「ま、マスターーー!!?」
「チェリア!!」
彼女と正面から鉢合わせた。
どうやら俺は、絶妙にジャストなタイミングで到着できたらしい。
俺が着いたのは、まさに今。
そして、チェリアもたった今到着したところだった。
俺は手を振って、彼女に微笑みかけた。
だが、チェリアはいつものような表情を浮かべなかった。
まるで、別人のようだ。
俺を赤の他人として扱っているのか?
彼女からの微笑み返しは、一切なかった。
ただ、冷徹な顔をしているだけ。
あの記憶の中にいた、チェリアそのものの顔だ。
「遅れて来るかと思ったのに……」
めちゃくちゃに冷たい。
「いや、まさか遅刻なんてするわけないだろ。ずっと待ってたんだからな。……なぁ、お前からメッセージの通知が来た時、俺がどれだけ嬉しかったか分かるか?」
チェリアは俺の熱のこもった視線から、ぷいっと顔を背けた。
彼女は前髪をかき上げる。
そして、一切の感情を排した声で喋り出した。
「そう……」
「あっ、とりあえず中に入らないか? 中で話そう。外は空気が冷たすぎて最悪だしな……」
俺が着ているコートでさえ、この凍てつくような寒さを防ぎきれていない。
「いいえ。ここでいいわ」
だが、チェリアの返答は、この寒気よりもさらに冷ややかだった!!
「えっ、なんでだよ? だって空気がこんなにっ」
「……もういい。そういう世間話は嫌いなの」
世間話だって?
俺はただ事実を言っているだけで、お世辞や無駄口を叩いているわけじゃない。
「イズミ・サトル」
俺が次の行動を起こす前に、彼女は俺の名前を呼んだ。
そして、首元のマフラーで顔を半分覆いながら、じっと俺を見つめ返してくる。
「いいえ、それは大間違いね。あなたは魔王サタノス。暗黒街を統べる支配者」
「……」
「歴史のゴミ箱へ葬り去られるべき、滅ぼされるべき存在……」
「……お前、一体何を言ってるんだ?? それは前世の話だろっ」
「前世だって? いつになろうとも、あなたは今でも魔王サタノスよ。人間の種族と並んで生きる資格なんて、あなたにはないわ」
「……」
「私の言うことを聞きなさい、魔王サタノス」
「……は、はい?」
「もう一度、私にキスをしなさい。すべての記憶の断片が、完全に修復されるまで……」
えっ??
こいつ、一体何を言い出すんだ?
……き、キスを……もう一度、だと??
「だ、だけどっ」
俺がさらなる説明を求めようとした、その瞬間。
突然、チェリアの脚が俺の顔面を捉えて蹴り飛ばした。
俺は地面にぶち倒れ、抗うことすらできなかった。
この感覚は、あの記憶のビジョンをフラッシュバックさせる。かつての彼女は、金属の籠手を嵌めた拳で俺を殴り飛ばしていた。
だが、今の状況には決定的な違いがいくつもある。
彼女は相変わらず凄まじい格闘スキルを保持している。
しかし、俺の方の防衛本能や戦闘インスティンクトは、一体どこへ消え失せてしまったというんだ。
攻撃を受け流すことすら、満足にできなかった。
昔の俺とは、まるで勝手が違う。
「ま、待てっ!」
俺が這いつくばった地面から起き上がろうとした時、チェリアが俺の体の上に馬乗りになって這い寄ってきた。
彼女のウェーブがかった長い髪がハラリと垂れ下がり、俺たちの顔の周りを遮るカーテンのようになる。
俺は困惑の色を隠せないまま、彼女を見つめた。
その赤い瞳……。
今まで、こんな瞳は見たことがない。
いや、はっきりと分かる。
これは、憎悪の光ではない。
なのに、どうして彼女は俺のことを心底憎んでいるかのように振る舞うんだ?
俺には本当に理解不能だ。
これが、人間になるってことの洗礼なのか!?
