後始末
ファルカは今日も忙しく事後処理に追われている。場所は町役場の会議室。そこに設けられた臨時の失踪者対策室で、他の地主たちとああでもないこうでもないと被害者への補助と支援内容を調整しては手配して、事件の公表について議論する日々だ。これは町長たち役場の仕事だろうと思わないでもないが、トレン役場は町の管理やメンテナンス、イベントの手配に特化している。昔からこういう有事の対応は、地主たちが担う流れが出来上がってしまっているのだ。
一日中役場の中で仕事をして、家に帰ったら寝るだけの生活が続いている。キャナリの元への訪問もすっかり途絶えていて暫く顔を見ていない。すっかり魔力欠乏から回復して家に帰ったと聞いてはいるが心配だ。
行方不明の町民二十五名と、それ以前に居なくなっていた旅行者、労働者四名の計二十九名が発見されたのは、笛吹き鼠の処理から二日後の事だった。
人払いをしていたにも関わらず、鼠が最後にあげた鳴き声はトレン町周囲に広く届いて町民全員の鼓膜を揺らした。悲痛な叫びに心を強く激しく揺さぶられた町民は、あの鳴き声が失踪事件に関連するものだとすでに確信を得ている。
「ここがトレンである以上、嘘を伝えるわけにはいかない」
これが地主たちの総意であることに間違いはないが「嘘嫌いの笛吹きが“処理”された。もういない」と馬鹿正直に話していいのか。二週間経つ今も結論はまだ出ていない。
被害者の治療に関しては、北の地主タウペが主に仕切ってくれている。
「被害者たちの健康チェックが終わりました。問題ありません」
「よし、帰宅許可を出そう。暫くは定期受診するよう言っておけよ。労働者たちは……」
「一名は虚言癖。あと三名は窃盗と詐欺です」
「カーッ容赦するな警備隊に引き渡せ!」
三十代のタウペは早くも白髪が交じり始めた髪を掻きむしりながら、自分の部下へ指示を出した。
子供の頃から大好きな嘘嫌いの笛吹きが、実は負の遺産で魔力を浪費する存在なので処理しますと言われた。さらに自分の土地を踏み荒らす悩みの種だった鼠が、実はその嘘嫌いの笛吹きだった。処理したと思ったら悲痛な声が響いた。ここ最近の諸々が、行き場のない怒りになってまだ燻っているようだ。幼い頃から慣れ親しんだ笛吹きの正体と結末、散々行った鼠対策が無駄だったこと。どれもタウペの柔らかい部分にいびつな爪痕を残してしまっている。
鼠と言えば西のシュペヒトも、どうも落ち着かず不安定な様子でいる。こちらは多くの貸付先が酪農を取り扱っているせいか動物好きで、最後の涙を禁じ得ない鼠の声が突き刺さって抜けずにいるらしい。もうすぐ四十路の涙腺は脆く、会議中でもたまに涙をこぼしているほどだ。
「ぐすっ……」
「はい、ハンカチ。書類に涙つけちゃだめよ」
個性豊かな地主たちをまとめあげるのがクレーエだ。時に優しく、時に笑顔と圧をもって統制を図り、踊りかける会議と作業の軌道修正をしてくれる。
「ファルカくん、研究員さんから魔力消費量の推移報告書が来ていたわ。よろしくね」
「はい」
最年少の宿命か、ファルカは面倒な仕事が回されやすい。受け取った報告書をめくりながら、「クレーエさんが読んだ方が早いだろうに」と言いたくなる口を押さえつけた。
報告書によれば、上昇し続けていたトレン町全体の魔力消費量は笛吹き鼠が消えた直後から上昇が止まり、行方不明者が見つかった日の午後には元の消費量へすとんと落ち着いたようだ。一週間の経過観察でも上昇は認められず、寧ろ元よりも低い数値で安定していという。これでヒュパティア条約違反になる心配はないと胸を撫で下ろせる。
ファルカが解決するべきことは、あとは町民への通達のみになる。鼠の声、町民の失踪、どちらも調査中で発表段階にないということでお茶を濁しているが、もう限界だろう。実際に調査の最中だった魔力消費量についてと労働者の犯罪歴については調べがついてしまっている。笛吹きがいないとしてもトレン町の地主として、そして自分の誇りにかけて「調査中」と嘘を掲げ続けることはできない。
「クレーエさん、明日にでもまた発表内容の会議をしても構いませんか?」
「ええ。そうしましょうか」
ファルカの提案にクレーエは穏やかに答える。
翌日ファルカが一番頭を悩ませていた問題は、知らない間に解決していたことが判明した。
急遽捻じ込んだ地主たちの招集だが、流石にすぐ全員の都合がつくわけではない。会議は夕方に行うこととなり、強制的にファルカは担っていた仕事の手を留めざるを得ない状態になった。部下に通常業務の割り振りをして簡単な指示を出せば、もう動けることは殆どない。急に訪れた半日程度の暇な時間に、逆に何をしたらいいのかと頭をひねる。
