昨日の疲れが残っているから大変だった。
「こちらへ、ミコ」
そう言ってアドは車のドアを開けてくれた。
僕はその中に入る。
この狭い箱の中は少し落ち着く。身内だけしかいないこの場所は、僕にとって我が家のような心地だったから。
このまま、眠ってしまったら気持ちいいだろうなぁ。
「まずはこちらにお着替えください、ミコ」
ここは砂漠の村。普通に歩いているだけで砂が体にまとわりついてくる。あそこで過ごしているうちに気にならなくなってたけど、こうして砂のない車に戻ると再び違和感が蘇ってきた。
「しばらく車を走らせ、目的地まで向かいます。砂漠地帯は抜けることになると思いますので、気候も変化するでしょう。気候に合わせた服を用意しましたので」
「うん、分かった」
どうやら、アドは僕の着替えをこの車に積んでくれているらしい。とても気が利いてくれて嬉しく思う。
正直なところ、僕は旅というものを甘く見ていたかもしれない。もしアドが何もしていなかったら、僕は着替えもなく何日も何日も砂漠を歩き続けていたはずだ。しかも村長さんに連絡がいっていなかったら、ご飯や泊めてもらう場所だって用意してもらえなかったかもしれない。
でも、たとえアドのおかげでも、僕はこうして旅ができて嬉しく思った。だって、セシリーに会えたのだから。
僕は左手に目線を落とした。
「えへへへへ」
僕は嬉しかった。
この手にある砂人形は、セシリーからのプレゼント。家族のように過ごす〈祈りの塔〉の神官とは違って、彼女はここで出会った大切な友人。そんな人物からプレゼントをもらったのは初めてだった。
だから、とても嬉しかったんだ。
「ふあぁ……あ……」
着替えると、すぐにあくびが出てしまった。
とても、疲れた。
こうしてアドと二人っきりになって、少し寂しい気持ちもあったけどとても安心している自分がいた。まるで〈祈りの塔〉に帰ってきたみたいで、自分の家みたいな感覚だった。
安心しきったからなのだろうか、着替えを済ませた僕は、自分がますます眠くなっていることに気が付いた。
まあ、仕方ない、よね。
あれだけど、大冒険だ。大変な目にあって、疲れて、夜も寝付きが悪くて、それで眠くなってしまうのは当然だ。
うとうとし始めているのは自覚してる。
……まあ、別に、起きてなくてもいいよね。この車を動かしてるのはアドなんだから。外の景色は気になるかもしれないけど……僕は……、疲れて、眠くて……それで……。
「お休み、我らが神子」
アドのそんな声を聞きながら、僕の意識は暗闇へと落ちていったのだった。
******
――数日後、砂漠の村にて。
数日前、ミコが訪れた砂漠の村。移住が始まって以来平穏無事に過ごしていたこの地の村人に、破滅的な凶事が降りかかった。
人々はそれを、流行り病だと噂した。
初めに倒れたのは、村長だった。それを皮切りに、続々と倒れる者が増えていった。年齢や性別などは関係なく、すべての村人が。
もちろん、その中にはセシリーも含まれていた。
「苦しい、苦しいよぉ。ミコぉ……」
セシリーは激しい高熱によって苦しんでいた。動くことはとても難しいのだが、村人全員がこうなので世話をしてくれる人間がいない。苦しいが、食事や家事は……すべてやらなければならなかった。
誰か体調の良い人がいれば、介抱して欲しかった。しかし苦しさのせいでもう二日も家を出ていないが、誰もこの家を訪れてはくれない。他の村人も……同じなのだ。
最近は村長以外誰とも話をしていない。ただ時々幻聴が聞こえる。その獣のようなうめき声は、あの日……兄が発していた雄叫びに似ていた。
絶望的な気持ちのまま、セシリーはなんとか昼食の準備をしようと、ゆっくりと体を起こした。
ちょうどその時、部屋の中に誰かの気配を感じた。
「パパ?」
「これはこれは……、たしか……セシリーさんでしたね」
父親の村長かと思ったがそうではなかった。目の前に現れた黒スーツの男性は、ミコとともに旅立ったアドのいう青年だ。
「随分と、体調が悪そうですね?」
「ご、ごめんなさい。なんだか、体調が悪くて。え、えっと、神官さん。助けて……もらえませんか?」
こんなことを頼む仲でもないのは十分承知だ。だけど、このままでいたらセシリーは、そして村長を含めこの村自体がとんでもないことになってしまうのは明白だった。
助けて欲しかった。心から。この村を、何とかして救って欲しかった。
しばらく待っていたが、返事がない。セシリーは不思議に思い、再び彼の顔を見た。
彼は笑っていた。
大笑いしているわけではなく、微笑んでいると言った方が適切かもしれない。普段であれば気の良い好青年に見えるかもしれないが、今……この状況においてこの表情はあまりにもミスマッチだった。
「これは予想外の変化ですね。まさか神子の力がこのように作用するとは、やはり我らの神子は格別ですね」
それは、おそらくセシリーに向けた言葉ではない。意味も分からない。だけど、なぜだか……邪悪で恐ろしい何かの事実を突きつけられているような……気分になった。
「しかしまあ、予定の範囲内といったところでしょうか。結果を考えれば、何も問題はないでしょう」
「あ……あの……」
「さてセシリーさん。とりあえず、汗をかき喉も乾いたでしょう。『水』を用意しましょう。この砂漠は、人にとってあまりにも乾燥が過ぎる」
その言葉を聞き、セシリーは若干ながら安堵した。そしてそこで気力と体力を使い果たしてしまったのか、意識が遠のいていく。
「ど、どういうことだこれはっ! あんたがこれをやったのか? あんたが俺に飲ませてたあの痛み止めの薬を、この村に……」
突然、聞こえてきた声は兄のものだった。セシリーは彼の姿を確認しようとしたが、もう……目を動かす力すら、残っていなかった。
「おやおや、最悪のタイミングで目を覚ましてしまったようですね。薬の作用で正気を失ったままでいれば、幸せだったものを……」
「黙れっ! 俺はお前が神官だから信用したんだぞっ! こんな話は聞いてないっ! 俺は――」
兄と彼の言い争いを聞きながら、セシリーは完全に意識を失ってしまったのだった。




