『イズミ。バイトが終わったら、ちょっと会えないかな』
そして翌日。
俺のアパートの部屋は、女の子向けの私物で溢れかえっていた。
下着がそこら中に散乱している。
客用のテーブルの上にもあれば、ソファの上にも堂々と鎮座している。
さらに視線を移せば、リボンのついたパンツがテレビの上にこれ見よがしにディスプレイされていた。
すべてはアリエアの仕業だ。
彼女は俺と同居することを勝手に決めてしまった。
俺には理解不能だ。
なんでこいつがここに住み着いているんだ?
話を聞けば、彼女はこの世界ではどこぞの資産家の令嬢として転生したらしいじゃないか。現代の人間らしく、そのまま優雅で贅沢な暮らしを満喫していれば一番ハッピーだろうに。
それに比べて、俺は?
俺はただの一般男性だ。
高校に入学した当初から、京都の街の片隅で一人暮らしをしているだけの身の上。
まるで、ただのしがない上京組ってやつさ。
まあ、だけど、
あいつの性格を考えれば無理もないか。
彼女が学校へ登校する前、俺が朝食を準備している最中に、どうして一緒に暮らしたいのかその理由を尋ねてみた。
すると彼女は、それがさも当然のことであるかのように、あっけらかんと答えたんだ。
「どうしてそんなことを聞くのですか? そんなの決まっています、マスター!! 私はあなたと一秒たりとも離れたくないのです!! それに、あちらの両親にはちゃんと許可をいただいてきましたから……」
俺の作ったサンドイッチを大口で頬張りながら、そんなレスポンスが返ってきた。
俺はただ呆れて首を振るしかなく、彼女のバッグに弁当をそっと詰め込んだ。
「マスター……」
椅子の上で両足をパタパタと揺らしながら、彼女は何か物問いたげな視線を向けてくる。
「なんだ?」
俺は彼女の隣の席に腰を下ろした。
「考えてみれば、マスターの振る舞いは完全に変わってしまいましたね。ビジュアル面も含めて、何もかもが」
「へぇ、そうか?」
「はい! アリエアにとって、今のマスターはまさに理想の男性です!! お料理もできますし、アリエアを優しく気遣ってくれますし、何より人間バージョンのマスターはとっても魅力的ですから!!」
まあ、一理ある。
確かに前世とはあまりにもコントラストが強すぎる。
かつての俺のイメージとは、180度かけ離れているからな。
当時の俺は、世界を統べる暗黒の支配者として君臨していた。
すべての種族が、この俺の手元に平伏すべき存在だったんだ。聖剣の継承者として生まれた、あの忌々しい奴らを除いてはな。
あぁ。
本当に今とは大違いだ。
かつての俺は、魔族という種族の生存欲求を満たすため、人間から見ればおよそ理不尽極まりない野望を抱いていた。
生活の基本となる資源を搾取するために文明を侵略し、あるいは魔族の威信を強化するために富を略奪する。
「お前は何を言っているんだ。俺は今でも俺のままだよ。ただ、バージョンが少し違うだけさ。昔は種族の利益のために共に世界を攻略したが、今は個人の利益のために同じようなことをしている。……単にアプローチの手法が違うだけだろ」
「それも一理ありますね……。でも、どんな理由があろうとも、私はマスターのことが大好きです!!! っちゅ、っちゅっ!!」
彼女は唇を突き出し、ハートマークのような形を作ってみせた。
どうやら俺にキスを求めているらしい。
「はいはい、そこまでだ。学校に遅刻するぞ。準備はすべて整えておいた。あとはお前次第だ」
下心を見透かされた彼女は、慌てて立ち上がるとバッグをひったくるように掴んだ。
そしてまるで一介の兵卒のように、片手をピシッと挙げて敬礼してみせる。
「了解いたしました、マスター!! アリエア、行ってまいります!!」
一体どこの部隊のポーズだ、それは。
「あぁ、気をつけてな」
なんとも平凡極まりない、ありふれた現代の朝の光景じゃないか。
アリエアが登校した後の時間は、アパートを大掃除する絶好のチャンスだ。
ほうきで掃き、掃除機をかけ、トイレを磨き上げ、彼女のための専用スペースを確保する。ついでに、散らかっていた彼女の衣類を洗濯機に放り込むことも忘れなかった。
だが、これに関しては完全に専門外というか、領域侵犯だ。
ぶっちゃけ、健全な一人の男として、うら若き乙女の下着を洗濯するなんて立場にないはずなんだがな。
あぁ、俺はまだ未婚の独身貴族だ。これはさすがに刺激が強すぎる。
なんなら、公式の彼女であるチェリアの下着だって、まだお目にかかったことすらないというのに。
だが、今更どうしようもない。
アリエアの精神年齢は、どう見ても子供のそれだ。
これでも前世では、俺の配下として百年以上もの年月を生き抜いてきた幹部だというのに、信じられん。
不思議なことに、そんな彼女をどうしても叱る気にはなれなかった。
本当に、妙な感覚だ。
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『イズミ。バイトが終わったら、ちょっと会えないかな』
夕暮れ時を迎える頃には、家事はすべて片付いていた。
幸いにも今日はバイトのシフトが入っていないオフの日だったため、俺はアパートの引きこもり生活を満喫していた。
だが、一通のメッセージが、俺をこの巣窟から引っ張り出すトリガーとなった。
チェリアからのラインだった。
その通知画面を目にした瞬間、俺の目の前がパッと明るくなった。
てっきり、チェリアにはもう一生無視されるものとばかり思っていたからな。どうやら、彼女はまだ俺のことを見捨ててはいなかったらしい。
俺はシンプルに、
『……了解!!』という返信と共に、黒猫のスタンプを添えて送った。
さらに続けてメッセージを打ち込む。
『いつものお気に入りのカフェで待ち合わせよう!』
その後、数分間スマホを握りしめて待ってみたが、
それ以上の返信が返ってくることはなかった。
どうやら既読がついただけのようだ。
まあ、おそらく仕事中なのだろう。
あぁ、バイトに追われているんだ。
俺の知る限り、彼女のシフトは夜の8時に終わるはずだ。
チェリアはとあるコンビニでアルバイトをしている。いわゆる典型的な学生のサイドビジネスってやつだ。
この辺りは俺とよく似ている。
違いと言えば、俺の戦場がファストフードの厨房であることくらいだ。
よし、それじゃあ今すぐ現地へ向かうとしよう。
待ってください、チェリア!
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