悩んだ末に、ファルカは町の中を散歩がてら見回ることにした。
秋の晴れ空にうろこ状の雲が広がる昼下がり。適当なカフェテリアで昼食を済ませてから見慣れたレンガの街並みを歩く。いつもどおり丁寧に撫でつけた髪と畏まった服装なので、あまり休んでいる気分にはならない。
たまにすれ違った町民から挨拶を軽い雑談を交わしたけれど、何故か今回の事件についての詳細を尋ねる人はいなかった。お久しぶりです、お疲れ様です。かけられる言葉はそんな当たり障りのない事ばかり。
不思議に思っていた矢先に声をかけてきた夫婦は、行方不明だった町民だった。夫の方が行方不明になっていて、昨日最後の健康チェックが終わって帰宅許可が出たばかりだ。
「この度は救出が遅れてすまなかった。何か不都合はないかな?」
「いえいえ。体調も万全ですし、思ったよりご近所の反応が柔らかくて驚いています」
眉を八の字にして笑う夫はあっけらかんとしていて、妻の方が深刻そうにしている。
「小さくても嘘をついたことには変わりないのよ。トレンの人間として恥ずかしいったら」
「いやあ、まいったね」
へらへらと笑う夫の右脇腹めがけて妻が的確な一撃を放つ。傍目からはそんなに強く突かれたようには見えなかったが、良い位置に入ったらしい。夫は盛大に咳き込んで、穿たれた脇腹を庇ってしゃがみ込んだ。思わず顔を引きつらせたファルカに、妻の方は恥ずかし気に「お見苦しい所を見せてしまいましたね」と微笑む。
ファルカは何も言えず、辛うじて乾いた愛想笑いを張り付けた。
「あー……こほん。何事もなさそうで安心しました」
「ええ。……そりゃまあ、この人が見つかった直後はご近所さんに遠巻きにされたりもしましたけれど。もう落ち着きました」
「失礼しました。事件の説明が遅れたばかりに、不快な思いをさせてしまって」
笛吹きに攫われるのは「嘘つき」だけ。町の町民なら周知の事実だ。いなくなった時点で、夫は笛吹きの音色に誘われる程の嘘つきだと周知するようなもの。よい子と証明され帰ってきたとしても、嘘をついたという事実は変わらない。正直者の町であることを誇る町民から遠巻きにされるには十分すぎた。
その辺りの配慮がまだ行き届いていなかったと謝罪するファルカに、妻と咳が落ち着いた夫が顔を見合わせる。二人は怒ることなく「そんなに深刻なことじゃないですよ」と口をそろえた。
大規模な町民の集団失踪に、初めは笛吹きとの関連を疑う者がいなかった。日常生活に変化はなく、いつも通りの会話しかしていなかったからだ。しかし、失踪者が全員東の土地で見つかったことで失踪が笛吹きと結びつき、失踪していた者が「嘘つき」であると誰もが思い至った。町民の「嘘」の基準は笛吹きが嫌う詐欺師などの犯罪者。当然、失踪していた者はそれだけ大きな嘘をついたとみなされた。
「わたしがついた嘘は、いつもどおり妻に叱られたときに出たもんでしてね」
いつもどおりというのは、無視した方が良さそうだ。
「あんたどんだけ呑んだの、と言われたもんで。グラス二杯くらいだよと答えたんです。……実際、呑んだのは五杯でした」
「この人いつも誤魔化すから、もう少なく答えられるのが日常だったんですよ。私もまたそんなこと言ってって、嘘に換算していなかったから。この人、どんな嘘をついてしまったんだろうって怖くて」
発見当初、失踪者は全員が軽度から中程度の魔力欠乏で気を失っていた。ついた嘘の詳細も分からず、失踪者をこのまま手厚く治療するのは如何なものかと言い出す者すら現れた。警備隊が町内で発覚していない犯罪がないか一斉調査を行い、何もないことが分かっても町民の疑念は消えない。家族や友人、同僚が把握していた限り失踪した町民が「いつもと違う会話」をした覚えなんて何もない。でも犯罪級の嘘をついていないとも言い切れない。目を覚ましたとして、笛吹きの音色を聞いた人間の「嘘なんかついていない」という証言を信じる者がどれだけいるだろう?彼らの無罪は、悪魔の証明と化した。
「発見されて一週間くらいは、そりゃもう居心地が悪くて。でも、五日前だったかしら。僕は笛吹きに連れていかれたって話をしていた子供がいたんです」
それは最も人が多い大通りのカフェのテラス席で、子供は家族と一緒にカフェに来ていたようだった。同じく家族そろって来店していた友人に向かい、随分な大声で宣言したそうだ。妻は買い物中にその場に居合わせた。
「ぼくはお母さんに嘘をついて笛の音を聞いた。連れていかれたところで、夏にいなくなった人も見た。笛吹きは僕たちの嘘をちゃんと聞いているんだ」
