砂漠の村
こうして、僕は歩き始めた……んだけど。
「はぁ……」
つ、疲れる。
僕はずっと〈祈りの塔〉で暮らしていた。部屋が狭いわけではなかったけど、どこか遠くに行く必要のない生活をしていた僕にとって、離れた目的地へ歩いていくことは初めてだった。
歩いた。とにかく歩いた。もう三十分近くは歩いてる。塔の中で過ごしてきた僕にとって、一日でこの歩数は記録的なものだと思う。砂が盛り上がって丘のようになっている場所もあるから、上り下りがやっかいで前に進みにくい。
アドが車で送ってくれなかったら、きっと大変なことになってたと思う。僕、この砂漠地帯で死んでいたかもしれない。
僕は『旅のしおり』の内容を思い出す。村に着いた後についてだ。
――旅のしおり、村にて。
現地の村長にはあなたのことを伝えてあります。最初に訪ねると良いでしょう。ただし、あなたが神子であることは伝えていません。重客であると知られればいろいろと面倒になるでしょうから。他の村人にもあなたが神子であることは隠しておきましょう。
立ち寄る村は小さな村が多いです。普通の国や都市とは違い、貨幣は存在しません。あなたは現地で一時的な衣食住を求めることになりますが、報酬として対価は必要ありません。すべての請求は我々神官が負担します。何を求めても構いませんが、節度ある旅になることを期待します。
約一週間後、私が村まで迎えに来ます。そして私とともに車に乗り、次の村へと向かうことになります。
と、いうことらしい。
はぁ、それにしてもどこまで歩けばいいのこれ? 村っぽいもの全然見えないんだけど。
「この……丘を越えれば……きっと」
目の前には砂が集まってできた小さな丘がある。
これを越えれば何か、あるんだよね? この先もずっとずっと砂漠だったら、僕はきっと干からびて死んじゃうよ。
そんなことを思いながら、僕はその丘の上に立った。
「うわぁ……」
砂の丘を抜けると、そこには村が広がっていた。
小さな湖のあるその村は、ごく少数の木とその奥に点在する家によって構成されている。湖はオアシスっていうのかな? 家は砂と同じような材質のものをブロック状に固め、それを積んだ簡素な造りをしているように見える。
「やっと……村に着いたんだ」
村人らしき数人が、村の中をゆっくりと歩いている。これが、外の世界の人なんだ。僕は村の人たちと仲良くできるかな?
とにかく、目標が見えてやる気が出てきた。疲れてたけど、これならもう少し歩いて行けそうだ。
丘を降りた僕は、オアシスの近くまでやってきた。
大きな水たまりと、周囲を覆う植物。それから人工的に整列された作物のようなものもある。どうやらこの水を使って小さいながら農業を営んでいるらしい。
村に行くためには、このオアシスを横切らなければならない。僕は建物の方に向かって歩き始めていた。
その途中、奇妙な少女を見つけた。
「んしょ、んしょ、んしょ」
彼女は、砂をこねていた。
子どもの泥遊びのように見えるが、見た目の年齢は僕より少し下か同じ程度。少し……遊びが幼過ぎに思える。
かわいらしい容姿の少女だ。
太陽の光を反射する美しい金髪は、まるで星のようにキラキラと輝いている。それを両サイドで二つのリボンにまとめている。
背は僕よりも低く、小さい体。だけど血色はよく健康的に見える。
白いワンピースのような服を身に着けている。ただ、砂遊びのせいで所々濡れた砂がこびり付いているのは残念だ。
この子が、僕の旅で初めて出会った……外の世界の住人。
このあたりに散らばっている黄色い砂と、おそらく水辺にある黒い泥。それを混ぜ合わせ粘性を持たせ、団子状にしてこねているようだった。
何のために、と思ったが近くを見てすぐにわかった。彼女の隣には、同じ材料で成形された人形がいくつも置かれていたからだ。
砂の人形だ。写実的ではないけど、デフォルメされてかわいらしい印象を覚える。すでに水が乾いているようで、それなりに固くまとまっているように見える。
これを……作ってるみたいだね。
さてと、いつまでも様子を眺めているわけにはいかないよね。話しかけないと。
身内以外に話をするのは、初めてのことだ。ちょっと緊張するけど、なるべく……失礼のないように。
「こんにちは、この村の方ですか?」
人形作りに夢中になっていた女の子が、僕の声に反応して顔を上げた。くりくりとした宝石のような瞳の中に、好奇心と疑問が垣間見える。
「え? あなた誰?」
「僕は少し離れたところからこの村にやってきた旅人です。村長さんに会いたいんですけど……」
「たびびとー? って、何?」
女の子が首を傾げた。
あまり来訪者がいない村なのかもしれない。旅人がいないなら単語を知らなくてもおかしくない……かな?
「えっと、村の外から来た人ってことかな。そこに住まずに少し滞在して帰っていく人、みたいな?」
「ふーん」
僕の説明を理解したのかそうでないのかは分からないけど、女の子はこっちに興味をなくしたようで再び砂遊びを始めた。
とはいえ僕はこの村に滞在するんだ。できれば無視されたままではなく多少は仲良くしておきたい。
とにかく、会話の糸口を掴みたい、かな。
「えっと、素敵な人形だね。あとで僕にも作るところ見せてもらえるかな?」
実際、砂遊びとしてはよくできた人形だと思う。写実的ではないが、小動物のようにかわいらしい愛嬌のある造形。プレゼントにもらえるなら喜んでもらって帰ると思う。
「え、素敵?」
「うん、素敵だと思うよ」
「セシリーのお人形さん、褒めてくれる人初めてっ! 嬉しい!」
そう言って、女の子が抱きついてきた。
どうやら、人形を褒めたことが好感触だったようだ。別に下心があってそう言ったわけではなく、本当にそう思って言っただけなんだけどね。
セシリー、というのが彼女の名前らしい。
「あの、村長の家の場所を教えてくれるかな?」
「こっちこっち、案内してあげるっ!」
そう言って、セシリーは僕の手を引っ張った。
彼女の手は泥だらけで、僕の手まで汚れてしまった。
強引な子だ。せめて、手を洗ってから触って欲しかったなぁ。




