ママとの思い出
――夢。
そう、僕は夢を見ていた。
過去の記憶の整理。ずっとずっと昔の、僕がまだ塔にいて、そこに僕と、そしてママのいた昔の思い出。
〈祈りの塔〉、僕の部屋にて。
部屋には僕と、ママがいた。
ママはずっと椅子に座りながら、絵を描いていた。
僕はママに抱きついて、後ろからその絵を覗いた。
それは、僕の見たことのないものだった。
何かを描いた絵だ。下は茶色だから土の地面なのかな。そこに、一本の何かがそびえ立っている。いくつもの茶色く小さな脚が体を支え、胸もへそもない胴体が一直線に上に伸びている。そしてさらにその上は頭のような構造もなく、ただいくつもの小さな腕が分岐して、緑色の粒を身にまとっている。
これが何なのか分からない僕だけど、見たままを説明するならこんな感じになってしまう。
「ねえママ、これは何なの?」
「これが木よミコ」
「木? 木ってあの、植物で、地面から生えてくるあの?」
知識は持っている。塔の中で過ごしている僕だけど、時々アドやママからそういった知識を授かるからだ。けれどそれはあくまで言葉に表した情報だけで、こうして視覚的に木というものを捉えたのは初めてだった。
ママの描いてくれる絵は、僕が見よう見まねで描いた落書きなんかよりもよっぽど綺麗で、まるでどこかの映像をそのまま切り取ったみたいに見えるほどだった。
だから僕は、ママの描く絵が好きだった。
ママは描き上げた絵を指差しながら、そっと説明を始めた。
「この茶色く長い部分が幹、そしてこの上にある緑色の小さな粒が葉っぱ。種類によっては赤い木の実や黄色い木の実が実っていて、食べられることもあるのよ」
「これが……」
全部、話は知っている。けれどこうして絵を前にしたら、不思議なことに強く興味がわいてきた。
「これ、本物をこの部屋に持って来れないの? アドにお願いしてみようかな」
ママの綺麗な絵を見て、僕はそう思った。これの本物が見たい。触って、匂いを嗅いで、育つところを見てみたいって思ったんだ。
「ミコ、それは難しいのよ。これは私の記憶にある、遠くから木を眺めた時の絵。本物の木はあなたよりも、そして私よりもずっと背が高くて大きいの。だからとっても重くて、私たち二人でも持てないかもしれない」
「そ……そんなに大きいの?」
「多くの木は、ね。小さい物なら持って来れるけど、成長すればやっぱりこの部屋には狭すぎるわ。光や水、肥料の問題も……」
なるほど、それはこの絵だけじゃ分からないな。そんなに問題があるなら、この部屋に持ってくるのは難しいかもしれない。
「僕って、何も知らないことばっかりなんだね。知識だけはあるのに、ずっとこの部屋にいたから……」
「この部屋はそういうところなのよ、ミコ。でもいつか、あなたと一緒に外の世界に出ることができたのなら、私は……」
「…………?」
一瞬、ママが悲しそうな表情をしていた。泣いていた……のかな?
けれどそれは一瞬で、すぐに僕を見てほほ笑んだ。
「あなたにも見せてあげたいわね、ミコ。木はこの一本だけじゃない。色も、形も、木の実も匂いも何もかも違う。そんなすばらしい自然を、あなたに」
「そーなの?」
塔の窓からは角度の関係で地上の景色を拝めない。けれどもし、大地に降りて辺りを見渡せば、いろんな木がいっぱい並んでいるのかな?
そう、思った。
けれど、思っただけ。僕は今の僕みたいに、外に出たいとか旅がしたいなんて言わなかった。
だって僕はこの時、ママの描く大自然よりもママそのものが好きだったのだから。
「ミコ」
ママが僕を抱きしめた。
「ママ~」
僕はママに体重を預けながら、体を休めることにした。
そして、ゆっくりとその意識を闇の中に沈め……、夢という偽りの光景から離れていく。
「…………」
僕はママの絵が大好きだった。
でも、それは今手元に残っていない。僕が旅行中だからではなく、塔の中の部屋にも残っていない。
あの絵はママのものだから、ママがママの部屋に持って帰ってしまうのだ。僕は毎回それを残念に思いながら、時々駄々をこねてねだってみたりして、それでも結局ママやアドに諭されて我慢していた。
だからママの描いた絵は僕の記憶の中だけに残っている。
でも、僕は思ったんだ。
ママの話を聞いて、あの美しい自然の絵を見て。ママがいなくなって、それで……。
僕は、あの自然を見ながら旅をしたい。
僕も、同じ世界を見てみたい。ママに会いに行きたい。好奇心が膨れあがるばかりだった。
ママがいなくなった後も、そう……思い続けていたんだ。
だから……。