両親は必死に子供の口を塞ごうとしていた。当然だろう。トレン町は正直者の町。自分は嘘つきだと宣言するのは、一種の自殺行為といえる。一家全員よそへ引っ越すはめになる恐れすらあった。
子供の言うことだと聞き流す人が多かった。聞いていた同年代の友人は大嘘つきだと揶揄したが、子供はそうだと認めて真剣に笛吹きの音を聞いたと改めて宣言する。今にも泣きだしそうに震えた声だったが、それには子供らしからぬ真剣さに満ちている。そのうち揶揄っていた友人すら気圧されて、通行人が足を止める程だった。
「あ、エンテだ。よかった、無事だったのね」
人ごみの中に若い女性の二人連れがいた。背が低い方の女性が、ちょっとだけ大きな声で子供についてもう一人と話している。
「笛吹きのところで会ったって子?」
「そう。商品を落としちゃって、とっさに触ってないって嘘ついちゃった子」
「そんなに小さな嘘もだめなの?それくらいなら、誰でもよく言うじゃない」
「笛吹きさん、耳が悪くなってきたみたい。嘘の聞き分けができなくなっているの」
雑談にしてはやや大きく、耳に届きやすいよく通る声だった。きっと、子供への助け舟だったのだ。若しくは子供と協力して失踪者たちの擁護をしていたのか。
「貴女はどんな嘘を聞いたの?」
「……気があるんでしょって言われたとき“そんなんじゃないわ”って」
「うそ、あれも笛吹きが気にする嘘に入るの?というか嘘よりそっちの詳細が気になるわ。カフェ入るわよ。座って聞かせて」
そう言った女性が、背が低い女性の腕をひいて人がいない方に去っていく。その場にいた人たちはそれを唖然として見送っていた。注目を集めていた両家族も、我が子を引きはがして足早に姿を消す。その場には、混乱する町民だけが残された。
小さな子供がつくような些細な嘘でも笛吹きの音色が聞こえるようになった。その場では信じない者も多かったけれど、数日経って噂が広まれば信じる者の割合も多くなる。そのうち失踪者がついた嘘が判明して、あの場で聞いた“笛吹きの耳が悪くなった”という言葉が噂から真実に変わりつつある。
笛吹きによって長く培われてきた倫理観と価値観は、クレーエが想定したよりもはるかに頑強で豊かに育ったのかもしれない。
「ずっと町を見張り続けていたから、疲れてしまったのだと笛吹きを憐れむ声をよく耳にしますよ」
「わたしも帰ってからというもの、敬遠されるより笛吹きを恨んでやるなと諭される方が多いもんで」
ファルカは酷い頭痛がした気がして右手で眉間を揉みこんだ。
「そう……ですか。その、このお話を別の地主や町長に共有させてもらっても?」
「構いませんよ。どうせ殆どの町民は知っていますから」
別れ際の笑顔が引き攣って歪になっていないことを祈りたいものだ。
夫婦と別れたファルカは見回りを切り上げると、殆ど駆けて役場に戻る。貸し切り状態の会議室では良い笑顔のクレーエ女史が出迎えた。
「あら、聞いてきたのね」
つまり知っていて黙っていたのか。ファルカは力なく「ええ、詳しく聞けました」と返事をして、早速町民への発表内容をまとめ始める。
まとめながら改めて夫婦の話を思い返すと、随分危ない橋を渡ったものだと苛立ちが顔を出す。
エンテという子供もそうだが、キャナリはいささかお転婆が過ぎるような気がしてならない。一歩やり方を間違え、周囲の反応が違えば町を出ることになっていただろう。逃走が間に合えばいいが、最悪の展開だって考えなければならない。信仰は時に荒波になって少数派を襲い、散々振り回して溺れさせるものだ。
キャナリはそもそも迂闊すぎる。着飾った格好で一人きりになるし、カフェに誘われる意味もいまいち理解していない。そのくせ全く馴染みのない新天地の荒れた家で一人暮らしをする変な度胸と行動力があるからいけない。
紙に走らせる万年筆がガリガリと音を立てている。
成人しているのというのに、童顔相応に二、三歳精神年齢が幼いんじゃないだろうか。笑顔が可愛らしいのは美点だが、無防備に誰彼構わず愛想を振りまくのだって如何なものか。
そうだ彼女は成人だ。自分と十近く離れているが、法的には立派な成人。ふむ。
「お転婆に履かせる靴は、脱げないようにストラップがついたものが良いでしょうね。靴底が厚めだと走り辛くてなお良いわ」
クレーエ女史はファルカを見てにこやかに座っている。思考が漏れていただろうかと口元を触って、寧ろ下唇を噛んでいたことに気が付いた。
「……お勧めの靴職人はありますか」
「やはりレプラコン工房かしらね」
この女傑はいったいどこまで知っているのか。ファルカはゾッとしながら自分の手帳にレプラコン工房の名前を書き記す。
夕方に開始する地主たちの会議は、予定していた討論から議決に変わるだろう。