「……ん……」
一回目のキスが交わされた。
唇と唇が、ぴったりと重なり合う。
俺の全身から、すべての力が完全に抜け落ちていく。
抗おうとするどんな努力も、今の俺には無駄だった。
そのキスを契機に、脳裏で激しい雷光が炸裂し始める。
二回目、三回目と唇を重ねるたびに、同じビジョンが駆け巡る。
そうして幾度となく繰り返される衝撃が、記憶の断片を強制的に引き寄せ、俺たち二人の頭の中を極限まで満たしていった。
俺はもう、耐えきれそうにない。
本当に、限界だ。
まるで、俺の意識が強引にサタノスとしての覚醒へと切り替えられていくかのようだ。
これは明確だ。
さっきまでの断片的なお遊びの記憶よりも、はるかに鮮明に視える。
心臓を突き刺されたあの瞬間、俺の目の前には、同じく死に瀕しているチェリアの姿があった。
彼女は激しく血を吐いている。
その顔も、纏っていた鎧も、すでに本来の形を留めていないほど無残に大破していた。
満身創痍。
彼女の髪の隙間から鮮血が流れ落ち、その口元からもドクドクと激しく溢れ出ている。
「……これで、はっきりしたかしら? 魔王サタノス」
チェリアの声が、俺の記憶の底へと侵入してくる。
そのビジョンの中で、俺の手は、深淵の剣アビスで彼女の腹部を真っ向から突き刺し返していた……。
記憶の中のチェリアは、苦痛に眉をひそめている。
その口元が、かすかに開いた。
まるで、最後に何かを言い残そうとしているかのように。
だがしかし、俺にはその声をはっきりと聞き取ることができない。
彼女は一体、何を喋っていたんだ?
俺には分からない。
そして、その次の記憶は……。
いや。
どうやら、記憶の再生はここで途切れているようだ。
だが、今のビジョンから推測すれば、状況は至極明白だ。
つまり、チェリアを殺したのはこの俺だ、そういうことだろ?
「……」
俺がハッと現実の意識を取り戻した時、
目の前のチェリアは、ひどく暗く沈んだ表情を俺に向けていた。
俺は問いかけた。
「チェリア、お前……大丈夫なのか!?」
俺は彼女に近づき、その安否を確かめるために両肩を掴んだ。
だが、彼女から返ってきたレスポンスは、俺の予想を裏切るものだった。
「大丈夫なわけないでしょ!!」
彼女は、激しい憎悪と、それとは全く別種の複雑な感情が入り混じった瞳で、俺の目をじっと睨みつけてきた。
「単刀直入に聞くわ。あなたが私の命を絶ち、あの血が流れ尽きる瞬間のこと……。私が最後に言った言葉、あなたには聞こえていた!?」
その質問は……。
「それって……俺がアビスでお前の腹を突き刺した、あの時のことか?」
「そうよ! それよ! 聞こえていたの!? 私は絶対に、あの時に何かを言葉にして伝えたはずなのよ……」
どうやらチェリアも、俺と全く同じ記憶の断片を回収したらしい。
彼女自身も、自分が何を言ったのかを覚えていないのだ。
そして、その言葉の受け手であるはずの俺でさえ、何も聞き取れてはいなかった。
俺が嘘偽りなくその事実を告げると、彼女はまるで信じられないといった様子で呆然としていた。
「俺には、お前が何を言っていたのかさっぱり……」
俺が完全に思考の迷路に迷い込み、呆然と立ち尽くしていた、その時。
俺たちがいる通路の奥の方から、突如としてアリエアの声が響き渡った。
「ま、マスターーー!!?」
彼女は、あまりの光景に凄まじい衝撃を受けているようだった。
このシチュエーション……。
あちゃー。
これ、チェリアがアリエアと抱き合っている俺を目撃した時の構図と、完全にそっくりそのまま裏返しじゃないか。クソが。
いや。
違う。
どうやら今回は、あの時とは少しばかり違う展開になりそうだ。たぶん。
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