正直者であれ
笛吹きが処理されて、エンテの勇気と地主たちの機転で笛吹きの結末は町民に柔らかく伝えられた。
「長きにわたりこの町を見張り続けた嘘嫌いの笛吹きは、長い年月によりその身を損ないました。先に起きた二十五名の方々の失踪は、これによるものです」
大地主クレーエさんの口上で始まった概要説明は、スピーカーを通して町全体に響く。
私は丁度アルバイト中で、店長とミランと一緒に聞いていた。放送予告のアナウンスが流れて店舗の扉を開けて外に出てみると、同じように通りのお店殆ど全ての人が外に顔を出していたものだ。
「この町の尊い遺産たる笛吹きの摩耗による転化は、如何様にも避けられないものでした。国立遺産群研究所の皆様の活躍により、笛吹きは深い眠りにつくことでその衰耗した耳と目を閉ざしました」
それを文字通り眠ったと捉えるのか永眠と捉えるのか。クレーエさんは敢えて明言はしない。町民は各々が都合よく受け取った。
「我々が生きている間に、以前のように笛の音が嘘つきの鼓膜へ高々と届くことはないでしょう。わたくしが今ここで残酷な嘘をついても、笛吹きの耳には届かない。
――だからこそ、わたくしは嘘をつかずに生きましょう。
わたくしは笛吹きの行いに深く感佩いたしております。敬愛する笛吹きが、この先心穏やかに眠り、その御身を休めることができるように。
……時間よりも、いつの時代も消えぬ人間の愚かしい嘘こそ、笛吹きが衰耗したもっとも大きな原因であると思っておりますので」
徹頭徹尾、凛として芯のある声で紡がれた放送だった。核心に迫る発言こそないけれど、宣言どおり嘘偽りのない心からの言葉だったのだろうとよく理解できる。それはきっと概要説明という名目の、笛吹きに向けた弔辞だった。
町民の大多数は、クレーエさんの話を「笛吹きが“衰えた”ので眠っている」と解釈する形で落ち着いたようだ。少ししんみりしつつも、新しいトレン町で正直者であり続ける人で溢れている。若しかしたら、皆が慣れ親しんだ笛吹きが永眠したと認めることを拒んだのかもしれない。内心はどうあれ、笛吹きが安心して眠れるように正直者の町であり続けるというのが町全体の総意だった。
この放送が、騒動が一件落着したという一つの節目となり、今後のイベントの制限がなくなると町は活力を取り戻した。新年が近づく今、財布の紐は元の緩さを取り戻してどの店も売り上げを戻そうと張り切っている。
「いいかいキャナリ。どうせ買えば使うのだから、まず最低限は揃えなさい」
購買意欲が高まる中、私は伯父が研究所に帰る前に捕まって、あれで冬が越せるかと沢山怒られたうえに冬服三着と家具を数個、雑貨も数点買い揃えるまで見張られたのだった。
結果、今の我が家には背もたれ付きのダイニングチェアが二脚とベッド脇のサイドテーブル一つ、来客用のティーセット一式が増えた。ついでに、一口でいいからコンロも買うようにと言われてそれも設置されている。確かに毎度竈に火を起こすより便利で、以前より暖かいものを飲食する機会がぐんと増えた。
最後にいずれキッチンのリフォームも考えなさいとの言葉を添えて、伯父は最低限の物が全て設置されたことを見届けるとやっと留飲を下げてくれた。
「できれば、冬の間はわたしの家に来てくれたほうが良いんだが……」
そう言う伯父と言われている私を、列車の時間だと迎えに来ていた研究所の男性二人が気の毒そうに見ていたのを覚えている。伯父は列車に乗り込む最後の瞬間まで、ぶつぶつお小言を続けていた。
冬の気配が近づいているということは、ついにハーモニーが収穫できる季節が到来するということ。太陽はしっかり出ているくせに、すっかり上着なしでは外出できなくなった今日この頃、私はコートを羽織って果樹の世話をしている。
ミラン曰く、本格的な冬に入るとトレン町一帯はそこそこの厚みで雪が積もるらしい。乗り物がない私は食料の買い出しすら難しくなるので、冬の間をどう過ごすのか考えなければいけない。
「そんなに酷い雪になるの?」
「外には出られるけれど、貴女の家と町を歩いて往復は現実的じゃないわね」
アルバイトを休止させてもらい家に籠るか、あるいはミランの提案で雪解けまでの間居候させてもらう話が出ている。というより、店長に迷惑をかけずに済むし、数ヶ月の間一人で籠るのは心配だから何が何でも家に来なさいと言われてしまった。提案された数日後にはもう寝具も用意できているなんて聞いて驚いたけれど、「昔から気の置けない友達とのシェアハウスに憧れていたそうだよ」というシュヴァルベ君の言葉にミランがとっても可愛らしく見えて仕方ない。
私としてもありがたい申し出だ。けれど、そうなると雪が積もる前にハーモニーの収穫を終えなくてはいけない。私はそれ以降、こまめに果実の様子を観察していた。
「もうもぎ取っていいのかな」
コートを着ていると体が動かしにくい。随分とオレンジ色が濃くなった果実に頑張って腕を伸ばして触ってみると、まだ皮が固い気がした。ひんやりしているせい、だけではないと思う。
育成の指南書では、実の色がオレンジに変わって軽く押したとき少し柔らかかったら収穫時だと書いてあった。夏の実り始めの時期と比べたら確かに柔いのだけれど、熟した柔らかさなのかはよく分からない。こればかりは触覚と勘に頼るしかないのだろうか。
「いっそのこと、収穫してから屋内で熟成させるのもあり……?」
そんなことを考えていると強めの風が吹いて、いつもどおりシニヨンに纏めたせいで露出した首筋を冷気が撫でていく。私は思わず腕を下ろして首をすくめた。これはマフラーも買うべきかもしれない。
乾燥した冷たい風がハーモニーの匂いを運んでいる。やっぱり、まだ甘いというより青いと表現したくなる香りだ。少なくとも今日収穫するのは早いだろう。
もう作業は切り上げて、屋内に戻って温かいお茶を準備することにしよう。すっかり冷え切った指先をこすり合わせながら、足早に玄関をくぐった。
空の青色が秋よりほんのり薄く感じる。風に乗る音は枯草の乾いて硬い音が多くて、葉が落ちた木々はあまり音を立てない。雪がまだ降らないだけで、冬の面影は明確に感じるようになってきていた。




